<第四章:異邦人、ダンジョンに潜るどころではない>1


『第一回、異世界探索報告会。当プロジェクト参加者はご協力ください』 

「はい」

 夜。

 イゾラの音声が響く。

 テントには僕一人しかいない。ミスラニカ様は姉妹のテントにいる。女性だけで話す事があるのだろう。

『プロジェクトの進捗状況を報告してください』

「現在、五階層まで到達。非公式だが、救援用ポータルを利用して十階層に行った。しかし、ポータルの登録をしていない。

 初期のパーティメンバーとは、なんやかんやで縁が切れた。だが、魔法使いが一人仲間になった。エルフで、お姫様で、可愛い。

 こちらの不思議な力を受けて、弓の腕を授かった。これが凄い。ノールックで背後の空き瓶を射抜いた。50メートル先のだぞ? それも何十年と前から当たり前に持っている感覚で、だ。同じ影響なのか、こっちの公用文字が読めるようになった。

 現在、協力を得ているのが魚人のモジュバフルのゲトバド。中立が冒険者組合。ザヴァ夜梟商会。エルオメア西鳳商会。敵対しているのが、レムリア王国王子、ケ何とかだ」

 一文字くらいしか記憶に残せなかった。

『了解です。情報を統合して、確率を計算した結果。プロジェクトの成功率は2%です』

「上がった! 凄い上がったぞ! 桁違いじゃないか!」

 テンションが上がる。

『はい、そうです! これは人類にとって最低の数値ですが、あなた個人にとっては偉大な成果です! ソーヤ隊員、お強くなられましたね』

「ふふ、お前達在ってだよ」

 いつになくテンションの高いイゾラに僕も誇らしげに胸を張る。

『さて、茶番はこれくらいにして』

 えぇ。

 全部台無しだよ。

『2%成功するというと、聞こえは良いかも知れませんが、98%失敗すると考えればどうでしょう? どうですか?』

「死にたくなります」

『はい、現状を正しく認識する事は成功の第一歩です。マキナとの協議の結果。イゾラはあなたの意見、意思は極力尊重する事にしました。というか、もう諦めています。銃を簡単に捨てるし、駄目っていったのにやるし、面倒だっていったのに助けるし、ご飯作るのにリソース割き過ぎてるし、食べ物粗末にすると激怒するし、女性全員をいやらしい目で見ているし、それに――――』

「もういい」

 長そうなので止める。

『しかし、銃に代わる力を手に入れました。これは他の隊員では成し得なかった事、かもしれません。そこは称賛します。しかし! ………………同時に途方もない事に巻き込まれています。どのくらい途方もないかというと、マキナにロックをかけられイゾラの一存では発言できないくらいです。いうと、あなたの精神に重大な疾患を及ぼす可能性があります。でも~イゾラの一存では話せませーん。HAHA』

 こいつ、本格的に壊れてきたな。

 いや、実はこれが素の性格なのかも。

『今日最後の質問です。ソーヤ隊員、プロジェクトを放棄しますか?』

「ノーだ。まだまだやれる事はある。諦めるのは全部試してからだ」

『はい、そういうと思っていました。イゾラの国にこんな言葉があります。「ミスをしない人間は、何もしない人間だけだ」です。では、おやすみなさい。今日は風が強い。暖かくして眠ってくださいね』

 新しい力を得て、殺し合って、仲間と別れて、怒涛の一日だった。だが、夜は何もなく深け閉じる。ミスラニカ様は結局戻ってこなかった。久々に一人で眠った気がした。


【11th day】


 新しい朝。

「おはようございます」

 ラナの眩しい笑顔。浄化されそう、僕がもうちょっと邪悪だったら消えていた。

「おはよう」

 返して、朝食の準備。あれしてこれして、中々上手くできた。ゲトさんも来て、こちらでは見慣れた食事風景が広がる。食べる物は普通だが、食べている人間が中々普通ではない。

 魚人と猫の姿をした神様にエルフのお姫様。

 たぶん、こちらの世界の感覚でも普通ではないだろう。

 ゲトさんが帰り、ミスラニカ様が二度寝して、僕はラナと洗い物をする。一応、断ったのだが、どうしてもというので手伝ってもらう。肩が触れ合う距離で食器を洗う。こんな事で心臓を高鳴らせている僕は、この先大丈夫なのだろうか? 不安。理性、ガンバレ。

