第6話 愚かな願いの結末
唐突なチャンスに対してしがみ付ける者が、世界にどれだけ存在するだろうか?
やる造はどうやら、しがみ付ける側の天魔であった。
▶
「さあ、願いはどうした? 愚かなる者よ」
催促と共に、筋肉モリモリマッチョマンの魔人?が、暑苦しい顔でやる造ににじり寄る。その圧力に挫けそうになりながらも、やる造は動いた。
「願いって、、 例えば?」
恐る恐る尋ねるやる造に、マッチョが答える。
「我に出来る事!
なれば、どんな愚かな願いであろうとよ!! 立ちどころに叶えてやろう!!
それこそパズルの化身たる、我が本懐よ!」
ニッカリと笑い、胸をドン!と叩いてみせた。
陽気なマッチョである。
どうやら悪い奴ではなさそうだった。
やる造は思案に入る。
願いか? 願い事なら沢山あるぞ!
金持ちになりたいとか。権力が欲しいとか。いい女を抱きたいとか。
ギャンブルに勝ちたいとか。
とにかく色々だ! というか、いきなり言われても思いつかん。
グヌヌ・・・ どうしたものか・・・
▶
前言を撤回しよう。
確かにチャンスはそこに在った。
加えて言うなら、それを受け取る度胸もやる造には備わっていたのかもしれない・・・
しかし、やる造は、、、 愚かな天魔であった。
一時のチャンスを無駄にしたのだ。
そして――― それは起きてしまった。
▶
「悪いがその願い! 私が貰い受ける!」
時計が動く。
やる造が思案に暮れている間に、状況を把握して気を取り直した様だった。
「動くなよ!」言葉と同時にパチン!と音が、空に響く。
すると時計の背後より、使者を名乗った男がルシフを連れて現れたのだ。
ルシフは無事の様だが、猿轡を嚙まされ後ろ手に拘束されている。
ルシフの首には使者に押し付けた刃物が怪しく光っていた。
「どうする?」 時計は余裕の態度で、確認を行う。
「どうするも何も、 お前のパズルだろ? 願いもお前のものだ」
「よろしい!」 当然の確認とばかりに、時計が相槌を打った。
「いいのか? 愚かなる者よ・・・ 我はお前の願いを・・・」
と、どこか寂し気な声音のマッチョに、やる造は優しく答えた。
「いいんだ。 そいつの願いを叶えてやったくれ!」
「承知した」納得がいった表情でマッチョは時計に向き直った。
「なれは、何を望む?」
そして、新たな愚者として時計を認めたのだ。
時計は少しの沈黙の後、大願を叫ぶ。
「死を! 私に死を!!!! アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
よほどの願いだったのか、部屋中にこだます歓喜の奇声。
その声が、、 不意に止まった。
(・・・死んだのか?)
魔神の願いに多少は驚いたものの気を取り直す。
マッチョに確認を取る為、やる造は直ぐに動いた、、、 のだが。
「いや、、 あの、、、
なんか、、 ごめんなさい。
無理だし! 我には無理だし! 魔神様の命とか、、 手におえないし!!」
愚痴をこぼし拗ねるマッチョ。
その近くでは、
「うそ、、、 最後の望みだったのに、、、、
うそよ、、、 どうして・・・」
と項垂れる時計・・・ いや、こいつが魔神だった様だ。
使者が異変に気付き、
魔神に駆け寄って慰めの言葉をかけるが、もう手遅れであった。
魔神が泣き声を漏らしていたのだ。
もう、滅茶苦茶である。
魔神の鳴き声が轟く中、やる造はルシフに駆け寄る。
怯えるルシフに「大丈夫!」と声をかけ、猿轡を取り外した。
「やるくん!!!」
叫び拘束されたままのルシフが飛びついてくる。
そんなルシフをやる造は優しく受け止めた。
もうここでやり残した事は無い。
謝りに来た訳だが、、 もう如何でもよさそうである・・・
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
威厳もなく少女の声で泣き叫ぶ魔神。その声がやる造の心を揺さぶる。
申し訳なさそうにソワソワとするマッチョの姿も目に付く。
先程まで、ルシフの首に刃物を押し当てていた男があたふたとしている様は、とても見るに堪えない代物だった。
・・・これを、放置できなかったのである。
この中で正気を保ってるの俺だけだし・・・ 一肌脱いでみる?
