第13話「総一郎は困っていました」
生徒会総戦挙が開始してから三時間が経過した午後十二時。この時間帯になると、自分のコインを持っている生徒の数は徐々に少なくなってくる。決闘に敗れた一年生が大多数だが、二年、三年生のなかにも既にコインを失い戦挙終了の鐘を待つだけの生徒は多い。実力のある生徒だけが生き残っているなか、総一郎は確実に自分のコインを増やし、午後を迎えていた。現在、所持しているコインは二十枚。もう少しペースを上げたほうが安全圏に入ると思っていたが、ある予想外の出来事が総一郎を悩ませていた。
「むむ、これで五人目じゃな。みんな逃げていくのう」
「くそっ! 正々堂々勝負しやがれってんだ」
総一郎から申し込んだ決闘がことごとく断られてしまっている。なかには見つけた瞬間、一目散に逃げていく生徒までいる始末。理由はただ一つ、兜との決闘で勝ったことがすでに残っている生徒たちの間で広がってしまっているからだ。前期の生徒会役員でも屈指の戦闘能力を誇っていた京極兜を倒した相手とは誰も決闘をしたくない。そう思うのは当然のこと。さらに、その倒した相手が以前からも噂されている一年生ということであれば尚更だった。反対のことも言えるわけで、誰も総一郎に決闘を申し込もうとしない。そればかりか、誰も近づこうとしてこない。学校中をどれだけ探し回っても対戦相手が誰も見つからない。見つかったとしても、すぐに逃げられてしまっては決闘を行うことも出来ない。時間は残っていると言っても、この状況をどうにかしなければ役員になれないかもしれない。次第と総一郎の顔に焦りの色が見え始めてきた。
「総一郎よ!」
「なんだよ……」
唐突に声を張り上げたアカは、そんな総一郎に追い打ちをかけるかのような出来事を告げる。
「残滓を感じた! あの娘っ子じゃ!」
「くそっ! こんなときに!」
アカの声を聴いたときに嫌な予感がしていたが、それが見事に的中してしまった。それは戦挙開始から考えていたこと。総一郎自身、残滓のことを気に留めていない訳ではなかったが、あくまでも今は生徒会総戦挙の最中。残滓のことよりも結衣を退学させないために行動していた。しかし、結果としてその行動が裏目に出てしまった。結衣が今どこにいるのかは見当がつかない。頼りになるのは残滓を感じられるアカだけだった。
「急ぐぞ! 結衣はいま何処にいる!?」
「分からん!」
「はぁ!?」
唯一頼りにしていたアカの言葉は、にわかに信じられなかった。たとえ残滓であってもアカが鬼の居場所を掴めないことなんて今まで無かったから。
「どうすんだよ、学校中探し回れってか!」
「ううむ、ちょっと待っておれ。必死に探しておるが、何かに邪魔されておるのじゃ」
「なんだよ、その何かって」
「それが分かれば苦労せんわい!」
不毛な言い合いが続く。この第三区に来てからのアカの調子がおかしい。やれ小骨がどうとか言ったり、分からんことがあったり、それで拗ねてしまったり。拗ねてしまったのは総一郎の責任だが……。
「あれ? 総一郎じゃん。やっほー」
そんな二人の状況に似合わない気の抜けるような声をかけてきたのは詩織だった。手を振りながらこちらに近づいてきている。
「どう? 順調? てか、どうしたの? 随分怖い顔しているけど」
「いや、何でもない。それよリも結衣を見なかったか?」
「結衣ちゃん? ああ、さっき見かけたよ」
「本当か! どこで見た!?」
「良いけど、教える代わりに私のことは名前で呼んでくれる? 苗字ってあんまり
好きじゃないから」
よく分からない条件だったが、それで結衣の居場所を教えてくれるなら安いものだった。
「分かったよ。で、どこで見かけたんだ?」
「校舎裏。何人かで歩いていくのをさっき見かけたよ」
「そうか、助かった。ありがとう詩織」
この状況を打破してくれた詩織に感謝し、急いで校舎裏へと向かう総一郎。その後ろを詩織がついてくる。
「なんでついてくるんだよ?」
「いいじゃない、別に」
(おい、どうする?)
(別に良かろう。鬼なら色々と危険じゃが、残滓じゃからの。一般人にはまず見えまい)
「ねぇ、なんで結衣ちゃん探しているの?」
聞かれたくないことを聞いてくる詩織。その言葉の返答に迷う。アカの言う通り、残滓は見えるものではない。それは総一郎自身も見えなかったから当然だ。アカだけが感じられる鬼の残滓である残りカス。
しかし中庭での一件で、結衣の一番近くにいたのは他でもない横にいる詩織本人。自分やアカの分からない、見られなかった異変が結衣に起きていたりしたら、変に勘繰られるかも知れない。
考え過ぎかもしれないが、残滓については誰にも知られてはいけないのは当たり前のこと。もちろん、当の本人である結衣にも。アカが残滓を結衣から感じたことの理由が分からないから、変に口走って不安にさせるのは良くない。
「結衣ちゃんのこと好きなの?」
どう答えていいものかと考えていた総一郎に素っ頓狂なことを聞いてくる詩織。
「そうじゃねぇよ」
「そう。なら良いわ」
詩織はそれ以上深く追求してこなくなった。依然としてついてきてはいるが、なにも探ろうとしなければ問題ないだろうと総一郎もそれ以上は言わないことにした。
「この第一校舎の裏よ」
辿り着いた場所は一年生の校舎、通称「第一校舎」。詩織が指差した場所は校舎と学校の敷地の周りを囲むフェンスの間。
(なにか感じるか?)