「エアは、具合悪いのか?」

 真面目な話題で気を逸らす。彼女は昨夜当たりから寝込んでいた。今朝も姿を見せていない。

 ラナは、笑顔のまま無表情になる。

「はい」

 わずかに、薄ら寒い気配を感じた。それに立ち入るかどうか迷う。迷うが、それは馬の嘶きで妨げられた。

 馬車が近づいてくる。御者は初老の男性だ。

「ラナ、テントに」

 頷き、彼女はテントに隠れる。いつでも放てるよう弓を傍に置く。矢は一本背に隠す。

「朝からすまんな」

 馬車の客室から親父さんが出てきた。

「王が、お前と姫を召喚している。応じてくれるな?」

「断れば?」

「日に日に頼みに来る人間が増える」

 地味な嫌がらせだ。準備は、準備してもどうなるものか、冒険者の父はどの程度、信用に足る人間なのか。

「一個だけ条件が。途中寄り道して、知り合い全員に親父さんに連れられて王の所に行くと伝えたいのですが」

 僕も嫌がらせをしよう。これで僕らが不利な目にあったら、親父さんの名声が少しばかり汚れるだろう。

「いいぞ。それと先にいっておく。もし王が幽閉なり処刑なりを命じたら、俺の一命に賭けて逃亡を助けてやる。左大陸までの船も手配しよう。そんな愚王なら、次はエルフの陣営に立って戦争にも参加してやる。まだ信用できないか?」

「できません」

 冒険者の父という評価は他人が付けたものだ。僕の付けた称号ではない。人の噂には尾ヒレが付くもの、詩になる伝説ですら偽りが混ざっている。先日それを痛感したばかりだ。

 だから、冒険者の父とて信用はしない。僕が信用するのは、自ら鑑定した人間だけだ。 

「それでもいいさ」

 親父さんは『乗れ』と顎を振る。しっかり聞いていたラナがテントから出て来る。アイコンタクトをして彼女を先に馬車に乗せる。弓を担いでテントに入る。矢も持てるだけ持つ。それにフル装備。イゾラを腰に掛け、マキナにはエアの避難を用意させる。

「ミスラニカ様、ちょっと王の所まで行きます」

「妾も行こう」

「すみません。エアと一緒にいてもらえますか?」

「うむ、駄目じゃ」

 ミスラニカ様が肩に乗って来る。

「貴様は妾の忠告を無視した。妾もしばらく無視じゃ」

「はい」

 根に持たれた。いや、ラナとエアの事は僕が悪い。個人的な感情に走り過ぎている。でも、どうにも止まらなかった。男の子だし。

 ミスラニカ様を連れ立って馬車に乗り込む。狭くシンプルな内装の客室だ。自然とラナの隣に腰を掛ける。

「親父さん、服装これで大丈夫ですか?」

「冒険者にとって武装が礼装だろう。下々の者がそんな事を気にするな」

 ラナが自分の恰好を見る。小物入れなどの装飾は外してきて、白いローブに杖のみ。ただ、ローブは洗っても落ちなかった汚れが微妙に見える。繊維も所々傷んでいた。彼女の一瞬浮かべた何とも言えない表情は見逃さなかった。

 ミスラニカ様は、ぐっすり眠ってしまった。

「そういえば、ソーヤ。あの平焼きのパン。とても美味しかったです。携帯食といわれていたのに、ダンジョンに着く前に全部食べてしまいました」

「そうなのか」

 カレー粉は偉大だった。てか、ラナもよく食べる。エヴェッタさん見たいにガツガツとカッ喰らうタイプではなく。上品にスプーンや手を動かし、黙々と飯を平らげるタイプだ。実に作り甲斐がある。

「それに今朝のテッカドンと魚スープ。あれ、また食べたいです」

 朝飯は、昨日の大魚と貴重な米を使い鉄火丼にした。

 大魚ってクジラかと思ったのだが、身が固いマグロだった。ゲトさんの話によると、現代でいうザトウクジラと同じサイズのマグロらしい。魚人の生活圏を荒らすので、氏族総出で狩るのが伝統だそうな。

 生は寄生虫の問題があったので、マキナにレーザーで処理させた。だが念の為に軽く燻った。醤油タレに漬け込み、酢飯の上に置いた。美味かった。本当に美味かった。お米は偉大だ。

「何だお前、料理人だったのか」

 親父さんの関心した声。

「はい、そうです」

 と、ラナの返事。

「違います」

 と、僕。

 馬車が街に入った。

 まず、ザヴァ商会に寄ってラナの服を新調した。親父さんが奢ってくれる。『安心しろ。王に増してツケる』といわれた。それのどこを安心しろと? まあ、遠慮するのも悪いので、更にエアの衣類と女性に必要な下着やら生活必需品を大量に購入した。持てない物はキャンプ地に送るよう頼む。

