第10話「生徒会総戦挙開始です」


 今日の帰り道は総一郎一人だけ。肩を落とし、トボトボと帰っていく結衣に、言葉をかける事ができなかったから。どうにか元気づけてあげたかったが、結局それは出来なかった。

「お主まで元気が無いのう。見ているこっちも辛気臭くなりそうじゃ」

「うるせぇな。なんとか退学を阻止できないか必死で考えているんだ。もし、結衣が退学したら残滓の件はどうなるんだよ」

「確かに。ちょっと失念しておった」

 残滓を結衣のなかから感じてから今日で一週間。特に変わった様子も無かったが、中庭の件があまりにも突然過ぎたため、いつ結衣のなかから残滓を感じるのか予想もつかない。そのために結衣を、言い方が悪いが監視しておく必要がある。そう言ったアカ本人が忘れているのに対して、さすがに総一郎も呆れてしまい、ツッコむ気力もなかった。

「残滓については今のところ、そんなに重要視しなくても大丈夫だろ。問題は結衣をどうやったら退学させずに済むか……」

 どうにか出来ないかと考えてはいたが、結局思いつくことはなかった。

「ワシにいい考えがある」

 素で言っているのか、ギャグで言っているのか分からないがその言葉を使うと、その考えというものは必ず失敗してしまう予感が総一郎を襲う。

「ロクでもなさそうだが聞いてやるよ」

「ずばり! あの娘っ子が生徒会とやらに必要な人間になれば良いのじゃ!」

 やはりロクでもなかった。ドヤ顔のアカが容易に想像出来るが、聞かなければ良かったと後悔し、この短時間で二回もアカに呆れてしまったため、若干頭痛がしてきた。

「なにを呆けておる? 不要だからと切り捨てられるのであれば、必要になればそれで事足りるであろう。至極当然のことじゃ!」

 今もなお、ドヤ顔を崩さないであろうアカ。言っていることは確かに正論だが、必要な生徒になるには何をすれば良いのかという大事な部分がごっそり抜けている。

「あのな、お前には分からないだろうけど、必要な存在って役員になるってことだぞ? 雄二の話聞いていたら分かるけど、そんな簡単に結衣が役員になれればこんな苦労しながら考えて……」

 そう言いながら総一郎はあることに気付く。それは、雄二が以前に話してくれた、興味がないと自分で言ったことだった。それならば或いは、結衣を助けられるかもしれない。

「アカ」

「なんじゃ? お主にも何かいい考えがあるのか?」

「まぁ、そんなところだ」

 この第三区に来て初めて出来た友達。少し面倒で興味はないし、ここに来た目的の邪魔になるかもしれないけれども、その友達を助けられるのであれば。その考えが果たして成功するのかは分からないが、実行してみるしかないと総一郎は強く思った。





 生徒会総戦挙当日。朝の全校集会が終わり、時刻は午前八時五十分。戦挙開始を知らせる午前九時のチャイムを生徒たちは今か今かと待ち続けている。総一郎も例に漏れず、校庭にて合図を待つ。初めての戦挙。目を瞑って、いま一度朝の集会での話をまとめてみる。


生徒会総戦挙は午前九時から午後四時まで。


場所は学校の敷地内全て。屋内も可。


原則一対一の決闘方式にて生徒の優劣を決めるものとする。多対一は厳禁。決闘を申し込まれた際、受けるも拒むも自由。


決闘の勝敗はどちらかが降参するか、戦挙管理委員会が戦闘不能と判断した場合とする。


各生徒は戦挙開始前に一年生は一枚、二年生は二枚、三年生は三枚のコインを受け取り、そのコインを賭けて決闘を行うものとする。


賭けるコインは両者同一の数でなければならない。


所持しているコインが無くなった場合はその時点で戦挙終了となる。


戦挙終了後、もっとも多くコインを所持している生徒上位五名が生徒会役員へと就任する。


「つまり戦って、戦って、戦い抜いて、最後に立っておれば良いのじゃな。血沸き肉踊るのう」

 なぜかアカが要約してくれたが、当たらずとも遠からずだ。つまるところ、完全な実力主義の戦挙と言える。

 結局、結衣とは今日もあまり言葉を交わすことは出来なかった。腹を据えたのか、鬼気迫るものを感じて、とてもじゃないが話せる雰囲気では無かったから。雄二もそれを感じ取ったのか、興味がないと言っていた総一郎にちょっとした情報を教えて、校内へと走っていった。