(うむ、お嬢っ子が言う通り、あの先に娘っ子からの気配を感じるのう。じゃが、残滓はやっぱり邪魔されている感じじゃ)
お嬢っ子。それが詩織のことを言っていることに気付く。しかし、なぜお嬢?アカのネーミングセンスは時々よく分からない。それに、ここまで接近しなければ残滓の気配に気づけないこと。それに、依然として残滓が何かに邪魔をされていることが総一郎には気になっていた。
それについて考えを巡らせようとしたところ、校舎裏からひょっこりと結衣が姿を現した。
「あれ? 総一郎くん。詩織ちゃんもどうしたの?」
そこには選挙開始のときに感じた様子は無く、いつも通りの結衣の姿があった。こちらに駆け寄ってくる姿を見ても特におかしな所はない。
以前の様子とは全く違う。泣き崩れているわけでもないし、いつもと同じだ。しかし、それが逆に総一郎には異常に思えてならなかった。
(どうだ? 残滓は感じるか?)
(いや、微かにしか感じられん。なぜじゃ? 何が邪魔しておるのじゃ?)
「もしかして、心配で来てくれたの?」
「まぁ、そんなところだ」
「私は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「結衣は調子どうなのよ?」
「うん、何とか頑張っているよ。コインも六枚持っているし」
「おー、すごいじゃん。私も負けてられないねー」
しばし、二人の雑談が続いた。その間も総一郎はじっと結衣を見つめていた。どこかにおかしなところは無いか、何か変化が無いかを探すために。
「私ももっと頑張らないと! じゃあね二人とも!」
「あっ! おい、結衣」
そう言って駆け出そうとする結衣を引き留める総一郎。
「ん? どうしたの?」
しかし、引き留めてみたもののどう話していいか迷う。
「その、本当に大丈夫か? どこか具合が悪いとか……」
「もー。大丈夫だって」
笑顔でそう答える結衣。それを見た総一郎はそれ以上何も言わずに結衣の背中を見送った。
「なんか過保護な父親みたい」
「うるせぇ。そんなのじゃねぇよ」
「じゃあなんであんなに心配しているのよ? やっぱり好きなんじゃないの?」
「違うって言っているだろうが」
「ふぅーん、それにしてもなんか怪しいよね」
何かを探ろうとしている詩織。およそ見当違いだと思うが、念には念を入れて話題を変えよう。
「なぁ詩織。お前今コイン何枚持っている?」
「え? 三十六枚だけど」
「マジで?」
「まぁ、弱そうな奴ら片っ端からぶっ潰しているから」
「は? 決闘は?」
「もちろん申し込んでいるよ。断られているから強引にぶっ飛ばしてコイン奪っているの」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない? 受けるも拒むも自由ってルールがあるけど、拒むことが出来たら強い人って不利じゃない?」
「まぁ、確かに」
それで苦戦しているから詩織の言うことは痛いほどは分かった。
「拒まれたり逃げられたりしてもそんなのは無視すればいいじゃん」
「は?」
「だからー。決闘を申し込んで拒否されても問答無用で戦えばいいじゃん。受けるも拒むも自由って言っても拒んだ相手が逃げきれなかったらぶっ飛ばしちゃえば勝ちじゃない」
「それ。ルール違反じゃないのか」
「なんで? ルールに無いじゃん。相手が拒んだ場合、無理に決闘をしたらダメって」
考えてみれば、確かに詩織の言う通りだった。そうしなければ、二年生や三年生の実力のある生徒も今の総一郎と同じようになってしまう。そうなってしまうと本当に強い生徒というのが選別しにくくなるはずだ。本当に強い生徒とは、そういうところもひっくるめて強い生徒という解釈で間違いない。自分に納得のいく考えがまとまった総一郎。
「なるほど、俺の考えが甘かったってことか」
正々堂々と戦うのが生徒会総戦挙だと勝手に思ってしまった。最初の頃に考えていた完全な実力主義ということは、それもアリだという認識で大丈夫だろう。
「じゃあ、私もう行くから。お互い頑張ろうね」
「ああ、ありがとな詩織」
「どういたしまして」
詩織はそう言って走り去っていった。重要なことを教えてくれた詩織に感謝し、午後からは本気でコインを狙いに行くと誓う総一郎。
「おい、総一郎」
詩織がいなくなった途端、喋りかけてくるアカ。
「お主、あのお嬢っ子と乳繰り合っとる場合か」
「別に乳繰り合ってねーよ」
「あの娘っ子。普通にしておったが、異常じゃぞ」
「どこが異常だったんだ? 見た感じ、特に変わりは無さそうだったが……」
総一郎が見た限りでは、特に変なところは無かった。それを異常だと思ったが詩織と話しているときの結衣はいつもと変わらない結衣だった。それを見て、ただの思い過ごし、気にし過ぎだと感じていたが、それを否定するようにアカは言った。
「娘っ子の手から、血の匂いがした」
「なんだと?」
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