ミドルフェイズ6:怠惰な魔術師

 地下とは思えない石に覆われた広い空間。じめじめした地下特有の湿気こそないが光源は乏しい。そんな空間内に土煙と共に私は中に入る。服が多少焼け焦げたがそれ以上の損傷はない。

 そんな私を見てか、大きな水晶玉を手に持った杖郷の男は少々驚いているように見えた。白髪としわに覆われてこそいるが、未だにその覇気は健在のようである。よく確認しなくても何となくだが理解できる。この男こそが——————

 「あなたが、ジェラルド・ガードナーね」

 「然り。私こそがキミの探し人だ」

 「あぁ、よかった。間違えてたら恥ずかしいから……で、その水晶玉で見てたってことはなんとなくでも、私が訪ねてきた理由を知ってるんでしょ?」


 首を縦に振るジェラルドを見て安堵する。説明の手間が省けてよかった。これで、前ふりなしに本題に入ることができる。というか、そもそもこんなお尋ねの仕方をして挨拶から始めるのも変と言われればそうであるのだが……

 「だが、その質問に答える前に、此方の問いに答えてもらおう」

 「—————問い? なんでまた……伝記や伝承の石像気取りか?」

 「そうではない。ただ少し疑問に思ったからだ……。どうして、あの最後のトラップをよけられたのか、ということを……。あれは私の最高傑作。キミのように体内時間を多少なりとも操作できるとはいえ、初見で全てを交わすことは不可能なはずだ」


 「あぁ、そのことか」と私は返す。まさか私もあそこでアレを使う羽目になるとは思わなかったさ……。でも、あの場面でアレを回避するにはそうするしかなかった。ギリギリ回避できないことが見えた段階で切り札をきってよかったと思っている。

 「なに、簡単な手品だよ……時間操作って言えばわかる?」

 「———————ッ!! ……なるほど、お客人はよっぽど人間離れしているらしい。いや、人間離れというよりは、私のような非常識に対しての捕食者とでもいうべきか……」


 ジェラルドの顔が凍り付く。まぁ、ものすごいことを行ったことは理解できている。ただ、理論やそのあたりはさっぱりなので、いちいち気にしたこともなかった。

 おそらく、私のこれは後天的な特殊能力の一種なのだろう。一部の人間が扱える魔法の領域には到達していない。しかしながら、時間操作というのは、それだけでも便利なものだ。私が巻き戻せるのはほんの数秒だが、それでもあらゆるものが初見ではなくなるのだ。つまり、予期していないものを予期しているものとして感じることができるというわけだ。もっとも、早々に連発できるものではない。正確なスパンはわからないが、現在の状況から鑑みて、使用回数は残り2回というところだろう。

 「わかったのなら、次はこっちの質問に答えてもらうわよ。どうして、ロンドンでテロを起こそうとしているの? あなたの信者に聞いたけど、特にそういうことを以前からしていたようには思えなかったのだけれど?」


 私が少しにらみを利かせながら訪ねると、ジェラルドは背の高い高級そうな椅子にゆっくりと腰かけてから語りだした。話が長くなるのだろうか。いや、そうであるならば、何故、彼は嘲笑しているのだ。

 「テロ? まったくもって理解できないな。魔女術とは土着とともに人々の生活においての利を求めるものだ。闘争する理由がない。もっとも、だれが手を出してくるならばこちらも応戦せねばなるまいがな……」

 「ちょっと待って……。じゃあ、あなたたちはただ反撃しているだけだと主張するの?」

 「然り。おそらく、我々がロンドンで勢力を広げるのを良かれと思わない連中がいたのだろうな」

 「それが今回、たまたま英国国教会だったってわけね……」


 ジェラルドが首を横に振った。

 そう、横に振ったのだ。なぜかこのタイミングで……否定したのは「たまたま」という部分?いや違う。であれば「英国国教会」?


 否—————


 よく考えてみれば、どちらも違う可能性は存在する。これが必然的に起こされたのならば「たまたま」という言葉は不適切。それともう一つ「英国国教会」が「ウィッカ」と敵対していない可能性が残さている以上これも不適切なのだろう……いや、そうだとするならば、「オリヴィエ」という少女は一体何のために私に話を持ち掛けたのだろうか……

 「鬼の女性よ。貴女は一つ大きな勘違いをしている……」

 「勘違い?」

 「そう、勘違いだ」


 思わず息をのんでしまった。今まで憶測で返していただけなので間違いは少なからずあるにせよ、さほど大きくはないはずだ。では、一体何が違うというのか……

 そう思考を巡らせていると、ジェラルドは私の頭をフリーズさせかねない言葉を口にした。


 「英国国教会はすでに壊滅状態にある。常駐している退魔師など一人もいない」


 「———————っ!?」

 思考が空回りを始める。ジェラルドの言っていることが真実だとするならば、「オリヴィエ」というシスターは存在しないことになる。だが、彼女は平然と英国国教会を語り、そして話を持ち掛けてきた。

 オリヴィエは自らの組織の危機を知らせないために回りくどい言い方をしたのだろうか。いや、そうだとしても、今現在「オリヴィエ = シスター」という構図が完全に崩れている。彼の言葉を信じるならばという前提があるのだが……

 「待って……あなたは嘘偽りなく話してる?」

 「私を疑うのか……」


 あぁ、こんな時に自分を卑下したくなるとは思わなかった。私の能力で相手の嘘を見破るものはない。そのため、彼が言っていることが真実であるかどうかはわからないのだ。何とも歯がゆい。しかしながら、何となくだが、汗や言動の乱れからなら嘘か否かは推測できる。これは相手が普通の人間であるときだけ有効であるため、この場面において信頼できる技術ではないのだが……

