Stage 2-6

「皆様方は倭建命やまとたけるのみことをご存知ですね。えー、父である大王の命を受けて、西に東に蛮族を討ち続けたのですが、最後には息吹山の神の怒りを買って病身となり、故郷の大和に戻らずして亡くなります。それでですね、東征を行った時に、倭建命は各地で秘宝を得ていたという記録が、この本に残されているというわけなのです。秘宝はもちろん四神が隠し持っているのですが、これを無事に集めたら限りない力に満ち溢れた別の秘宝が現れるため、大王はそれを得ようと密かに倭建命に集めさせていました」

 相変わらず早口で、安万侶は一気に説明をした。

 数拍の沈黙の後、最初に発言をしたのは葛城王だった。

「結局、倭建命は四神の秘宝を集められたのか? 途中で亡くなったんだから大王に手渡されてないと思うんだが」

「そ、その通りです。倭建命は亡くなった後、白鳥に姿を変えて飛んで行ってしまったのですが、同時に秘宝もまた元の場所に戻ってしまった、と書かれています」

「なるほどねぇ」

 全ての話を聞き終わった氷高は、真剣な眼差しで再び『異伝東征古譚』を手に取った。

「これはまさに陛下が夢でご覧になった話のことね。太侍従おおのじじゅうの手柄だわ! それで、四神の秘宝はどこに隠されているの?」

 内親王に手放して褒められた安万侶は恐縮しまくったが、気を良くしたのだろう、いつになく饒舌に古記に関するいらない知識までも披露しながら延々と話し続けたのだった。もっとも、氷高の真面目な性格と長屋王の知識欲が、安万侶の話を妨げられなかった原因でもある。

「……つまり、4つの秘宝は尾張、伊豆、浦賀水道の海底、陸奥にあるのね」

 氷高は安万侶が説明する通り、新しい紙に宝の在り処を地図とともに書き付けていった。

 ただ、浦賀水道の海底に隠されているというところがよくわからない。地上ならともかく、海底に秘宝があるとすれば、どうやって入手するのか。

 残念なことに、文献が古すぎて、その頁は虫に激しく喰われていたり、文字が薄くなっていたりして詳細は不明だ。

「全体を書き写すのは我々がやっておきます。しかし、誰がこの秘宝を集めるんですか? もはや倭建命はいませんよ」

 先程から皆が疑問に思っていたことを、武智麻呂がはっきりと言った。倭建命のような高貴で武に秀でた勇者を探し出し、この難問を与えるのであれば、あまりに悲惨だ。

「私が四神の秘宝を集めに行こうかしら……」

 何気なく放たれた氷高の呟きに、男どもは凍りついた。そして、瞬間的に異口同音が発せられた。

「俺が許しません!」

「お止めください」

「陛下がお嘆きになりますよ」

「む、無理でございますっ」 

 真面目な内親王のことだから、きっと陛下のためには私が責任を持ってこの一大事を引き受けなければならないと、自然な思考で考えたに違いないが、とてもとても内親王をこの藤原の地から出すわけにはいかない。

「あら、私じゃ不足ってわけ?」

 4人の臣下の懇願するような視線を受け、氷高は笑った。

「冗談に決まってるわ。でも、五位や四位の高級官僚たちを職務から引き離して旅に出すのも現実的じゃないし……」

 氷高の言葉に、高級位を保有している長屋王、武智麻呂そして安万侶は一人の男の方をおもむろに見た。

「……俺、ですか?」

 端正な眉をわずかにしかめたのは葛城王だった。

 確かに葛城王は無位で、内親王付きの内舎人として護衛を任されているが、自由がきくといえばきく立場にある。そして、まがりなりにも皇族という高貴な血筋、文武両道が揃っているではないか。

 氷高も皆の視線の意味を汲み取り、目を輝かせて言った。

「そうよ、葛城王! あなたが四神の秘宝を各地から集めてくれば良いのだわ! 腕っぷしと賢さは、私も十分信頼してるし、この話を最初の当事者として聞いているんだから誤解もないでしょう?」

「でも、私は内親王様の護衛という立派な役目があります!」

 葛城王は抵抗したが、氷高の「護衛なら他に代わりはたくさんいます」という動かしがたい正論に、二の句を継ぐことができなかった。

 それだけでなく、葛城王は内心ではこの秘宝探しに興味を持っていたのだった。4つの宝を集めた後、限りない力が現れるという。純粋に、一体どんな素晴らしい力が出現するのか、この際自分の目で見てみたいという動機がないわけではない。


 二日後、武智麻呂から『異伝東征古譚』の写しを受け取った氷高は、母親である天皇に全てを報告し、誰を秘宝探しに赴かせるかを諮った。

 阿閇あえ(元明天皇)は書庫からまさに夢の御告げ通りの内容が書かれている文献が出てきたことに大いに驚き、動揺しつつも、御告げを実行させようと改めて決意をしたのだった。

「葛城王をね……。あなたの言う通り、彼は武芸も申し分ないし、知恵で難問を突破するだけの能力もあります。けれど……」

 そこまで言って、阿閇は控えている三千代を見遣った。そう、葛城王は三千代の息子であり、不比等の娘の婚約者でもある。果たして、葛城王を何が待ち受けているかわからない遠征に行かせてよいものか。

 すると、三千代はおかしそうに笑いながら長年の主に頷いた。

「陛下、どうぞ不肖の息子のことはご案じくださいますな。陛下とこの国のお役に立ってこそ、一人前の男というもの。中納言も反対はしないでしょう。反対したところで、黙って行かせればよいのです」

 三千代は前夫との間に生まれた長男を信じていた。

 いずれ氷高内親王や首皇子おびとのみこの治世を支える要人となることが期待されている息子には、遷都の成功に貢献することくらい、やってのけてほしいものだ。

「陛下、尚侍ないしのかみ。私も葛城王のことは信じています。でも、一人で行かせるのは無謀ではありませんか? 他に信頼するに足る同志を募るべきです」

 阿閇は娘の提案を喜んだ。なぜなら、阿閇は最初からそのつもりでいたからだ。

「仲間を集めることは、葛城王に一任しましょう。こちらから押し付けても、うまくいくとは限りませんからね」

 ただし、六位以下の人物に絞るという条件は出した。五位以上の要職に就いている高官を、秘密裏に長期間、この計画に従事させることは不可能だからだ。

「寂しくなりますね」

 御前での全ての打ち合わせが終わると、氷高はそっと呟いた。

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