第12話「エース」
兜が目を覚ましたとき、一人の男子生徒が自分の顔を眺めているのに気づく。見慣れたその生徒の笑顔を見ると、たまらなく不快な気持ちになる。
「天哉か……」
「よぉ。もしかして負けたのか?」
言い難いことを遠慮せずに言ってくる男、伊集院天哉いじゅういんあまやは返事を待たずに続けた。
「お前が負けるなんて珍しいな。もしかして一年生か?」
「言い難いことをずけずけと……」
「やっぱり、在校生でおまえに勝てる奴なんてあんまり居ないし。それにしても、かつては三羽鴉と呼ばれていたお前が一年生に負けるなんて」
「その名で呼ぶんじゃねぇ」
「はいはい。で、どうなんだよ?」
「あ?」
「強いのか? その一年生」
「前期の『切札エース』だったお前でも、勝てないだろうな」
兜の言う切札とは、生徒会総戦挙において役員とは別に任命される特別な役員のこと。その名の通り、その学校において特別な存在であるとともに、戦闘能力だけではなく人望も厚い、一般生徒からも信頼された生徒のみが任命される。とりわけ学園戦争では文字通り切札として扱われることも多い。伊集院天哉は前期にて一年生ながらにしてエースになった珍しい生徒である。
「そうか、この戦挙でも楽しみが増えたな」
「もしかして戦うつもりか?」
「もちろんだろ、お前を倒したほどの実力者だ。戦うに決まっている」
そう言い残し、天哉はその場を後にした。狙っているのは噂の一年生ということを言い忘れていた兜だが、それは無用だろうとすぐに思う。
強い奴と戦いたいという気持ちは自分以上のものを持っている天哉のことだから。
私は今、ものすごいピンチに陥ってしまっている。目の前にいるのは、五人組の女子生徒。全員、同じクラスの人たち。校舎裏に連れていかれて、壁を背に囲まれてしまっている。理由は単純明快、私が気に入らないらしい。
「生意気なんだよねー、アンタ」
「そうそう、なに伊織くんと仲良くなってんのよ。生意気なのよね」
「そーそー。鬱陶しいから消えてくれない?」
「でも、今日で消えるんじゃない? こいつ今日の戦挙で役員になれなきゃ退学らしいよ」
「マジ? チョーウケる」
いつの間にかうわさが広まっている。どこから漏れたのか知らないけど、気分が悪い。たぶん、雄二と総一郎くんがどうにかしようと考えていたのを盗み聞きした可能性が高い気がする。
「あの、決闘なら一対一じゃないと反則……」
「はぁ? 別にあんたに決闘申し込んでないから。勘違いしないで」
よく見たらこの人たち、転校初日に総一郎くんの机に集まっていた人たちだ。なるほど、気になっている男の子と仲良くしている他の女が気に食わないのか。こういう問題ってどこにいてもあるんだね。
「何とか言いなよ!」
「いたっ!」
髪の毛を思いっきり掴まれた。解こうとしても相手の力のほうが強いから、中々解けなかった。
「はなしてよ!」
もちろん、聞き入れてもらえない。そこからはちょっとしたリンチが始まった。小突かれたり、蹴られたり。本気じゃないけど、それなりに痛かった。何度止めてと言っても聞き入れてもらえず、笑い声が聞こえるだけだった。
「ドウスル? コロス?」
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。エコーのかかったような声、五人組の声とは違った。でも、周りには他に誰もいない。
「ドウシタイノ? ニクイデショ?」
また聞こえた。今度は、よりはっきりと。それと頭に響く、黒板を爪でひっかいたような酷く耳障りな音も聞こえてくる。
「誰? どこにいるの?」
「はぁ? 何言ってるのよ!」
「タスケテホシイデショ? タスケテアゲル」
なんだろう。この声は、すごく身近なところから聞こえてきているように思えてきた。そう思うと、不思議なことに頭に響く耳障りな音も聞こえなくなっていった。
そのかわり、いかりがふつふつとわいてくる。めのまえのごにんぐみにたいするいかり。こいつらはなんでわたしをいためつけてくるんだろう。むかつく。
まずはかみをつかんでいるやつから、おなかをおもいっきりなぐってやる。とっさのことだったからはんのうできていない。おなかをおさえてうずくまっている。ざまぁみろ。つぎはだれにしよう。いちばんちかくにいたやつでいいや。おまえはわたしのことけっていたからけりかえすよ。よそういじょうにうしろにふっとんだのはこっけいだった。
「アンタ。こんなことしてもいいの? 退学どころの騒ぎじゃないよ!」
「別にいいよ、バラしても」
「は?」
「もし退学したら、アンタら殺すから」
それをきいたごにんのかおがきょうふにひきつっている。うん、いいひょうじょうだ。それでこそいじめがいがあるからね。
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