 その情報は今の総一郎にとっては、とてもありがたいものだった。その情報の生徒を倒すことが出来れば、結衣を助けられる可能性は格段に上がる筈だ。

「それでは只今より生徒会総戦挙、開始とさせて頂きます!」

 前期生徒会会長である九条の放送とともに開始を告げるチャイムが鳴り響く。チャイムが鳴り終わると同時に、総一郎の周りでは次々と決闘が始まった。

「うかうかするでない総一郎よ! お主も手当り次第にやっつけるのじゃ!」

「やかましい、少しは落ち着け」

 周りの空気にあてられて、アカのテンションは上がっていたが、それとは正反対に総一郎は冷静だった。まだ時間は十分ある。得た情報で特定された人物を探すため、総一郎は校舎へと、ゆっくり歩を進めることにした。道中、明らかに異質な強さを持つ総一郎に決闘を申し込んでくる生徒は一人もいなかった。それは総一郎にとってありがたいこと。負けるつもりは毛頭ないが、邪魔をされて万が一にも標的が他の生徒に倒されてしまっては意味がない。

アカのテンションに釣られないようにと校舎に向って歩いていた総一郎の目に標的となる生徒が写り込んできた。まだ誰とも決闘をしていないことにひとまず安堵し、標的との距離を縮める。

 雄二から貰った情報。それはコインについての補足だった。あまりに実現しにくい条件のため省かれていたが、ルールは存在すると親切に教えてくれた。


 前期の役員に決闘で勝利した場合、賭けたコインに加えて十枚のコインを獲得することが出来る。


 総一郎の目の前にいるのは前期生徒会役員の一人、二年生の京極兜きょうごくかぶと。腕章には「役員第一位」の文字。つまり、前記の生徒会において上から三番目の実力を持つ生徒。

「一年生が俺に何か用か?」

 兜は目の前に現れた総一郎にそう告げる。

「何か用かとは心外だな。決闘を申し込みに来たってのに」

 その一言を聞いた兜の目つきは鋭くなり、総一郎を睨みつける。

「お前、言っている意味が分かっているのか?」

悪い冗談が嫌いな兜は、目つきはそのままで総一郎を威圧するかのように問いかける。

「当たり前だろ、アンタを倒せば生徒会に入れる可能性がグッとあがるんだからな」

 そう言った総一郎の顔は真剣そのもの。それを見て本気で言っているのだと感じた兜は小さく鼻を鳴らす。

「一年生、名は?」

「伊織総一郎」

「そうか、お前が噂の一年生か……」

 兜も噂は耳にしていた。身体検査で前代未聞のFランク認定された生徒。そのくせ入学してすでに二回の決闘を行い、適応率が文字通り桁違いの相手に対して、どちらも圧勝していること。見ていた生徒は皆、口を揃えてこう言う「何が起こったか分からない」と。

兜は中庭での足利との騒動を聞いたとき、明らかに異質な強さを持っている総一郎に対して、この学校を脅かす不穏分子になるかもしれないと思ったと同時に、少なからず心が高揚したのを覚えている。自分の全力を持って戦える相手かもしれないと思ったから。

「そういうアンタは?」

「二年の京極兜だ。決闘の申し込み、受けてやろう」

 兜はゆっくりとした動作で自身の武器でもある六尺棒を構える。 それに呼応するように総一郎もまた、刀を構える。

「敢えて聞いておくが、お前一枚しかコインを持ってないんだろ?」

「ああ、一年生だからな」

「俺に負ければここでお前の戦挙は終わる。それなのに貴様、なぜ笑っている?」

 兜の言葉で、総一郎は自分の口元が緩んでいることに気付く。久しく感じることのなかった感情が総一郎のなかにあったから。

「あんたが強そうだから、本気出して戦えるかもしれないから楽しみなんだよね」

 それを聞いた兜もまた、同じように笑みがこぼれた。目の前の決闘相手が、まさか自分と同じことを考えていたとは。笑わずにはいられなかった。まるで、去年の自分を見ているようだった。

「大きな口を叩いたんだ。精々楽しませてくれよ、噂の一年生」

 総一郎の考えていたこと。それは自分が生徒会役員になり、結衣を補佐にすること。生徒会が必要とする人間は言うまでもなく生徒会役員ということだろう。問題を起こした生徒に対して退学を回避するための救済措置ということであればその提案も納得できる。ならばその役員が必要とする補佐もまた、生徒会に必要と言えるのではないか。その補佐に結衣を選べば、退学は無くなるかもしれない。それが正しいかは分からないが、やってみる価値はある。

 大切な友達を助けるため。二度と友達を失わないために、総一郎は刀を振るう。

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