 次は、エルオメア西鳳商会に。店主の暑苦しい歓迎を受けて、かなり高い酒を三本購入。それを持って警務官の駐屯所に。『賄賂か?』と聞かれたので『賄賂だ』と渡した。猛牛と銀の狐亭に行き、マスターに酒を渡して『どうせならうちで買えよ』といわれた。ごもっとも。テュテュの店に行き、また川に流れていたバーフル様を親父さんと引き上げる。酒は目覚ましに一気に飲まれた。この人、僕と同じで酒の安い高いは関係ないらしい。

 冒険者組合に顔を出すのは、止めにした。組合長とエヴェッタさんは信用しているが、立場的に僕の側ではない。中立を求めるのは酷だ。

「もう、後は大丈夫です」

「おう」

 知り合いに王城へ向かう事を伝え終わって、気付く。これ、帰り際の挨拶みたいになっている。まてまて、まだ十階層までしか到達していないぞ。しかもアレは非公式の到達階層なので実際は五階層だ。五階層。僕の冒険、全然始まっていない。なのに何で、こんなもう終わりそうな雰囲気に。

「ソーヤ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

「いや、自分の不甲斐なさに嫌気が」

「自信を持ってください」

 手を握られる。

「あなたは良くやっています。どんな人間が、神が文句を付けようとも私はあなたに感謝をしていますし、この後何があっても私は味方です」

 ラナの優しさが辛い。これに僕は報いる事ができるのか。そして上手く自分の目的と両立できるのか。これが成功率2%の理由か?

「お前ら、もう男女の関係か?」

「は?!」

 親父さんの何気ない一声に変な声がでた。できれば一線を超えたいという気持ちはあるが、色々と差し迫った問題でそっちには頭は回らない。

「いえ、違います」

 キリっとしたラナの反応。ショックではない。ショックでは、ない。自分に言い聞かす。

「ならいいが」

 意味深な親父さんの無表情。深く聞いても答えてはくれないだろう。

 そんな事に考えを巡らせていると、王城に着いた。

 街に城なんてあったっけ? と思っていたが、正面の通りから丁度ダンジョンを挟み、その真後ろに城はあった。薄暗く苔生した小城だ。

「がっかりしたか? うちの王はこういう所に無頓着でな。六百年近く前の古城を今でも使っている。新しく造るか、せめて改築でもと臣下が諌言しているのだが聞きやしない」

 確かにボロい。建材は目に見えて崩れている所があり、補修の後が痛々しい。日当たりも最悪で朝なのに太陽が遠い。跳ね橋は鎖が片方切れていた。

 綺麗なのは、掲げられた旗くらいだ。

 牡牛と狐の対面したデザイン。

 親父さんの後に続いて城に入る。翔光石で照らされた中は意外と綺麗だ。色んな種族のメイドさんが並んで迎えてくれる。一斉にお辞儀された。釣られて僕も頭を下げそうになった。

 メイドさんに連れ立って二階に移動。

 そこで、

「メディム殿。そちらの方に、少しよろしいだろうか?」

 痛々しい姿のメイドが話しかけてきた。綺麗な顔に包帯を巻いて左目を塞いでいる。銀髪に、長く尖った狐の獣耳。モフっとした尻尾。鎧を着ていなかったので、一瞬わからなかった。

「良いが、王を大分待たせている。他に客もいる事だし急げよ。俺は先に行っている」

 親父さんは僕らに振り向き、

「こいつは、ここで刃傷沙汰を起こす程軽率な人間ではない。安心しろ」

 そういったが、僕は信用しない。

「すまない。お二方はこちらに」

 無人の客間に案内され入る。いつでも弓は放てるよう気構えた。

 いきなり、メイドさんは片膝を着いて頭を下げた。

「まず数々の非礼、全てを詫びさせて欲しい」

「構いません。済んだ事です」

 ラナの返事に、

「エルフの姫。あなたにいったのではない。ニホンのソーヤ殿にいったのだ」

 イラッときた。次の態度が決まってしまった。

 刺すような冷たさで返す。

「詫びるのは結構だが僕は一切許さない。それで構わないか?」

「構わない。だが、繰り返し詫びさせてくれ。どのような手段を用いたとしても、我ら三人をたった一人で倒した技。知恵。道具。それを、卑怯などと場違いな言葉で汚した。心から、すまないと思う。ワタシの体で支払える対価なら、どんな事でもしよう」

 真っすぐな瞳だ。それで、ズレた所を見ている。

 ズタボロに汚してやろうかとも思ったが、今はそんな暇はない。

「わかった。取りあえず記憶に留めておく。用件は以上か?」

「違う。これからが本題だ」

 まだ、何があるんだ?