そんな風に思ってしまったのである。
やる造は気だるげに動き出した。
「おーい、マッチョ!」
魔人をそんな愛称で呼びつけるやる造。
しかし、魔人が気にした様子はない。
待ってましたとばかりに、やる造に縋り付いた。
「愚かなるもの、、 もう、どうしたらいいのか・・・」
(おい、今愚かなるって・・・)反発しそうになったが、今は辞めておく。
時間がもったいなかった。すぐさま質問に移る。
「さっきの願い、無効なんだよな? 叶っていないんだからさ・・・」
「はあ、まあ、そうなのですが、
本来、我に叶えられぬ願いなど、そうあるモノでも無いのです。
その為、、 願いのキャンセルは、 受け付けて、、 おらず、、、」
歯切れ悪るく申し訳なさそうに語るマッチョに、
(想定してないの? 馬鹿なのかコイツ・・・)やる造は少し頭が痛くなっていた。
「で? 魔神様の願いを叶える方法、、 本当に無いのか?」
問いただすと、マッチョが躊躇いながらも答え始める。
「可能性が、、無い訳では・・・ しかし、我には無理です!
方法があるとすれば・・・」
「すれば?」魔神がマッチョの傍に立っていた。立ち直りの早い奴である。
「はい!
魔神様ともなると個が強すぎる為、自害したところで再生してしまいます。
また、同レベルの天魔と争い破れたところで、、、 お分かりでしょう?」
「当たり前だ! 討滅されたところで時が解決する! まして私はその化身ぞ!」
「ハハハ、お許しを! では、喰われた場合は?
格下には無理でも、、 同レベルの天魔ならば・・・ 或いは・・・」
「ほう!」心当りがあるのか、何か閃いた表情を浮かべる魔神。
「ハハハ、勿論そんな事例はありませんので、確証はありませんが・・・
場合によっては消化不良で胃に残るやもしれませんし・・・、ハハハ」
マッチョは笑いながら締めくくった。
「無駄だな!」結論は魔神が下した。が、それに意見を付け加える。
「しかし、喰われる者が望んだ場合、話が変わるかも知れん!」
魔神の瞳が大きく開かれ、怪しげな光が宿っていた。
じ~~~~~~~~~~~~~~~~っ。
やる造は魔神様からの熱視線を感じる。
「ククク、良いところとにいい者がいるなぁ~。 フフフ、ジュルリ」
部屋にいる皆に聞こえる様に、大きな声を上げる魔神様。
「誰なんですかね、それ・・・」やる気のない生返事を返すやる造。
そのつれない態度に、
「つれない事を言うな、友よ。 共にパズルを解いた仲ではないか!」
大袈裟な抑揚きかせて、声に色を持たせる演技派な魔神様。
「パズルは一人で解いたんですけど、それは?」
「なーに、そんな些事忘れてしまえ! 私が用意したパズルだ!
共同作業とは、何も同時に事を成す事ではないのだぞ?
『協力し合う事』にこそ、その本懐が在ると思わんか?」
有無を言わさぬ凶悪な
やる造が怯み黙ると視るや、それを口にした。
「喰え! さあ、喰え!」と。
身を差し出す様に進み出てくる魔神様。
やる造からしたら、勿論ノーサンキューな話である。
やる造が魔神様の要求を拒もうとした、その時だった。
バキバキ! バキバキ!と指を鳴らしながら男が立ち塞がったのだ。
「困りますな! 愚かなる者よ!
これは、なれの望みでもあるのすぞ?
『そいつの願いを叶えてやったくれ!』そう言ったではありませんか?」
大袈裟な演技でやる造を真似るマッチョ。
冷やかしでは無く、再現を行った様である。
「なれは、本当に愚かなお方だ。そして、不思議を内包している!
