ミドルフェイズ4:耳の良い情報屋

結局、なにも情報を得られぬまま流れるように宿に入る。下の酒場の騒乱こそあるが、眠れないほどではない。もし、一番近い酒場、すなわち下宿先のこの家に行けば今回の騒動に出会わずに済んだかもしれない。

だけれども、それはできる限りしたくない。

私がこの酒場で飲まない理由として、一番に上げられるのは「騒ぎを起こしたくない」からある。騒ぎを起こしてここを追い出されたくはない。今はこの安宿にずっといたい、そう思ってるからこそ、自然とここから足が遠のいてしまう。

 何れにしても、今は起こってしまったことを嘆くときではない。受けた依頼をこなすために情報を集めるときである。こういう時で、一番有効なコネクションは……

 私が考えながら室内の廊下を歩いていると、一人の少女とばったりと出くわす。

 12歳程度の小さなおこちゃま。この時間に起きているのはいつものこと……その名をベッキー・ハウエル。この酒場兼下宿先の宿主の娘だ。セミロングに切りそろえられた桃色のきめ細やかな髪を揺らし、私を見て鼻を軽く鳴らした彼女の性格は、父からの贈り物である髪留めを毎日欠かさずつけているほど生真面目で、私と相性がすこぶる悪い。橙色の大きくかわいらしい瞳でこちらを見ている彼女だが、こう見えて腕利きの情報屋である。酒場や様々なところから情報をかき集めてくるらしい。だが、このことは父親は知らない。何とも複雑な関係なのだろうか……。

 彼女を「うっかり」助けてしまったおかげで、私はこの子の親父さんに気に入られている。だからこそ、ここに住まわせてもらえているのだ。彼女の母親は……流行り病で亡くなったと聞いている。それ以上は聞かなかったし、聞く必要もなかったため、私は知らない。

 「蓮花さん。こんな時間まで何してたんですか?」

 「何って、散歩しに行ってたの、なんか悪い?」

 「うそ……。チャールズウッドストリートであった乱闘騒ぎ、あなたでしょ。聞こえてたから言わなくてもわかるわよ」

 「相変わらず地獄耳ね……」


 そう、何を隠そう彼女は耳がいい。それこそ、このロンドンという街でしゃべっている内容ならば指向性を高めれば聞き取れるらしい。それゆえに、以前彼女が面倒な事件に巻き込まれたわけなのだが……。もちろん、巻き込まれないための努力を怠っていたわけではない。

だが、生来の魔術師的素質はどうしても消せない。私が不老という事実故に旅をするように、彼女もそれと向き合って生きているにすぎないのである。だからこそ情報屋という職は天職であると言えるだろう。彼女は戦闘力こそ皆無だが、天職である情報収集ならば群を抜いている。それこそ、MI6を出し抜ける程度には……。もっとも、現在はウォルタットという私の弟子を護衛として雇っているようだが……

 さて、ここまで情報を得ている彼女ならば、私が何をしたいのかも理解してくれるだろう。元よりそういう条件で私の弟子であるウォルタットを貸し出しているのだから……

 「ねぇ、あなたは私がぶちのめした魔女がどこから来ているかしらない?」

 「知らないわよ……って言いたいところだけど知ってる」

 「なら、教えて……」

 「あなた、それがものを頼む態度?」

 「あっそ、じゃあ、私は明日にでも調査のために各地を巡らなきゃいけないから、ウォルタットと一緒にここを出ていくわね」

 「ま——————ッ! まって、待ちなさいって! 教えるから、急な契約解除を辞めなさい」


 取り乱したように焦るベッキー。毎度のごとくこれを投げつける。ベッキーにとって護衛というのは命綱に等しい。まぁ、それ以外にも乙女心云々はあるだろうが、その辺は私の管轄外なので知らない。利用するものは利用するだけだ。

 「あいつらの正体だっけ? えっと……確か名前はウィッカだっけ? ここ最近できたみたいだけど、特に危ないことしている連中とは聞いてない。魔女術を使ってるだけだったみたいね」

 「なるほどねぇ……。で、なんでそいつらがテロリズムまがいのことを起こそうとしてるのよ」

 「知らない。そういう思想には興味ないし、聞こうとも思ってなかったから」

 「じゃあ、そいつらの一人でまともに話が出来そうなのは?」

 「うーんと……。あぁ、たしか今日家の地下室に来てた、あのお客さん。あの人もそうだから明日にでもメイソンに聞いてみれば?」

 「宗教勧誘にでも来てたのかしら?」

 「知らないわよ。興味ない内容はいちいち聞かないし」

 「ほんっと、肝心なところで使えないわね」

 「あんたにだけは言われたくないわよ、暴力女……。で、そのウィッカの人たちがよく口にしてた言葉があって、一つは何かの妖精の名。もう一つはガードナーっていう人の名前」

