第9話「退学になるかもしれません」

 アパートに帰り、着替えもせずにベッドに飛び込む。なんか最近いろいろありすぎて、こんな調子が続いている。ベッドに潜って今日のことをいろいろ考えると、たまらなく嫌な気持ちになって、何もしたくなかった。

 面倒ごとに関わろうとする自分が本当に嫌になってしまうけど、今日のことはいつもとちょっと違う気がした。

 あのとき、女の子が乱暴されているのを見たときに身体の奥底から湧き上がってきた感情を自分で抑えられなかった。どす黒い、怒りに満ちた感情。そこから先のことは、よく覚えていない。気が付いた時には、顔を腫らして倒れている男子が目の前にいて、直後に感じた鈍い手の痛みが、男子たちを殴ったのは自分だと教えてくれた。

 たまらなく怖かった。なんで自分はこんなことをしてしまったのか理解できなかった。自分が自分じゃないみたいな感覚。

「どうしちゃったんだろう、わたし……」

 総一郎くんに大丈夫って言ったのは、これ以上心配かけたくなかったから。今の私は自分で自分が分からないことが、たまらなく怖かった。こんなこと、総一郎くんに相談する事も出来ないし、雄二にも心配かけたくなかった。昔からの友人と新しく出来た友達に。

 あの二人に迷惑かけるくらいなら……。その後の言葉を考えないようにしながら、私は強く目を瞑った。







 生徒会総戦挙を明日に控えたこの日。生徒たちは戦挙の準備のために学校中を右往左往と大忙しに走り回っている。徐々に戦挙に向けて活気出す雰囲気とは裏腹に総一郎と雄二は浮かない顔をしていた。

 今日の昼休み。いつもの様に三人で学食に向かっていたとき全校生徒向けの学校放送で結衣が名指しで呼ばれたのが事の発端。呼ばれたときは茶化していた雄二も呼んだ相手の名を聞いたとき、深刻な顔つきに変わった。

 ―前期生徒会会長 三年生 九条時政くじょうときまさ

 普通の国の普通の学校ならば、素行不良や成績の悪い生徒の呼び出しは生徒指導の教師や担任の先生などが行うのが普通である。しかし、この国の学校ではそれらの役割は全て生徒会が担っている。

雄二が以前に話していた通り、この国の将来のほとんどは化身制度の成績次第で大きく左右される。その成績の大部分を占めている学園戦争は生徒会が取り仕切っているため、その学校の生徒の良し悪しを生徒会が全て判断している。

 教員や校長などは学校を運営し、化身制度の授業を生徒に実施しているだけ。学園戦争に関して言えば教員など無意味で不可侵な存在である。 生徒会総戦挙に関して言えば不正や必要以上の暴力を抑止するための戦挙管理委員会として動くこともあるが、日常生活での決闘などには介入しないようになっている。

 総一郎がその話を雄二から聞いたときは、耳を疑った。それと同時に改めてこの国の異常さを実感していた。生徒が生徒を評価するなど、考えられなかった。

「あの中庭の件か?」

  学食に向わず、結衣を待つ二人。理由を考えても思い当たる節などそれ以外に考えられなかった。それは雄二も同じ。

「結衣が呼び出されるなんてその件しかないだろ。先に手を出したのは結衣だし、あんな酷い状態になるまで殴っていたからな。最悪、退学処分かもしれない」

「は?」

「明日までが任期だと言っても生徒会は生徒会。その生徒会が呼び出すなんて滅多に無いことだし、呼び出す理由なんてそんなところだろ」

 総一郎は言葉を失った。確かにあの一件は第三者から見れば何と言おうと結衣が悪く見えてしまう。しかし、それだけで退学処分は言い過ぎではないかと思っていた。

「良くて停学かもしれないけど、一年のこの大事な時期に停学なんてしたら授業に遅れるのは当然。結衣の適応率で授業に遅れたら、正直かなりヤバい。自主的に退学の道しか残らないんだから今のうちに退学させるかもな」

 総一郎の胸中を知ってか知らないでか、いつもよように親切に教えてくれた雄二の声に元気はなかった。普段からは想像できない雄二の姿を見た総一郎は事の重大さに気付かされる。

 二人の言葉数が少なくなってきたころ、結衣が教室へと帰ってきた。その足取りは重く、俯いたまま二人のもとへ歩いてくる。

「お、おかえり」

「ただいま……」

 そう言った結衣の顔には生気を感じられなかった。よほどショックだったのか、椅子に座ったまま、何も喋ろうとしない。

「大丈夫か、結衣?」

「うん……」

 まったく大丈夫じゃない様子。

「なに言われたんだ?」

「退学……なるかもしれないって」

 改めてその言葉を聞くと二人とも黙ってしまった。さっきまでは推測でしかなかったことに現実味が増してくる。

「ん? なるかもしれない?」

 退学という言葉のインパクトが強すぎたせいで、結衣の発言は退学になるかもしれないという可能性の話だと気付く雄二。

「明日の戦挙で役員になれれば、退学は見逃してくれるって……」

 しかし、返ってきた条件は無理難題なものだった。一年で生徒会役員など、なりたくてもなれないのが当たり前。化身制度の授業内容は学年が上がる度に内容も濃く、幅広くなっていく。一年で平均的な適応率でも、二年、三年と徐々に適応率が上がっていく生徒も珍しくない。5月のこの時期、一年生の授業内容など、基礎中の基礎しか学ばない。その一年生が上級生を押しのけて生徒会役員になるなど、よほど適応率が高くてもそう簡単に役員になることは出来ないからだ。ましてや、結衣の適応率では言うまでもないことだった。

 慰めることもできない、励ましたところで何とかなる問題でもない。それでも言葉を探す総一郎と雄二だったが、結局、何も思い浮かばなかった。そうした重い空気のまま、本日もいつもと変わらない昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

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