「王子の事だ。確かに彼は、小心で短絡的で小悪で意地汚く女好きで口外できないような歪んだ性癖を持っていて、王族たる品もなければ王としての格の欠片もない方だ。兄上の一件以来、諌言できぬ我々もいけないのだが」

 あんた、それ全部聞かれたら処刑されるぞ。

「だが、あくどい知恵だけは回る。回ると思い込んでいる。質が悪い事に中途半端な知恵だ。これが今回、よくない方向に行っている。王子は、レムリア王とエルフの王を呼び出した。その場で、事の洗いざらいを話し姫に謝罪をするつもりだ。どういう事かお分かりか?」

 ん? ………まて、王族の代表がいて、その場で謝罪? ラナの父親がいるわけだよな。んで、王子がエルフに謝罪する。自分の悪行を話して………

 ラナの父親がどんな人間かは知らない。だが、一般的な感覚として、ええと。これ、不味いよな。不味い。

「すまない。僕はこっちの慣習に疎い。だが、それは………戦争になるか?」

「なります」

 ラナの顔が蒼白になった。

 僕も同じ顔色だろう。

「エルフの中には、ヒームに負けた事を認めていない者は多い。自尊心が強く傲慢な種族だ。それが自らの娘を踏みにじられ犯されかけ、黙ってはいない。しかも、ヒューレスは戦争に負けた事で求心力を著しく失っている。今回の事を静観して動かなければ、彼らを降す為に他の氏族が動く。最悪、まずエルフ同士の内戦が起こるでしょう」

 小心者が人をいたぶる理由は浅ましい。相手が抵抗してこない確証があるか、抵抗してもしなくてもどっちでも良いか、だ。

 王子はダンジョンでモンスターの餌にするべきだった。ラナに従った僕のミスだ。

「戦争になれば王子は批判されるでしょう。だが、不名誉や悪行は勝って洗い流せばいい。ヒームの古き悪習にならうつもりです。それに批判する冒険者もいるでしょうが、喜んで戦争に参加する冒険者もいます」

 どの時代、どんな世界でも、戦いに戦争に憧れを抱く人間はいる。実物を知らない若者は特にそれだ。

「それに姫。もう一度、自分の民を焼き殺したいですか?」

「そんな事は、決して」

 ラナが手を握って来る。震えていた。これを慰める為なら僕は何でもするだろう。それが、弓の技と共に継承した呪いでもある。いや、半分以上は僕個人の気持ちでもある。

 一つ、わからない事が。

 謝罪の意味合いだけは納得できない事だ。

「あんた。ええと、ランシールだな。何故あんたは戦争を止めたい?」

「王のお体を察してだ。ご高齢もあるが体調を崩しておられる」

 絶対、それだけが原因ではない。嘘が下手そうな人だ。探れば何か出て来るのだろうが時間がない。

「ソーヤ殿。あなたは賢明で博識で戦争を嫌っている方だと聞いた。不肖のこの身、如何様に使って構いません。どうか、王子の目論見をお止めください」

「止めろっていわれても」

 だから時間がないって。マキナとイゾラに意見を聞こうとしたが、

「ランシール、皆様お待ちミャ。早く、ああ!」

 ノックもなく無遠慮に、メイド服の褐色の猫獣人が入って来る。僕を見て指差し。

「あんた! あの時はよくも!」

「カロロ、今はそれ所ではない」

「いやミャ! あんたのせいで王子に怒られたミャ! 失職寸前ミャ! ミャーと結婚するミャ!」

「は?」

 飛び着かれ、抱き着かれ、求婚された。

「貴様! またそれかいい加減にしろ!」

「いやミャ! 結婚するミャ! 安定した生活が欲しいミャ!」

「冒険者が安定を求めるな!」

 ランシールが獣人の首根っこを掴んで引き剥がし放り投げる。獣人は華麗に着地した。今度はランシールが詰め寄って僕の両手を取り懇願する。

「とりあえず! ソーヤ殿。お願い致します。貴殿に全てがかかっています。その為には我が身はどうなっても構いませ――――」

 ランシールが獣人に背後から首を絞められる。

「お前また始まったミャ! それ我が身宣言! お前これで何度めミャ!」

「黙れ! まだ六度目だ!」

 二人がワチャワチャしだす。僕とラナは思考が渦巻いて、それ所ではない。

 また扉が開く。

「遅い!」

「はい」

 親父さんがご立腹だった。僕のせいではない。彼に連れられて廊下に出る。メイド二人は僕らを追い越して先に行った。

 イゾラ・ポットの上部を指で三回叩く。ちょっと前に決めたヘルプの合図だ。

『ソーヤ隊員、用件は察しています。戦争の回避方法ですね。この事は、マキナもイゾラも先日から予想していました。そして、五千通りのシミュレーションを行い。その結果………………回避不可能と判断しました。お役に立てず、申し訳ありません』

