第8話「学校一の不良と決闘です」

 中庭はすでに大人数の生徒がギャラリーを作っていた。不良のリーダー格とされている足利と噂にもなっている学年三位の相沢を倒した学年最下位の総一郎が戦闘を繰り広げているからだ。大剣を振り回しながら戦う足利に対して、総一郎は刀を鞘に収めたまま攻撃を避け続けるだけだった。周りから見れば防戦一方のつまらない展開になっている。

「どうしたどうした! 威勢が良いのは最初だけか!」

「……弱い犬ほどよく吠えるもんだな。誰かとそっくりだ」

「なんだと!」

 その言葉で、更に激しさを増す足利の攻撃。地面を割り、木を薙ぎ倒すほどの凄まじい攻撃も、総一郎には命中しない。足利の太刀筋を正確に見切り続けている。

 その攻防も長くは続かなかった。足利の攻撃の速度が次第に落ちていく。それに伴い、攻撃の頻度も少なくなっていった。足利の息息遣いは荒く、額には大量の汗をかいている。

「タバコ吸っている奴の体力なんて、たかが知れているだろ」

「はぁ……はぁ……なん、だと……」

 すでに肩で息をしている足利に対し、総一郎は汗一つかいていない。こういう輩は徹底的に懲らしめたほうが後々面倒ごとにならないだろうと総一郎は考えていた。

「ふざけんな! なに勝った気でいやがるんだ!」

 足利は最後の力を振り絞り、大剣を総一郎目掛けて振り下ろす。今までの攻撃のなかで、一番スピードのある攻撃。しかし、その大剣が総一郎に届くことはなかった。足利の大剣の刃が、中央付近で真っ二つに折れているから。

「……は?」

地面に振り下ろしてから、自慢の武器が折れていることにようやく気付く。持ち主の足利ですら何時折れていたのか理解できていなかった。

「どいつもこいつも、大振りが好きなんだな。隙だらけだったぞ」

 そう言い放ち、総一郎は足利の後ろを指差す。それに従うようにして後ろを向いた足利の瞳には折れた大剣の先端が地面に落ちている姿が映っていた。

「てめぇ……いつの間に……」

「振り上げた瞬間に」

 その一言は、中庭のギャラリーをどよめかせ、足利が言葉を失うには充分だった。

「どうする? まだやるか? 謝るなら許してやるけど」

 あえて挑発的な態度をとる総一郎。

「ちくしょう! たかが剣を折ったくらいでいい気になるなよ!」

 折れた剣を投げ捨て、殴りかかろうとする足利。その拳が届くよりも、総一郎の攻撃のほうが早かった。鞘に納めたままの刀を両手で握り、足利の首筋めがけて思い切り横に薙ぎ払う。前のめりになり殴りかかろうとしていた足利は咄嗟の攻撃に反応できずに、もろに直撃を受けてしまう。

その一撃で勝負は決まったとギャラリーの誰もが思った。しかし、そこで総一郎の攻撃は終わらなかった。首筋に当てた鞘をそのまま振り下ろし足利を地面に思い切り叩きつける。

鈍く重い音が辺りに響き渡り、地面と鞘に板ばさみされた足利はピクリとも動かず、地面に横たわったまま動かなくなってしまった。

ひどく静まり返った中庭のギャラリー。誰もが、総一郎の容赦ない攻撃を目の当たりにして、恐怖を覚えていた。しかし、当の本人である総一郎はそんなことなど特に気にも留めず、勝利の余韻に浸ることもなく、昼休み終了のチャイムのあとに中庭を立ち去っていった。




結衣の容態について、昼休み後に雄二から聞いたところ、なんとか落ち着きを取り戻してくれたらしい。ただ、大事をとって放課後まで休んでいるということだったので総一郎は見舞いのために保健室へと足を運んでいた。保健室へ向かう間も行き交う生徒たちから視線を感じる総一郎。昼休みの中庭での一件が話題に加わり、今や学校中の注目の的になっている。

