ミドルフェイズ5:その煌めき刹那にて
朝のロンドンの街、それは靄に覆われている。日の光が差し込んでいるため多少なりとも周囲は見渡せるが、視界がよくないことは確かである。今日の予定は、先日訪ねてきたお客さんの元に向かうことだ。だが、問題はその人物に会えるか否か、というところだろう。いつも通りがかる道やその時間は教えてもらったが、本当に来るかはわからない。だが、その不安は予想外の形で裏切られることとなる。
数時間後、私が石畳を革のブーツで軽く蹴り飛ばしながらしばらく待っていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「わたしに何かご用ですか?」
それは、先日、あの地下工房で見た人形のような少女であった。薄紅色のきめ細やかな腰までのロングヘアー、白と紺を基調としたゴシックな服装。童顔を象徴するような透き通る瞳で映し出された自分の姿をみて、思わず心を奪われそうになる。
おっと、自分の目的を忘れてはならない。今日は依頼で彼女を探していたのだった。
「まさか、探し人から声をかけられると思ってなかったよ」
「失礼しました。これでも見えていたものでして」
「まぁ、でも、探す手間が省けたし……。で、声をかけて来たってことは私の用事がわかってるって認識でいいの?」
「えぇ、その認識で構いませんよ。聞きたいのでしょう? 魔女のこと」
心を見透かされている気がして落ち着かないが、今までだってそんな奴腐るほどいた。今更、臆したりはしない。ただ、まるで鏡を見るようでどこか嫌悪と恐怖を抱きそうになるのは気のせいだろうか。
「えぇ、それにあなたのことも含めて……」
「そうですねぇ……わたしのことはダメですけど、勧誘をするという理由で前者はいいですよ」
「ま、タダでってわけにはいかないわよね……。ま、そっちはいいや。じゃあ、教えてもらおうかしら、そのあなたが所属しているウィッカのこと」
「えぇ」と笑って了承する目の前の女性をみると、思わず眼をそらしてしまう。理解できないが……なんだか、変な気持ちだ。思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
この後、彼女は「エルフ」と名乗り、ウィッカについて語ってくれた。
話をまとめると、どうやらこの魔女宗はごく最近にできたもので、創設者はジェラルド・ガードナーという人間らしい。だが、その背景には様々な歴代魔術師が関わっているということだ。ただ、彼女の話によると、別段悪いことを教えているのではなく、ウィッカが教えている魔女術はあくまで、まじないや生薬技術など、人間の信仰心による精神安定や生活における知恵などということを伝承しているだけらしい。もちろん、幹部には魔術的な知識も伝承されているとは思うのだが……。
ある程度の情報を調べた時点で話を切り上げる。私はきちんと話してくれたエルフに礼を言う。
「ありがと。とりあえず、色々わかった。今度なにか礼をするから」
「それでしたら、聞いたことを他の信者に広めていただければ……」
「いや、私は入るとは言ってないから……」
ちょっと意外そうな顔をされても、元より宗教には興味がない。神に対しての信仰心の欠片もない私がこころの拠り所に神様を選ぶなんてことがあるわけない。
「でしたら、店のお手伝いをしてはいただけないでしょうか」
「手伝い?」
「えぇ。わたしは下町の喫茶店で働いているのですが、少し人手が不足していまして……一日でよろしいので手伝っていただければと……」
「なんだ、そんなことか。じゃあ、明後日ぐらいでいい?」
「どこかお出かけに?」
「んー、まぁそんなところ」
「そうですか。ではお気をつけて……。2日後、ここでこの時間にお待ちしておりますので」
軽く頭を下げてきたエルフにこちらも返しつつ、その場を後にする。目指すはニューフォレスト。ここでの情報がないのなら、さらなるものを求めるしかない。まぁ、90マイルは流石に遠いので現地につくのは昼を過ぎてからになるのだが……。
鉄道を乗り継いでたどり着いたニューフォレストでやることは簡単だった。市民に対し、ガードナーの名前を出しつつ、探っていく。支持母体が市民だというのであれば見つけるのは造作もない。反対に、探っていることも相手方に伝わるわけだが、その辺は情報戦をするつもりではないので無問題だ。
さて、そうして情報を精査しつつ、日が傾き、田舎町が夕日に染まった頃合いで相手の本拠地の場所も割れた。問題はどうやってアポを取るか、だ。如何せん、私はよそ者で、あまりいいようには思われていない。加えて先日の一件であちら方には敵として認識されているだろう。だというのであれば……
あぁ、私としてもとても安直な考えだとは思う。だが、時間は有限だ。それに、依頼主から「傷をつけるな」とは言われていない。
私は、礼拝時間が終わり、既に人気がなくなった教会に訪れる。文句を言われたら面倒なので一応人避けの魔術も展開しつつ、大きな扉を蹴飛ばして中に入る。
礼拝堂の中は普通の教会とあまり変わらない。幸いなことに中に人間はいないようだ。私は久しぶりの強敵の気配に感情を高ぶらせつつ、ブーツの音を響かせながら奥に歩いていく。それと同時に自身の内に秘める感覚を研ぎ澄ませていく。
規則的に並べられた長椅子。台の上の埃。そしてその下にあるわずかなひっかき傷……私はためらうことなく、その台座を傷の通りに動かす。すると、軽い地響きと共に床が動き、目の前に地下へと続く通路が出現する。
暗くなっていく通路を自らの感覚で研ぎ澄ませた瞳による暗視で正確に把握しつつ、埃臭い方へ歩いていくと、唐突に足元が沈み込む。
どうやら、石畳の一部がスイッチのように動いたようである。
面倒だと悪態をつけつつも、こちらの体を貫こうと飛んでくる鉄の鏃たちを拳で処理していく。体内固有時間を加速していれば何ら問題はない。ゆっくりと迫ってくるものを避けるのは造作ないことであるため、私は後ろに軽く後退……
否—————
こういう場面において、私は後ろに下がるという選択肢は取らない。だからむしろ、前へ。石畳を踏みしめて、向かってくる槍先を弾くように腕を振る。手先に乗ったわずかな魔術的硬化により、怪我はしない。そのまま流れるように、一本、また一本と叩き落しながら前に進んでいく。
降り注ぐ矢や突き上げてくる槍はそれよりも早く前に進めば問題ない。しかしながら現実とは相応にうまく回らないものである。通路を左に曲がった瞬間、一瞬、通路全体がまばゆい光に包まれる。即座に光学式の魔術兵器だとは理解できる。そして、それが私の装甲を容易に貫いてくることも——————
1つ、2つ……数えるだけ無駄であった。無数に瞬くその輝きを回避することはもはや不可能に近い。数秒にも引き伸ばされた意識の中、最後に見たのは石畳や部屋ごと貫くような魔術の流星群であった。
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