第14話「惨劇」

「お主ら人間には分からんかもな。もっとも、嗅覚が良くなるよう改造された人間なら話は別じゃが。それと、娘っ子が姿を現した場所からもキツく匂ってくるわい」

 その言葉の通りに、結衣が姿を現した校舎の裏へと足を踏み入れる。その先の光景を目の当たりにした総一郎は絶句した。

「こりゃまた酷い有様じゃのう。女子の顔をよくもここまで殴れるわい」

 アカの言葉はこの惨状を正確に言い表していた。女子生徒五人が顔中を血だらけにし、倒れていた。微かに聞こえるすすり泣く声と呻き声がより一層、この凄惨な現場を際立たせている。

「おい! 大丈夫か!」

 五人のなかでも、比較的軽傷な女子生徒を起こし総一郎は呼びかける。比較的と言っても傍から見ればかなりの重傷だ。女子生徒は声に気付いたが、片方の瞼が腫れ上がっていて、うまく目を開けられないでいる。

「いったい何があったんだ?」

「……いお……りくん?」

 微かに開いた瞳を覗かせる女子生徒は総一郎の名を呼んだ。よく見ると、この女子生徒も、他の四人にも見覚えがあった。転校初日に話しかけてくれたクラスメイトだった。

 そこで総一郎はあることに気付いた。それは、結衣が言っていた言葉。自分の持っているコインの数、確か六枚持っていると言っていた。結衣の分と、ここで倒れている生徒の数を合わせると、ちょうど六枚。それに、アカの言葉も合わせるとこの現場で何が起こったのか理解できた。

「もしかして結衣が……」

「お願い! このことは誰にも言わないで! 榛名も関係ないから! お願い!」

 続く言葉を遮るかのように、女子生徒は目を大きく見開き、総一郎の肩を思い切り掴んで言ってきた。

 必死に訴えかけてくるその台詞は命乞いのようにも聞こえた。なぜここまで怯えているのだろうか。

 総一郎の胸中に、ある嫌な予感が過る。それはこの現場を見たときに感じた、ある違和感とも繋がっているかもしれない。

「わかった。けど、その状態のお前たちを放っておくほど俺も鬼じゃないから。先生には連絡しておく。結衣のことはもちろん言わない」

 それを聞いて安心したのか、女子生徒は総一郎に何度も何度も頭を下げるだけだった。自分は何もしていないのに、まるで感謝されているように見えてしまって、無性に居たたまれなくなってしまった。




 戦挙の受付本部にいた先生たちに大まかな事情だけを説明し、総一郎は歩きながらあのときの違和感について考えていた。時刻は午後一時。戦挙終了まで残り三時間。

「なぁ、アカ」

「なんじゃ」

「前に雄二から聞いたんだけどさ、この国の人間って化身制度の影響で死に難いらしいんだよ。滅多に傷つかないし、病気になることも殆ど無いんだとさ」

「ほう、便利なものじゃな」

「俺と決闘した奴らだって、刀で斬っても血を流す奴は居なかった。まぁ、傷ついた奴は居たけど……」

「なんじゃ? 随分と回りくどい言い方をしおって。何が言いたい?」

「さっきの五人は殴られただけで血だらけになっていた……」

 それは総一郎が感じた現場の違和感。いったい、どれほど強く殴られたというのだろうか。刃物でも血が出ない人間を、どれだけ殴ったのだろうか。そんなことを、本当に結衣の仕業だと言うのなら、あんなことをしておいて普段と変わらずに接してきていたことだって、どう考えても異常だった。

「アカ、本当に残滓だけなのか?」

「もう一度聞くが、何が言いたい?」

 総一郎が考えていたこと。鬼の残滓が、結衣の体内に入っているということ。それが何を指しているのか分からない。だが、分からないからあり得ないということは同一ではない。アカが分からないと言いながらも、仮説のように言ってきたこと。それを可能性の一つして総一郎は考えてしまった。最悪の考えを。

「残滓を感じたとき、何かに邪魔をされているって言ったよな? その正体って……」

「総一郎」

 力強い声で名前を呼ぶアカ。

「お主が今、しなければいけないことは何じゃ? あの娘っ子を退学させない事じゃろう。分からんことをくよくよ悩んでおっても仕方なかろう。目の前の出来ることからコツコツとやっていかんか」

 珍しく説教のようにアカは言った。

「……わかったよ」

 それについて、特に反論することなく総一郎は話を切り上げた。自身もあまり言いたくない話だったし、何よりもアカが鬼のことについて後回しにするような発言はこれが初めてだったから。

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