 万事休す。

 僕も良い案は、何一つ思い浮かばない。異世界から迷い込んだ人間がどうこうできるスケールの話じゃない。何とかひねり出した答えは、ラナとエアを連れて違う大陸まで逃げる、だった。もうダンジョンなんか知るか。

「ソーヤ、あの」

 ラナに話しかけられる。僕は結構ひどい顔をしているだろう。

「私に任せてもらっても良いでしょうか?」

「何か良い案が?」

「はい、あります」

 救いの女神が隣にいた。

「それでソーヤ聞いておくことが」

「何でも聞いてくれ」

「あなた、故郷に婚約者や思い人はいますか?」

「いません。妹が一人いるくらいです」

 自慢ではないが、国内でも国外でもモテた試しなど一度もない。知り合いに昔“好きだった”といわれた事はあるが。

「そうですか。助かります」

 何が? と聞こうとして親父さんが立ち止まり、部屋の扉を開ける。室内の内装は、さっき入った所と殆ど同じ。外敵の侵入時の対策か、城は似たような造りが繰り返している。一度出たら、この部屋にたどり着ける自信はない。

 部屋の円卓には僕らから向かって左にエルフが一人、右にはヒームが二人。四隅にさっきのメイドが二人と知らないのが二人。

 エルフは、恐らくラナの父親だ。エルフの長寿性か、見た目の年齢は僕と変わりない。エアと似た面影がある。というかラナって幾つだ?

 さておき、ヒームの二人。僕を見てニヤついている馬鹿王子とその隣。禿頭の男。酒場のマスターとの血の繋がりを感じる。年齢は六十くらいだろうか、疲れた顔つきで額に皺を浮かべている。思っていたより迫力はない。人の良さそうな顔つき。だが、体格は威風堂々としている。王冠に仕立ての良い衣服にマント姿。レムリア王で間違いないようだ。

「急な招きに驚いただろう。許せよ、愚息のたっての頼みだ」

 レムリア王の声が、少し引っかかる。必要以上に低く苦しそうな声だ。

 死んだ祖父を思い出してしまった。

 メイドが椅子を引いて、僕ら三人を座るように促す。僕の椅子を引いたのはランシールだった。“お願いします”オーラをもの凄く発している。

「しかしメディム。どうしてお前がいる? 暇な身ではあるまいに」

「ランシールが怪我で調子が悪いといってな。小間使いを代わってやった。気にするな」

 親父さんは王にタメ口を聞いている。この人、やっぱり大物か。

「ラウアリュナ姫。ご息災か? 慣れぬ冒険者稼業だ。不便があるなら、どんな事でも頼ってくれ」

「いえ、王様。何事も。問題ありません」

 ラナの言葉に少し怖い物を感じた。

「少し痩せたように見えるが?」

 エルフの王がラナに訊ねる。

「気のせいです。父上」

 更にラナが怖くなる。

 続いて王は僕を見た。

「そなた、異邦から来たとな?」

「お初にお目にかかります。レムリア王。異邦の地、日本から来た宗谷という者です。冒険者として活動しています」

 ちょっと語尾が震えた。

「中々面白い面構えだ。若者よ。また別の機会と時間があれば、異邦の話でも聞かせてもらおうか」

 緊張は解けない。

「さて、ゲオルグ。貴様の要望通り揃ったぞ」

「ではお父、陛下。今回集まってもらったのは――――」

「待て」

 王が王子の発言を止める。

「まず、ランシールの事だ」

「………それは追って話します」

 急に小さくなる王子。

 王は恐ろしい眼光でいう。

「駄目だ。余は貴様の要望に応えエルフの王と姫を呼び出した。これを条件に、彼女の怪我の原因を、貴様が話すといったからだ。あの頑固者、首を刈られても自分では話さないからな。

 貴様は、余の願いを踏んでいるのだぞ? 我が家の紋章は毎日見ているな。牡牛と銀の狐だ。牡牛は余が倒した悪冠を模した物、そして銀狐はその時余を庇い命を落としたランシールの母だ。わかっているのか、紋章を傷付けられるという事の意味が? 法が違えば貴様の姉になっていた者を、傷付けられ何も感じぬのか?」

 ぶわっと額に汗が浮かぶ。

 やばい。主に僕が一番やばい。

 その紋章に矢をしこたま打ち込んで傷付けました。

 こりゃ戦争より僕の処刑が先だ。ランシール本人は、僕に素敵な笑顔を浮かべる。僕は何ともいえない表情で返す。

「いえ、陛下。決してそんなつもりは。ただ、順番が」

「順序を変える事に何の意味がある。王を欺くつもりか?」

「い、いえ!」

 王子がアタフタする姿は滑稽だが、それを喜ぶ余裕はない。

 ラナが僕の手を握って来た。

 何だ? と思うと彼女が発言する。

「ランシール様を打ち破ったのは、このソーヤです」

 ちょ!

