<第五章:シーカーブリゲイド>【02】


【02】


 光と闇を挟んで、また光の満ちる場所に。

 暖かい風が頬を撫でる。

 透き抜ける青い大気に少しばかりの細い雲。それに薄く浮かぶ月が三つ。ため息と共に視界を降ろすと地平まで続く平原が広がる。

 その端、そこには角笛を地面に突き刺したような、超巨大な物体があった。

 名を、々の尖塔。

 その五十六階層には、僕にしか明かせない謎があるという。

 ふと気付くと。メガネにメッセージが届いていた。


 To:Seeker brigade


 H・G・ウェルズの言葉を借りると。


『旅の途中で道に迷う事は不運であるが、旅の理由を失うのはもっと悲惨である。

 しかし、困難の少ない道は敗者の道だ。

 昨日転んだのなら、今日は立ち上がるのだ。今日の困難を明日の冗談にしろ』


 俺達には、仲間がいる。

 

 それ以外、他に言葉や説明はなかった。トーチの言葉にしては、センスが違う気がする。

 彼の仲間の言葉だろうか。

 何か思いを感じる言葉だ。

「うわ、なんか、空気がフワッとしている」

 マリアが、はしゃいで草原を駆ける。

 あ、転んだ。

「危ないですよ」

 ラナが起こしてやる。何故か、マリアは楽しそうに笑っていた。

 これは、子供が母親の田舎に行くと妙にテンションが上がるアレであろうか。

 僕らが降り立った場所は、廃棄ダンジョンの上だった。

 前は赤い花が満開に広がっていたが、今はただの草原と、朽ちたダンジョンの入り口があるだけだ。

『あ、おかえりー』

 と、甘ったるい声が聞こえたが姿は見えない。

「どうも」

 縁を切った身だが挨拶は返した。

 少し先を行っている二人に小走りで追い付く。

 マリアを真ん中に、手を繋いで家族ごっこをした。でも、ごっこではない家族とは何なのだろうか。それもその内、分かる時が来るのか………

 楽しそうな二人を見ていると不安も和らぐ。

 拠点が見えて来た。

 懐かしい料理の匂いが漂う。

 見知った背中とポットが見える。

「よし」

 せーの、と声を合わせて。

『ただいまー!』

 ラナと二人で叫ぶ。

「ただいまー」

 と、マリアが遅れて続ける。

 ガバッと振り向いたのは、ランシールだった。

 お玉を放り出し駆けて来る。

 もの凄い勢いで駆けてく―――

「ソオォォヤァァァァァァァァァ!」

「ぐほぁ!」

 強烈なタックルをくらって僕は草原に押し倒された。

「ソオオォォォォヤァァァァ!」

「ら、ランシール落ち着け」

 頬ずりされ、舐められ、甘噛みされ、滅茶苦茶された。彼女の尻尾は凄い勢いで揺れている。

 ちょっと子供には見せられない。

「落ち着きなさい、ランシール」

 ラナを無視して、ランシールがスキンシップを続ける。

「ソーヤ! ソーヤ! ソーヤ!」

「あ、はいはい」

 久々に帰った実家の犬のような反応だ。犬なんて飼った事はないが。

 ランシールを抱き上げながら立ち上がる。思ったよりも軽い。痩せた?

 と、キャンプ地から更に何かが近づいて来る。

 小さい影だ。大きさ50cmの木造ゴーレム。

「ボオオオオオオォォォォォォ!」

「お前もか?!」

 ラーズが足に抱き着いて来た。転びそうになるのを何とか耐える。こっちは見た目より遥かに重い。

 マリアが興味津々で、一人と一体を見ていた。

「ラナ、こいつら何?」

「ペットです」

 ランシールを抱っこして、ラーズを引きずりながら、キャンプ地に到着。

「あ、お帰り」

 妹の反応は冷たい。僕を一瞥すると鍋をかき混ぜる作業に戻る。

 こっちは猫のような反応である。

 で、テントから本物の猫が出て来る。神の仮の姿であるが。

「む、ようやく帰ったか馬鹿者め。貴様が消えてから、姉妹の夜泣きがうるさくてかなわんかったわ。ラナの奴が後追いしてからは、エアの夜泣きが更にうるさくてな。妾の胸に」

「ちょっと! ミスラニカ様!」

 エアが顔を真っ赤にして怒る。

 もっと早く帰れば良かった。反省だ。

「喋る猫だ」

「なんじゃお主」

 マリアがミスラニカ様をじっと見つめ。

 ミスラニカ様もマリアを見つめ。あ、逃げた。

「待てー!」

「来るなー! 寄るなー!」

 子供とは、元来逃げる小動物を追う習性がある。

 追いかけっこしながら、二人は草原に消えて行く。

「あんまり遠くに行くなよー!」

 はーい、とマリアの返事が聞こえた。

「お兄ちゃん、あれ」

「うん、あれは」

 ええと、どこから何から説明した方が良いやら。

「ソオォォヤァァァァァァァー! ファアアア!」

「ボオオォォォォォォ! オオゥゥゥゥ!」

「ランシール! ラーズ! うるさい!」

 一人と一体は、妹に引き離されて尻に蹴りをくらった。

「大体、ランシール! さっきまでしゃっきりしていたのに、何それ?!」

「申し訳ない。なんか、ソーヤの顔を見たら感情が爆発して。獣人のサガです」

 しゅんと耳と尻尾が下がる。

 頭を撫でてやると曇った顔はすぐ晴れた。尻尾がパタパタと揺れて可愛い。

「ふう、捕まえた」

「離せー!」

 ミスラニカ様を捕まえたマリアが駆け戻って来る。彼女は、暴れる猫を縫いぐるみのように抱えている。

「マリア、もうちょい優しく扱ってくれ。僕の神様なんだが」

「変な神だな!」

「ぐえあ!」

 きつめに抱きしめられて神が悲鳴を上げた。

 さておき、

『こいつ誰?』

 とエアとマリアが見つめ合い同時にいう。

「変なエルフ」

 エアの感想に対し、

「普通のエルフ」

 というマリアの感想。

「マリア、エアは僕とラナの妹だ」

「で、あんたは?」

 お玉を持ったままエアが腕組みしてマリアを見下す。

「聞け、凡エルフ。妾は黒エ――――」

「駄目だろ、それは駄目だろ」

 口を塞ぐ。

 何いきなり正体バラしているんだ。ラナにも正体明かしていないのに。

「エア、彼女はマリア。召喚された土地で僕の同郷の人間を見つけた。彼女は彼の娘で、時々預かる事にした」

「そうだ。そして妾は、ソーヤの………娘嫁である」

 新ジャンルが生まれた。

「ちょっとお兄ちゃん! 第二婦人にしては子供過ぎるでしょ?!」

「いや、どちらかというと娘要素の方が強いから嫁では」

 僕のぼやきは、マリアに遮られる。

「貴様らが老いて行く頃には、妾はピチピチになる。最後は総取りだな!」

 狡猾な意見だが。

 たぶん、君らが老いる前に僕死ぬと思うぞ。

「むぅ、ホントにこいつ何よ」

「まあまあ、エア。新しい妹と思って接してください」

「ふらっといなくなったと思えば、女連れて帰って来るとか。なんだかなぁ、お兄ちゃん。なんだかなぁ」

 ラナの言葉にエアがげんなりする。

「ま、いいわ。ご飯にしよ」

 レムリアの時間で、遅めの昼食にした。

 エアのカレーうどんは、マリアにすこぶる好評であった。

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