ミドルフェイズ3:霧の中の組織

 私が案内されたのは誰もいない聖堂だった。ウェントミニスター寺院と言えば、イングランドが管理する教会だ。彼女が言った「半分正解」というのはそういうことなのだろう。つまるところ、「自分の所属はローマ教皇庁ではない」ということだ。そうなると、彼女の所属は必然的に国家もしくはイングランド教会そのものとなる。

 もとより、イギリスという国は、ローマ教皇庁と縁を切っている。裏ではつながっていたのかもしれないが、少なくとも、「オリヴィエ」という少女はそうではない。もちろん、彼女の周囲にヴァチカン特務機関の人間がいることは拭えないが、絡んでいる国の数が減っただけで良好だろう。

 外よりは、夜風がない分暖かく感じる室内は薄暗く、ステンドグラスから差し込む月明りしか存在していない。オリヴィエがろうそくの一つに明かりをつけるが、それでようやく数メートル認識できる程度のものである。

 文句ばかりは言ってられないので、私はとりあえず近くの長椅子に腰かける。

 「で、ここまで連れて来たからにはきちんと話してくれるんでしょうね?」

 「えぇ……。ですがその前に一つ質問です。あなたにはあの人たちがどのように見えましたか?」

 「どのようにって……。服装、装飾品、その他諸々から予測すると、魔女以外ありえないと思うのだけれど?」

 「その通りです。彼らは魔女……。そして、我々にとっての脅威です」

 「脅威ねぇ……でもさ、今現在、宗教選択の自由ってあるじゃん。そこんとこどうなのよ」

 「たしかに、この英国では、国教制度をとってこそいますが、国教以外の宗教に対して広義的に宗教的寛容を認めています。しかしながらそれは『国家に仇名さない』という前提の元です。ですから、私は『英国我々にとっての脅威』と言ったのです」


 政治と宗教の独立。そう、英国は元来よりこれらが密接に関与している。それぞれ独立した機関が相互に利益を求め、利用し合っている。英国国教会はその地位を、英国政府は民衆の支持を……。アメリカやフランスのように完全な分離はしていない。

 だからこそ、この事件は見過ごせないのだろう。ただでさえ、世の中が不安定な第二次世界大戦只中だ。そんな時に宗教絡みで事件は起こしたくない。責任転嫁により自らの地位を得ることもできなくはないが、今はその博打を打つところではない。これから消耗していくであろう金と民という名の資源を捨てるわけにはいかないのだ。地位と金を天秤にかけた結果である。

 「なるほどねぇ……。で、私にどうしてもらいたいの?」

 「あなたには、その危険思想を絶ってもらいたいのです。それはもう、徹底的に……」

 「それは手段でしょ。英国国教会あなたたちはどうしたいのかってことを聞いてるの」


 私の問いかけに対し、オリヴィエは少しためらっている様子が見て取れたが、数秒後に意を決したようにしゃべりだす。おそらくどの程度の情報を渡すべきなのかを悩んでいたのだろう。

 「最終的な目標は治安維持と支持の両立です。我々が表だって動けば宗教弾圧と言われかねない。なぜなら、相手は市民を幹とした集団ですから……」


 「だからといって—————」そうオリヴィエは続ける。おそらくはここからが本音。


 「彼らが、テロリズムを起こすのを、止めない理由にはなりません。ですから、水面下で活動を続けてきたのです。その一端が、今日、貴方が目撃したことです」

 「ふーん……。つまり、あんたたちは、その魔女組織を潰したいんじゃなくて、予測的に起こりうる治安悪化を防ぎたいってことね。自らの地位を守りながら」

 「おっしゃる通りです」

 

まとめるならば、英国国教会にはその集団を弾圧する力は存在するが、それを事前に行ってしまうと、自らの地位が揺らぎかねない。しかし、個人……つまりは私のような何の所属もない人間が行うのであれば、それは「戦争」ではなく「闘争」である。魔女組織を潰すことそれすなわち人的資源を失うこと。この点も重要視している。

 さて、ここまで引き出せたのなら、今度はもっと依頼内容に深く踏み込んだことを聞いたいかなければならない。

 「あんたたちのことはよくわかった。で、仮に引き受けるとして、報酬に英国あなたは何を差し出すの?」

 「流石にただ……というわけにはいきませんか。お金ならある程度は用意できます」

 「いらないわよ、そんなもの。別に生活には困ってないし、これから紙くずになるかもしれないものを貰ってもどうしようもないでしょ」

 「では、貴金属類を用意しましょうか?」

 「それもいらない。だから言ったでしょ、困ってないって……」

 「では、一体何を望まれるのですか?」


 そう聞かれると弱い。特に願望というのを持ち合わせていない私にとって、欲しいものは存在しないのだ。地位や権力なんてどうでもいい。お金はこういう風な依頼が舞い込んでくることが多々あるので問題ない。そういう人間であるため、衝動とは程遠い。

 「うーん……保留ってのはどう?」

 「保留……ですか? それでよろしければいいのですが、組織の末端の私ですらそれは愚かだと断言できます」

 「意外と毒舌ね、あんた……」

 私は苦笑いを浮かべながら天井を仰ぎ見る。だって本当に叶えたいものがないのだから仕方ない。いつか生まれるのかもしれないが、今ではない。

 彼女の言い分は正しい。保留をすればいつの世も踏み倒されるのが常だ。個人対個人でそれなのだから、国対個人なら尚更だ。だが、今現在でこの英国国教会が手に負えなくなってきているのも事実だ。私だって今は英国に住んでいる。治安が悪くなるのは困る。

 ヒーローになるつもりはさらさらないし、安請け合いも好きではない。しかしながらここで英国に対し貸しを作るのも悪い選択ではないと思う。

 「構わないわよ、それで……。踏み倒したければすればいいじゃない。そのときはうっかり大災害を起こしちゃうかもしれないけどね」

 「—————————ッ!!」


 私があまりにも下卑た笑みを浮かべ過ぎたのか、目の前のオリヴィエが恐怖で静止している。まるで、蛇に睨まれたようである。

 「私は……悪魔の契約をしてしまったのかもしれません」

 「だれが悪魔だ。で、契約は成立したけど、とりあえず解決するにあたって、あなたたちが持っている情報を渡してもらえないかな?」

 「情報……ですか。残念ながら我々も調査の途中で詳しいことは分かっていないのです。彼らが発足したのはおおよそ半年から1年前。本格的に動き出したのはほんの数か月前。それ以外は名称も、組織規模もわかっていません」

 「……。無能かお前らは……。まぁいいわ、こっちの伝手でいろいろ調べてみるから……」


 思わぬ事態に頭を抱えそうになる。こちらもあちらも手探り状態。テロの気配を察知したのはおそらく金回りの流れの不審さゆえだろうか。もしくは、何らかの小さな事件が起きたのか。

何れにしてもやるべきことは変わらない。尋問は試しただろうから無意味。そもそも彼らに言葉が通じる気配がなかった。となると、地道な情報収集以外はできない。

 完全な詰み状態でないことに安堵しつつ、ため息を吐く。私は依頼主から必要な情報を聞き出すためにさらにオリヴィエに問いかけ始めた。

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