「ほぉ」

 王様、目がとても怖いです。

「先日、王子のパーティと私達はダンジョン内で決闘を行いました。禁じられている事は重々と理解しています。しかし、引けない理由があります」

「聞かせてもらおうか。だが姫、事と次第では処分を降さねばならない」

 王の凄味にラナは一歩も引かない。

 いつものような自信なさげで控え目な彼女ではなかった。ピンと背筋を伸ばし、確固たる意思を感じた。まるで人生における重要な事を決める時の、

「私と、ソーヤの、婚約を認めてもらう為です」

 ん?


 ん? ?!


 ん?! ?! ?!


 僕の人生で最も縁遠い言葉が出てきて、頭が真っ白になった。

「ヒームとエルフの結婚など、ヒューレスの森では許されない事。なれど今の私は一介の冒険者。ならば冒険者の王に従うのが道理。ですが、世俗に身を落とした姫の世迷い事などで、レムリア王を煩わせたくはありません。

 途方に暮れる私達に、事情を知った王子はいったのです。『この身を乗り越えてみせよ。その強さがあるのなら、それを証として我が王に進言しよう』と」

 王子の『え? いってないよ』という顔。

 僕の『うん、そうだね』という顔。

「私達は必死に戦いました。ですが、全く歯が立ちません。当たり前です。相手は、レムリア王のご子息。ゲオルグ・オル・レムリアと、勇猛で知られたランシール様です。私の魔法は王子の英知に妨げられ、ソーヤの放つ矢は悉くランシール様に防がれました。しかし」

 王様が完全に聞く態勢になっている。

「私達二人で放った最後の矢に、ヒューレスの恩寵が宿りました。それはランシール様の盾を砕き、兜を割りました。これは奇跡で、私達の実力ではありません。ですが王子は寛容にも負けを認め、今日この席を設けてくれたのです」

 今、真実が隠された瞬間を見た。

 こうやって歴史は作られて行くのだろうか。そんな馬鹿な。

「ランシール、この話は真か?」

 王様の質問に、

「はい、真実です。彼らの放った最後の矢。まさしく大蜘蛛ロラを打ち倒した矢。ヒューレスの伝説を垣間見ました」

 そう、ランシールが答える。王子がアホの子のように口を開いていた。ざまぁ、と思う反面。僕も状況を飲み込めていない。

「ゲオルグ、良くやった」

「え? 陛下?」

 王に肩を叩かれ王子は正気に戻る。

「身を賭して民の願いに応える。余の体では、もうできぬ事だ。勝手気ままに過ごす貴様を面憎いと思っていたが、子とは知らぬ所で成長するものなのだな」

「陛下」

 王子の目が潤む。

 良い話だ。

 全部、嘘ですけどね。

「こんな理由で私を呼び出したのか?」

 静観していたエルフの王が口を開いた。声の調子がひどく冷たい。

「メルム殿、しかしこれは」

「失礼。帰らせてもらう」

 レムリア王の言葉も聞かず、エルフの王は席を立つ。去り際にいった彼の言葉はラナを震えさせた。

「娘は死にましたよ。ここにいるのは冒険者だ。レムリア王、あなたに全てお任せます」

 メイドが一人付き添い、エルフの王は部屋を出て行った。扉が閉まった後、重苦しい空気が漂った。

 王が一つ咳払いをして、明るい調子で喋り出した。

「では、レムリア王国初代君主。レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァが、汝ら二人の婚約を認めよう。婚儀の誓約はエルフの物でよいのか?」

「はい、それでお願い致します」

「うむ、わかった。ささやかだが支度金を用意しよう。書類に付いては冒険者組合に追って用意させる。姫、いやラウアリュナ。そしてソーヤよ。異種族の結婚は困難が付き纏う。この試練を乗り越える事ができず、滅びた王国もある。二人手を取り、この冒険に挑むのだぞ」

