第6話 愚かな願いの結末

唐突なチャンスに対してしがみ付ける者が、世界にどれだけ存在するだろうか?

やる造はどうやら、しがみ付ける側の天魔であった。


「さあ、願いはどうした? 愚かなる者よ」

催促と共に、筋肉モリモリマッチョマンの魔人?が、暑苦しい顔でやる造ににじり寄る。その圧力に挫けそうになりながらも、やる造は動いた。


「願いって、、 例えば?」

恐る恐る尋ねるやる造に、マッチョが答える。


「我に出来る事!

 なれば、どんな愚かな願いであろうとよ!! 立ちどころに叶えてやろう!!

 それこそパズルの化身たる、我が本懐よ!」

ニッカリと笑い、胸をドン!と叩いてみせた。

陽気なマッチョである。

どうやら悪い奴ではなさそうだった。


やる造は思案に入る。

願いか? 願い事なら沢山あるぞ!

金持ちになりたいとか。権力が欲しいとか。いい女を抱きたいとか。

ギャンブルに勝ちたいとか。

とにかく色々だ! というか、いきなり言われても思いつかん。

グヌヌ・・・ どうしたものか・・・


前言を撤回しよう。

確かにチャンスはそこに在った。

加えて言うなら、それを受け取る度胸もやる造には備わっていたのかもしれない・・・

しかし、やる造は、、、 愚かな天魔であった。

一時のチャンスを無駄にしたのだ。

そして――― それは起きてしまった。


「悪いがその願い! 私が貰い受ける!」

時計が動く。

やる造が思案に暮れている間に、状況を把握して気を取り直した様だった。


「動くなよ!」言葉と同時にパチン!と音が、空に響く。

すると時計の背後より、使者を名乗った男がルシフを連れて現れたのだ。

ルシフは無事の様だが、猿轡を嚙まされ後ろ手に拘束されている。

ルシフの首には使者に押し付けた刃物が怪しく光っていた。


「どうする?」 時計は余裕の態度で、確認を行う。

「どうするも何も、 お前のパズルだろ? 願いもお前のものだ」

「よろしい!」 当然の確認とばかりに、時計が相槌を打った。


「いいのか? 愚かなる者よ・・・ 我はお前の願いを・・・」

と、どこか寂し気な声音のマッチョに、やる造は優しく答えた。

「いいんだ。 そいつの願いを叶えてやったくれ!」

「承知した」納得がいった表情でマッチョは時計に向き直った。

「なれは、何を望む?」

そして、新たな愚者として時計を認めたのだ。



時計は少しの沈黙の後、大願を叫ぶ。

「死を! 私に死を!!!! アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

よほどの願いだったのか、部屋中にこだます歓喜の奇声。


その声が、、 不意に止まった。



(・・・死んだのか?)

魔神の願いに多少は驚いたものの気を取り直す。

マッチョに確認を取る為、やる造は直ぐに動いた、、、 のだが。



「いや、、 あの、、、

 なんか、、 ごめんなさい。

 無理だし! 我には無理だし! 魔神様の命とか、、 手におえないし!!」

愚痴をこぼし拗ねるマッチョ。

その近くでは、

「うそ、、、 最後の望みだったのに、、、、

 うそよ、、、 どうして・・・」

と項垂れる時計・・・ いや、こいつが魔神だった様だ。


使者が異変に気付き、

魔神に駆け寄って慰めの言葉をかけるが、もう手遅れであった。

魔神が泣き声を漏らしていたのだ。

もう、滅茶苦茶である。



魔神の鳴き声が轟く中、やる造はルシフに駆け寄る。

怯えるルシフに「大丈夫!」と声をかけ、猿轡を取り外した。


「やるくん!!!」

叫び拘束されたままのルシフが飛びついてくる。

そんなルシフをやる造は優しく受け止めた。


もうここでやり残した事は無い。

謝りに来た訳だが、、 もう如何でもよさそうである・・・



「うわーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

威厳もなく少女の声で泣き叫ぶ魔神。その声がやる造の心を揺さぶる。

申し訳なさそうにソワソワとするマッチョの姿も目に付く。

先程まで、ルシフの首に刃物を押し当てていた男があたふたとしている様は、とても見るに堪えない代物だった。



・・・これを、放置できなかったのである。

この中で正気を保ってるの俺だけだし・・・ 一肌脱いでみる?