その矮小なる体のどこから、
最上位天魔たるそのオーラを生み出しているのか・・・ 実に興味深い!!」
バキバキ! バキバキ!と再び指を鳴らすマッチョ。
体からは蒸気が漏れ出し、筋肉が肥大していた。
戦闘態勢だと言わんばかりのポージングを決めると、暑苦しい声で告げて来る。
「願いを叶える事こそ、我が本懐!
ならば、食して頂きましょうや!!!!!!!!!!!!」
圧に押され、後ずさるやる造。
そこに更なる追い打ちがかかる。
使者の男が再びルシフを捕らえ人質としたのだ。
寡黙な為か、声こそ発しなかったが、
猿轡から解放されたルシフが危険も顧みず「逃げてー!」と必死に叫ぶ姿をやる造に見せつけてきたのである。
(ルシフ、 お前なんて良い子なの・・・ブワ)
見捨てる訳にはいかなかった。
選択肢は一つである! 勿論、魔神様を食す事。
しかし、その手段であると思われる
だから、素直に聞く事にしたのだ。
「分かった。食べる!
だからのその方法を教えてくれ!!」と。
周りを刺激しないように、真顔でそう言い切ったのだ。
しかし、
「何を言っているんだ? 友よ・・・
君には口があるじゃないか!」と魔神。
「そうですとも! 食す時、
口以外の何処から取り入れるというのです!」と魔人。
「・・・」(喰え!)と使者。
「にげてーーーー!」とルシフ。やはりいい子であった。
って、おい! 滅茶苦茶言いやがる。
時計など食えるわけが・・・
「時に友よ、君は何か勘違いをしていないか?」
魔神様が問いかけてきた。
これまでとは違う重い口調である。
「私を食す事の意味を理解しているか?
それは私を取り込むと言う事だ!
私と一つになると言う事だ!
それを、、 理解しているのか?」
神妙な態度で、そう説いてくる。
「友よ、君は私の全てを引き継ぐ事になる・・・
それ即ち、時を支配する力を得ると言う事だ!」
なん、、 だと、、、
その時、やる造のちっぽけな頭脳に電流が走った。
思考が乱れ、荒れ狂う。
そしてこの時、
やる造は一つの
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺は愚か者だ。
だが、ここにこそ答えは在った!
時の支配。
それ即ち、時間停止が可能と言う事では無いだろうか?
は! 何という事!
俺は気付いてしまったのだその答えに・・・
みんなさんもご存じだと思う。
時間停止モノのAVを!
皆まで言わなくていい!
分かっている!分かっているのだその欠陥を!
実に九割が偽物と言われるその作品。
一割は本物であるのかもしれない。と妄言が語られる、そんな代物!
知っているとも。
だがしかし!何が妄言なものか!
否! 断じて否だ!!!
俺が!俺こそが!!!!
その
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
真理を得たやる造は即答する。
「心の友よ! 今、一つとなろう!」と。
その表情は優しく暖かなものであった。
完全に悟りの境地に達していたのである。
夢か幻か、魔神が本当に涙を流していた。
時計が涙を流していたのである。
それはまさしく至福の涙。
やる造は魔神を優しく抱き寄せた。
魔神が薄れていく、その姿が掠れ消えていく。
「ああ、
長かった、、 私が壊れてどれ程の、、
あのお方にも随分とご迷惑をお掛けした、、、
本当に長かった・・・
やる造、、 本当に感謝する。
私を終わらせてくれて、、、
だが気をつけろ、ここは本当の地獄。
果てのない、、、 永遠の裁きの・・・ 場なのだから・・・」
言葉が途切れた時には魔神は消え去っていた。
やる造の目から涙が零れる。
それは、魔神が残した最後の
▶
―――かくしてそれは起こってしまった。
やる造はやはり愚かな天魔である。
愚かであるが故に、ここに覚醒を果たしたのだ。
後に、天上をも震撼させる事になる魔神の卵が、孵化の時を迎えたのである。
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