 「疑っているわけじゃないけどさ。あなたを信じると、私の依頼主が裏切り者ダブルクロスってことになるんだけど?」

 「然り。だがそれがどうした? だまされて哀れだと罵ってもらいたいようには見えないぞ」

 「んなわけないでしょ。ただ、予想外のことにどれを信じればいいのかわからなくなってるだけよ」

 「そうか……ならば、自分のみを信じればいいだろう」

 「アドバイスどうも……。でも、残念ながら一部だけなら信じれるやつがいるんで、それは否定させてもらうわよ」

 「ふむ。すでに繋がりは構築しているか……」


 不敵に笑うジェラルドを見ていると、この男は信用するか否かに関わらず、己の利を追及する男ではないかということがわかってきた。だからこそなのだろうか。彼が提示した情報は概ね正しいと感じることができる。

 「さて——————。質問には答えた。その報酬としてこちらの要求に応えてもらおう」

 「契約してないから良識的範囲内でね。体とか金とかなら突っぱねるわよ」

 「安心しろ。そんなものは要求しない。私が要求するのは貴女の労働だ」

 「なにそれ。あんたは私に裏切り者ダブルクロスを演じろっていうの?」

 「然り。なに、単純なことだ。貴女にこの宗教闘争を沈めてほしい、ということだよ。私が直接出向ければいいのだがね。今現在、ここを離れるわけにはいかないのだよ」


 「身勝手な」と私は返しつつ、否定はしない。彼を敵に回すのは少々荷が重い。彼が私を利用するというのであれば、私もそれに便乗した方が幾分か楽になる。だというのであれば、これを利用しない手はない。

 「わかった。でも、私の反応見てわかる通り、ちょっと複雑化し過ぎて、情報料だけだと足りないんですけど?」

 「ふむ。さらなる報酬を望むか……。いいだろう、ならばこれで契約成立だな」


 そういって、ジェラルドは一枚のカードを投げてよこす。回転することなく一直線に飛んできたそのカードを、私は難なくキャッチした。そのカードはいつの間にか私のポーチに入っていたものと同じ種類のものであった。だが、表の絵柄は少し違う。これは、熊とロバとも見れるよくわからない動物が描かれている。もしかしたらその両方が融合したものなのかもしれないが……。

 何れにしても、このカード一枚に価値があるとは思えなかった。

 「これ……」

 「それは変質した魔力の結晶体だ。何故そのような形をしているかは不明だが、少なくとも、どの貴金属類より価値があることは明白であろう」

 「いや、普通の人から見たらただのカードじゃん」

 「おや、貴女はこちら側の人間だと思ったのだがね」

 「地味に嫌なとこついてくるわね、あんた……。まぁ、いいわ。受け取ったからにはちゃんとやるわよ」


 まるで当然だと言わんばかりに、こちらを見下してくるその視線に飽き飽きしつつ、私は会話を続ける。まだ聞きたいことは山ほどある。

 「ねぇ、少し気になったんだけど、本当にあなたたちウィッカは受け身に回っているの?」

 「くどい……。元よりこちらに敵対する理由などなかった。それを遥か昔から違法だといい罰してきたのいつの世も民衆だ。今回とてその一つに過ぎない」

 「まー、たしかに、ロンドンで宗の人間が増えているのは認めるけどさ、本当にそれだけなのかなって」

 「何が言いたい……」

 「私さ……。一度あんたのところの部下とやり合ったけどさ……。魔術師というよりはその成れの果てに近かったみたいだけど? そうすると、民衆を護るという大義名分があちら側につくわけじゃん」

 「……。自らの精神を蝕む魔術はいくつも存在する。だが、乱用するほど激化はしていないだろう。例えそうなったとしても、仕掛けてきたのはあちらで、それを長引かせているのもあちらだ」

 「ま、いいや……。もしかしたら、そっちにもいるんじゃないかなーって思っただけ」


 苦虫をすりつぶしたような顔をしていたジェラルドだったが、一呼吸おいて落ち着いたのか。何か考察を始めた。

 「凶兆は既に見え始めたということか……。黙示録666の獣は既に……」

 「黙示録666の獣?」

 「あぁ、今のは忘れてくれ……。だが、これでようやくこの宗教闘争で、裏切り者が何を目的にしていたか分かった……」

 「もしかして、それの復活とか?」

 「然り。多くの血を流し、それを喰らい、ようやく成し遂げる儀式。今日こんにちにおいて、そのようなことは不可能だ。戦場では死体が残らず、街中では証拠が残る」

 「でも、警察が動かなければ……ってことね」

 「然り。ロンドンの状況であれば、市民が失踪した神隠しとしてしか処理されない。それを調べるはずの英国国教会が機能不全に陥っているのだからな」


 “黙示録666の獣”はヨハネの黙示録に記載された数字からの伝承である。凶兆とされ忌み嫌われている。訪れるのは支配・管理される世界。不完全故の危険性。不定形だが、厄介なことこの上ないのは間違いない。

 一番問題なのは、止めるべき組織が動いていないことであるが……

 「なるほどねぇ……。とりあえず、そっちの阻止も念頭に入れつつ探ってみる」

 「当然だ。受けた依頼はきちんとこなせ」

 「それ、裏切り者ダブルクロスになれって要求したあんたが言う?」


 私は苦笑いを浮かべながらジェラルドの命令に回答した。彼は博学で、私なんかよりもより多くの魔術的知識を有していた。経験は私の方が上だと思うが、それでも彼との会話はそれなりに有意義なものとなったことは間違いない。

 だからこそ思う。「この男は危険だ」と……。

 それと同時に、このニューフォレストに来てよかったと思ったのも事実であるのだが……。

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