そんな風に思ってしまったのである。

やる造は気だるげに動き出した。


「おーい、マッチョ!」

魔人をそんな愛称で呼びつけるやる造。

しかし、魔人が気にした様子はない。

待ってましたとばかりに、やる造に縋り付いた。

「愚かなるもの、、 もう、どうしたらいいのか・・・」

(おい、今愚かなるって・・・)反発しそうになったが、今は辞めておく。

時間がもったいなかった。すぐさま質問に移る。

「さっきの願い、無効なんだよな? 叶っていないんだからさ・・・」

「はあ、まあ、そうなのですが、

 本来、我に叶えられぬ願いなど、そうあるモノでも無いのです。

 その為、、 願いのキャンセルは、 受け付けて、、 おらず、、、」

歯切れ悪るく申し訳なさそうに語るマッチョに、

(想定してないの? 馬鹿なのかコイツ・・・)やる造は少し頭が痛くなっていた。


「で? 魔神様の願いを叶える方法、、 本当に無いのか?」

問いただすと、マッチョが躊躇いながらも答え始める。

「可能性が、、無い訳では・・・ しかし、我には無理です!

 方法があるとすれば・・・」

「すれば?」魔神がマッチョの傍に立っていた。立ち直りの早い奴である。

「はい!

 魔神様ともなると個が強すぎる為、自害したところで再生してしまいます。

 また、同レベルの天魔と争い破れたところで、、、 お分かりでしょう?」

「当たり前だ! 討滅されたところで時が解決する! まして私はその化身ぞ!」

「ハハハ、お許しを! では、喰われた場合は?

 格下には無理でも、、 同レベルの天魔ならば・・・ 或いは・・・」

「ほう!」心当りがあるのか、何か閃いた表情を浮かべる魔神。

「ハハハ、勿論そんな事例はありませんので、確証はありませんが・・・

 場合によっては消化不良で胃に残るやもしれませんし・・・、ハハハ」

マッチョは笑いながら締めくくった。

「無駄だな!」結論は魔神が下した。が、それに意見を付け加える。

「しかし、喰われる者が望んだ場合、話が変わるかも知れん!」

魔神の瞳が大きく開かれ、怪しげな光が宿っていた。



じ~~~~~~~~~~~~~~~~っ。

やる造は魔神様からの熱視線を感じる。


「ククク、良いところとにいい者がいるなぁ~。 フフフ、ジュルリ」

部屋にいる皆に聞こえる様に、大きな声を上げる魔神様。

「誰なんですかね、それ・・・」やる気のない生返事を返すやる造。

そのつれない態度に、

「つれない事を言うな、友よ。 共にパズルを解いた仲ではないか!」

大袈裟な抑揚きかせて、声に色を持たせる演技派な魔神様。

「パズルは一人で解いたんですけど、それは?」

「なーに、そんな些事忘れてしまえ! 私が用意したパズルだ!

 共同作業とは、何も同時に事を成す事ではないのだぞ?

 『協力し合う事』にこそ、その本懐が在ると思わんか?」

有無を言わさぬ凶悪な圧力しせんでやる造を射抜いてくる。

やる造が怯み黙ると視るや、それを口にした。



「喰え!  さあ、喰え!」と。



身を差し出す様に進み出てくる魔神様。

やる造からしたら、勿論ノーサンキューな話である。

やる造が魔神様の要求を拒もうとした、その時だった。


バキバキ! バキバキ!と指を鳴らしながら男が立ち塞がったのだ。

「困りますな! 愚かなる者よ!

 これは、なれの望みでもあるのすぞ?

 『そいつの願いを叶えてやったくれ!』そう言ったではありませんか?」

大袈裟な演技でやる造を真似るマッチョ。

冷やかしでは無く、再現を行った様である。

「なれは、本当に愚かなお方だ。そして、不思議を内包している!