 「妖精に、ガードナーねぇ……。本拠地の場所とかわかってたりしないの?」


 この問いかけに対し、ベッキーは少し悩み始める。おそらく自分の記憶から探っているのだろう。こう見えてベッキーは通常の大人よりも何倍も頭の回転が速い、言語知識こそ乏しいが、計算力や記憶力ならば学者に並ぶ。

 「推測だけど聞きたい?」

 「それはもう、聞けるならね」

 「じゃあ、聞く前に一つだけ約束して」

 「約束? 出来る範囲ならいいわよ」

 「OK。ウォルタットをここに置いていくこと、それが条件」

 「わかったわよ。それでいいわ。じゃあ、どこなのか白状してもらおうじゃないかしら」


 私の答えに対し、ベッキーは安堵したのか、それともこちらが露骨に嫌な顔をするのが目に見えていたのか、少し悩んだのち、舌を止めることなく一気に言い放った。

 「ニューフォレストの街中のどこか。行って探ればわかると思う」

 「遠いわ—————っ!!」


 思わず大声が出てしまった。ニューフォレストと言ったらここから鉄道で半日はかかる場所。遠すぎて涙が出そうになる。だが、行かなければいけないのも事実である。

 「約束はきちんと守ってもらうわよ。一人でぶらり魔女狩りの旅にでも行ってきなさいよ、どうせ働かないんだし」

 「稼ぎはあるから働いてないわけではない。無職であることは否定しないけど」

 「それに、走ればいいじゃない」

 「馬鹿言うな。90マイ ※1はある距離を走ると出来るわけないでしょ」

 「じゃあ、どこにでもつながるようなドアを作れば」

 「私は未来に生きてるんじゃないんでね、そういうのは無理……」


 そう、私にはおおよそ二つの魔術しか使えない。一つは肉体強化。これは肉体変化せず、夜叉としての力を使うこと。特にこれと言って目立つことではないが、身体能力向上とそれに伴ってある程度の攻撃は弾けるようになる。これと私が独自に編み出した武術を組み合わせることで、戦闘をこなしているのである。

もう一つは……今は割愛する。説明が難しいため、ここで語るには長すぎる。

 さて、問題は明日どうするか、である。朝早くにここから90マイルほど離れたニューフォレストに出発してもいいが、その前にこちらで十分に情報を集めるべきだろうか。ベッキーの言っていた客に会うのも手だろう。

 「ほんっと、使えない能力ねぇ」

 「うっさいなぁ……。多芸は無芸って言うでしょ。一つ極めればそれでいいのよ。それよりも、あと一つ聞きたいんだけどいいかな?」

 「なに? あたしはそろそろ眠いんですけど」

 「今日来た客が何時もなにしているか……とか知らない?」


 この問いに対し、ベッキーは「YES」と首を縦に振った。その後、ベッキーに多くの情報を聞き取り、会話を終わらせる。自室に戻り、情報を頭の中で整理しつつ明日の予定を練り始める。話を精査する限り、本拠地に乗り込む前にもう少しこの辺りで情報を集めた方がよさそうだった。そのため、明日の予定はその来客に話を聞きに行くこと。まずはそこから始めなければならない。

 私は多少なり傷ついた体を睡眠により癒そうと思い、ベッドにもぐりこむ、すると、腰につけているポーチに違和感があった。何かが入っているのか妙に硬い。中身を取り出し、月明りに照らしてみてみると、それは一枚の硬質なカードであった。いつの間に入っていたのだろうか。

 裏には幾何学的な模様。表には紫や黄色を基調とし、悪魔のようなものが描かれている。嫌がらせにしては出来過ぎている。ただ、このカードからは何か手放してはいけないような雰囲気がひしひしと伝わってくる。それに、魔術的な気配も手から流れ込んできているため、不用意に捨てることもできない。

 また、如何せん今は忙しい、この問題の処理は当然のことながら後手に回る。よって、このカードは正体不明のまま、再びポーチにしまわれることになる。

 私は、そういった不安要素を全く気にせず、睡魔に導かれるまま眠りにつく。昼間に寝た分、戦闘で疲れたのでつり合いが取れていたのか、特に悪夢に襲われることも、寝つきが悪いこともなく次の日の朝を迎えることとなった。



※1 90マイル……おおよそ145㎞ほど

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