「人気者じゃな」

「まったく嬉しくねーよ」

 保健室の扉を開けると、ちょうど出ようとしていたらしい結衣とばったり遭遇した。

「もう大丈夫なのか、結衣」

「うん、いま起きたけど、すっかり元気だよ」

 そう言った結衣はいつもと変わらなかった、ように見えた。

「じゃあ、帰るか」

「うん」

 二人で並んで校舎をあとにする。しばらく無言が続くなか、総一郎はどう話を切り出そうか考えていた。いつもの結衣からは想像出来ないことだったため、最初の言葉が上手く出てこない。

「なんかゴメンね。心配かけちゃって」

 先に口を開いたのは意外にも結衣の方からだった。そのまま言葉を続けていく。

「私もよく覚えてないの。つい頭に血が登っちゃって抑えられなくてあんなことしちゃったけど、もう大丈夫だから」

「あの状況じゃあ誰だって怒りたくもなるさ。結衣は悪くないんだから、気にするなよ」

「うん、ありがと。じゃあ私、こっちだから」

 そう言って結衣は手を振りながら自分のアパートへの帰路についた。

「なんか変じゃのう、あの娘っ子」

「アカでも分かるか」

「当たり前じゃ、乙女心など手に取るように分かるわい」

 乙女心とは違う気もするが、総一郎は特にツッコむことはしなかった。

「明らかに無理している、と言うか、何か隠しているようにも見える」

「のう、総一郎よ」

「何だよ?」

「鬼の残滓についてなんじゃが」

 総一郎はその言葉を聞いて思い出した。中庭に赴いた本来の目的はそれにあったことを。結衣が泣き崩れていたり、足利と戦ったりですっかり忘れてしまっていた。

「そうだった! 早く戻るぞ」

「いや、中庭はもう大丈夫じゃよ……」

 やけに中庭にアクセントを置いたアカの言葉は、いつもの口調と違った。

「中庭は大丈夫というか、中庭には残滓は存在しておらんだよ」

「どういうことだ?」

「その……鬼の残滓は中庭ではなく、中庭におった人間から感じたのじゃ」

「は?」

「あの娘っ子から」

 その言葉は誰を指しているのか総一郎にはすぐ理解出来た。アカが娘っ子と呼ぶ人間など一人しかいない。

「まさか、結衣から」

「うむ」

 半信半疑な総一郎の言葉に静かに返事するアカ。

「どういうことだよ! 説明してくれ!」

「怒鳴るでない、ワシにも分からんのじゃ」

 あまりにも衝撃的な発言だったため、語気を荒らげる総一郎に対し、あくまでも冷静にアカは対処する。そんなアカを見て自分を落ち着かせるように、呼吸を整える総一郎。

「分からないって……」

「人間から残滓を感じたことなど今まで無いし、何故あの娘っ子から感じたのかも分からんのじゃ……」

 いまにも消え入りそうなアカの声。何千年と生きた最高位の鬼でさえ、この現状を説明できないなんて、総一郎には信じられなかった。アカの知らない何かが、鬼に起こっているのではないかと、思ってしまった。

「最悪のケースを考えるとするならば……」

 その言葉の先を静かに待つ。

「あの娘っ子が残滓の影響で鬼に成るかも知れぬ」

「そんな……」

「あくまでも仮定の話じゃ。ただ、人間が鬼に成るなど、聞いたことがない。それにさっきまで一緒におって調べてみたが、今は残滓をほとんど感じられなかったのじゃ」

 その台詞が本当だとしても、気休め程度の嘘だとしても安心する事はできないと思った。なにより、アカにとっても分からないことだから。

「ほとんどってことは、少なからず結衣のなかに残滓はあるかもしれないんだろ?」

「うむ。じゃから総一郎よ、なるべくあの娘っ子とは一緒に行動を共にしたほうが良いかもしれんの」

「ああ……そうだな」

 今はまだ仮定の話。それでも用心に越した事はない。それがたとえ、無駄なことで最悪の結末を迎えることになるかもしれなくても。

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