『はい』

 僕はラナと同時に返事をした。手は握ったままだった。

 席を立つ王に、後に続く王子、僕ら二人は揃って頭を下げる。完全に蚊帳の外だった親父さんは、暇そうに自分の顎髭に触れていた。

 王様と王子が出て行った後、メイドに案内され僕らは来た道を戻り、外へ。

 馬車に乗り込む。ランシールが何故か一緒に乗って来た。

「ソーヤ殿! ありがとうございます! これで王の心労も少しは和らぐでしょう!」

 感激のあまりか、膝の上に乗られて抱き着かれた。頭を抱えられ頬ずりされる。尻尾が激しく舞っていた。獣人って、みんなこんなスキンシップが激しいの? 全然良いが。いや今はよくないが、

「降りなさい。私の夫になった人です」

 ラナの目が痛い。

「しかしエルフの法での夫だ」

「ん? え、どういう事?」

 ランシールが意味のわからない事をいう。

 親父さんが説明してくれた。

「異邦人だから知らないのだろうな。エルフは一夫多妻制だぞ。基本、長命の種族は出産率が低いからな。体の相性もあるらしく、古来から嫁を沢山娶っていた」

 なん、だと。

「つまり、そういう事です。ソーヤ殿。貴殿はワタシの勝手な願いに余すことなく応えてくれた。一度受け取った称賛を、王子は今更嘘でしたとはいえはしません。見事です。真実は闇の中、この件を深く詮索する者はいないでしょう。後は、ワタシのお礼を受け取っていただくだけです」

 真実がイコール正しいわけじゃないのですね。勉強になります。で、お礼の内容が気になるけどまず、

「ええと、ちょっと」

 親父さんをチラ見する。それで察したのか彼がいう。

「気にするな。ランシールから全部聞いている。そもそもお前らを気に掛けたのは、俺のやり方が生ぬるく王子を増長させたからだ。お前らに不利になるような事はしない」

 なるほど。納得すると同時に、馬車が動き出す。

 それじゃ僕もいっておこう。

「ランシール。さっきのは僕の案じゃないぞ」

「はい?」

 ランシールが首を傾げる。それにラナが、

「私の案でもありません」

「はい?」

 僕も首を傾げた。じゃ誰が? と。

「くわぁ~っと………やれやれ、どうやら上手くいったようじゃな」

 まずは、あくび一つ、馬車に置き忘れていたミスラニカ様が目覚めた。

 本当、よく寝る方だ。

「妾の策じゃ。愚かな若者など、適当に褒めて功績を与えればホイホイそれに従う。事実や意思よりも、目の前の美味しい餌に人は釣られる。後学の為に覚えておくが良い」

 流石、傾国の美女。

 本当にあなたと契約して良かった。

「失礼。どちら様でしょうか?」

 ランシールのごもっともなツッコミ。てか、あなた着痩せしているタイプですね。後、メイド服は卑怯だ。色んな料理に温泉卵くらい卑怯だ。胸は、ラナに負けているがね。そのラナが答えてくれる。

「こちら、夫神であるミスラニカ様です。ランシール様、降りなさい」

「みす、ラニカ。悪行のミスラニカですか? ソーヤ殿。変わった神と契約を成されている。只者ではないとは思っていましたが、それは神からして違いますね」

 只者です。

 ミスラニカ様は、指定席である僕の肩に乗って来てランシールにいう。

「レムリアの私生児よ。そなたが兄の事でエルフを憎む事は理解できる。だが、このヒューレスの末裔は、愚かではあるが悪ではないぞ。そなたと同じ民を思い、血縁を思う。手を取り合えとはいわぬ。しかし、今回の行動は妾の入れ知恵であったとしても、この者の行動あっての事。礼をいえ」

 神様の言葉である。たとえそれが契約をしていない端神の言葉でも、それに正しさを感じたのなら尊重はしなければならない。

 渋々、ランシールが感謝を口にした。

「………………ヒューレスの森の、ラウアリュナよ。助力感謝する。あなたとソーヤ殿の婚約を心から祝福する。まだ席は空いているからな」

「レムリアのランシール。感謝は不要です。戦争は私や“私の夫”にも不利益になります。気になさらず。あと………降りなさい」

 二人の火花に僕はどういう顔をすれば良いのかわからない。

 ミスラニカ様に頬を肉球で押される。

「ちょっと待てラナよ。妾は、冒険のパーティを組む云々を建て前にしろといったのじゃぞ。結婚しろとは一言も」

「すみません。ちょっとお待ちをミスラニカ様。降りなさい、女狐」

 ラナが馬車の天井と座席に手を付き、何をするのかと思ったら、ランシールに蹴りを入れた。それもかなり強烈なのを。その衝撃はランシールを吹っ飛ばし、客室の戸を開き、外の果物露店に頭から突っ込ませた。