 その矮小なる体のどこから、

 最上位天魔たるそのオーラを生み出しているのか・・・ 実に興味深い!!」

バキバキ! バキバキ!と再び指を鳴らすマッチョ。

体からは蒸気が漏れ出し、筋肉が肥大していた。

戦闘態勢だと言わんばかりのポージングを決めると、暑苦しい声で告げて来る。

「願いを叶える事こそ、我が本懐!

 ならば、食して頂きましょうや!!!!!!!!!!!!」

圧に押され、後ずさるやる造。

そこに更なる追い打ちがかかる。


使者の男が再びルシフを捕らえ人質としたのだ。

寡黙な為か、声こそ発しなかったが、

猿轡から解放されたルシフが危険も顧みず「逃げてー!」と必死に叫ぶ姿をやる造に見せつけてきたのである。


(ルシフ、 お前なんて良い子なの・・・ブワ)

見捨てる訳にはいかなかった。

選択肢は一つである! 勿論、魔神様を食す事。

しかし、その手段であると思われる生命搾取エナジードレインの使い方が分からなかった。

だから、素直に聞く事にしたのだ。

「分かった。食べる!

 だからのその方法を教えてくれ!!」と。

周りを刺激しないように、真顔でそう言い切ったのだ。

しかし、


「何を言っているんだ? 友よ・・・

 君には口があるじゃないか!」と魔神。

「そうですとも! 食す時、

 口以外の何処から取り入れるというのです!」と魔人。

「・・・」(喰え!)と使者。

「にげてーーーー!」とルシフ。やはりいい子であった。


って、おい! 滅茶苦茶言いやがる。

時計など食えるわけが・・・



「時に友よ、君は何か勘違いをしていないか?」

魔神様が問いかけてきた。

これまでとは違う重い口調である。


「私を食す事の意味を理解しているか?

 それは私を取り込むと言う事だ!

 私と一つになると言う事だ!

 それを、、 理解しているのか?」

神妙な態度で、そう説いてくる。


「友よ、君は私の全てを引き継ぐ事になる・・・

 それ即ち、時を支配する力を得ると言う事だ!」



なん、、 だと、、、

その時、やる造のちっぽけな頭脳に電流が走った。

思考が乱れ、荒れ狂う。

そしてこの時、

やる造は一つの真理こたえに至ったのである。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

俺は愚か者だ。

だが、ここにこそ答えは在った!


時の支配。

それ即ち、時間停止が可能と言う事では無いだろうか?


は! 何という事!

俺は気付いてしまったのだその答えに・・・


みんなさんもご存じだと思う。

時間停止モノのAVを!

皆まで言わなくていい!

分かっている!分かっているのだその欠陥を!

実に九割が偽物と言われるその作品。

一割は本物であるのかもしれない。と妄言が語られる、そんな代物!

知っているとも。

だがしかし!何が妄言なものか!


否! 断じて否だ!!!


俺が!俺こそが!!!!

その一割の妄言かのうせいとなってやる!!!!


真理こたえは、確かにそこに在ったのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


真理を得たやる造は即答する。

「心の友よ! 今、一つとなろう!」と。

その表情は優しく暖かなものであった。

完全に悟りの境地に達していたのである。


夢か幻か、魔神が本当に涙を流していた。

時計が涙を流していたのである。

それはまさしく至福の涙。


やる造は魔神を優しく抱き寄せた。

魔神が薄れていく、その姿が掠れ消えていく。


「ああ、

 長かった、、 私が壊れてどれ程の、、

 あのお方にも随分とご迷惑をお掛けした、、、

 本当に長かった・・・


 やる造、、 本当に感謝する。

 私を終わらせてくれて、、、

 だが気をつけろ、ここは本当の地獄。

 果てのない、、、 永遠の裁きの・・・ 場なのだから・・・」


言葉が途切れた時には魔神は消え去っていた。

やる造の目から涙が零れる。

それは、魔神が残した最後の痕跡わすれものだった。


―――かくしてそれは起こってしまった。

やる造はやはり愚かな天魔である。

愚かであるが故に、ここに覚醒を果たしたのだ。

後に、天上をも震撼させる事になる魔神の卵が、孵化の時を迎えたのである。

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