 降りたね。

 うん、想像力の限界が来た。これが原因で何かが起こりそうとかは考えない。

「………………まあ、良い」

 ミスラニカ様が黙る。

「よし、今日はもう俺ができる事はないな。御者、こいつらのキャンプ地まで頼むぞ」

 親父さんも素早く逃げる。

 彼の姿を見て、冒険者とは逃げ足の速さがモノをいうのだと実感した。そして僕は逃げられない。いや、逃げてどうするものか。

 ラナは急に固まって無表情になる。文字通りフリーズした。そうだよな。色々大変だったよな。台本があったとはいえ熱演だったし。

 またまた、眠りだしたミスラニカ様を撫でながら、キャンプ地までの道のりを無言で過ごす。嫌な沈黙ではない。よくわからないが、ラナといる時間はまったりとできる。これからも、これから? も?

「………………」

 じわっと変な汗が流れる。そもそも結婚ってこんな上から落ちてきた物を拾うような感覚でしてよい契約なのか? 僕は一年でこの世界から出て行く予定なんだよな? 全てが上手くいけば。そもそも上手く行くのか? それでラナは置いて行っていいのか? その後、彼女はどうなるんだ? ………そもそも彼女は本気で僕なんかと結婚する気なのか? 確かに僕は、弓の腕と同時にルゥミディアの血縁を守るよう呪いを受けた。それは構わない。僕の意思と合致した呪いだ。でも彼女の意思は聞いていない。否応ない状況だったから僕に頼ったのだ。本人は気付いていないが、あの美貌だ。僕みたいな、短絡的で考え足らずの歪んだ只者なんかが本来一緒にいてよい人ではない。今はよくても、かつてヒューレスがそうだったように。これは止めておこう。

 結婚、責任、と経験した事のない感情がのしかかる。これは一人でどうなるものでもない。てか、結婚て一人でするものじゃないしね。

 うむ、フリーズした。

 …

 ………

 ………………

 ………ぁ………っ

「あなた、着きましたよ」

「え」

 馬車がキャンプ地に着いていた。ミスラニカ様を抱えてラナと客室から降りる。御者のおじさんに二人で会釈。馬車がゆっくりと街に戻っていった。

「さて」

 お昼の準備でも、

「申し訳ありません!」

 ラナが土下座をした。

「ん? ちょ、ちょ」

 いきなりの事で状況が飲み込めず、変な声を上げて変なポーズを取ってしまう。

「ミスラニカ様とマキナ様に聞きました。ニホンという国では最大限の陳謝をする時や、懇願をする時にこの体勢を取るのだと」

「それ覚えなくていいから!」

 あいつら! 人の国の悪習を。

「いえ、あなたに許していただくまでは頭は上げません! ごめんなさい! ソーヤの気持ちを確認せず先走った愚かな事をしました。あの獣人の娘達が変な事をいうので焦ってしまい、つい出来心に。あなたには多大な恩があるのに何一つ返す間もなく、更にこんな迷惑を。私にできる事なら何でも償います! あなたのような人には私は相応しくありません。自分でも一番それはわかっています。ですが王の前でいった事を今更取り消せはしません! あなたの前に、本当に愛する人が現れるその時までで良いのです。それまでの間、私と結婚した“フリ”をしてください!」

 最後の方の言葉、幻聴でないのなら、僕は一人相撲をしていたのですかな。つまり、偽装結婚をしろと。

『ソーヤさん』

 後ろにいたマキナに背中を引っ張られる。

『女性にここまでいわせて、恥ずかしくないのですか?』

 え?

『ソーヤ隊員』

 腰のイゾラがポンチョを掴む。

『男性として誠意を見せてください。そんな人間に、イゾラ達はついていけません』

 え?

「ソーヤ」

 ミスラニカ様が腕の中でいう。

「頑張れ」

 はい。

 土下座するエルフと、責めたてる人工知能に、猫の姿の神様と最高にカオスな状態の中、僕は片膝を着いてラナの顔を上げさせる。

「ラナ、結婚した“フリ”をしよう」

「はい、ありがとうございます」

 ”フリ”という言葉がなければ良いシーンになるのだが、何だこれ。

 パチパチと人工知能達が拍手の音を鳴らす。

『おめでとうございます。マキナの国にこんな言葉があります。「結婚は一種の冒険事業なり」です。お二人の冒険、このマキナとイゾラ、最大限にサポートさせていただきます』

「妾からは特にない」

 ミスラニカ様のごもっともな言葉。

「な~にぃ、帰って来たの? どこいってたのぉ?」

 エアが眠たそうにテントから出て来る。にっこりと笑ったラナがいった。

「エア、お姉ちゃん。ソーヤと結婚する事にしました」

「何でぇ!」

 エアに全てを説明するのには半日かかった。

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