第7話「中庭では大変なことがありました」

 総一郎は中庭目指して走っていた。理由はアカの「なにやら、よく分からんが微かに鬼の気配を感じたぞ」という一言。

「本当に鬼の気配を感じたのか?」

「いや、鬼というより鬼の残滓のようなものがあの辺りにふわふわしとる感じじゃ。鬼が出て来たわけではないし、今はお昼じゃ。鬼門が開くことはまず無かろう。じゃが、用心に越したことはないからの」

 学校に鬼門が出現したのが一週間前。中庭に鬼門は開いていなかったが、同じ学校内。鬼の残滓と言うことであれば、そこから鬼門が生まれる可能性も充分に考えられる。

「昼休みの中庭ならそれほど人もいないだろうから、さっさと片付けるか」

 しかし、総一郎の思いとは裏腹に、中庭にはひとだかりが出来ていた。

「なんじゃ? なにかの祭りか?」

「こんな平日の昼間から祭りなわけ無いだろ」

 人数は十数人ほどで、何かを囲っているかのようにして半円状のひとだかり。十数人もいては、充分目立ってしまう。何が起こっているのか気になり、集まっている生徒が見つめている先を隙間から覗いてみる。すると、そこには見知った女子生徒が一人。結衣だった。

「なにやってんだよ、あいつ」

ひとだかりを掻い潜り、結衣に近づく。そこには、蹲っている結衣と、その横で心配そうに結衣の肩を抱く女子生徒。そして、顔をひどく腫らして気絶している男子生徒が数人。

「おい結衣、何があったんだ?」

 総一郎の問いかけに結衣はただ、首を横に振りながら、泣き声まじりに知らないと小さく何度も言葉を発した。

「あの、私があそこで倒れている男子たちに絡まれて、それを助けてくれたんだけど……」

 結衣の状況を見てか、隣にいた女子生徒が総一郎に話しかけてきた。

「それで、その男子を結衣が殴ったってことか?」

 女子生徒の話を聞いて、総一郎はその場の異常さにすぐ気付いた。必要以上に男子たちを殴り過ぎたであろう結衣の手は赤くうっ血している。相手の男子生徒は制服の襟に入った線の色から全員三年生だと分かるが、その上級生を数人殴り倒すなど普段の大人しい結衣からは想像出来なかった。この女子生徒が言い淀むほど凄惨な光景だったのだろう。

「総一郎! どうしたんだよ!」

「雄二」

 騒ぎを聞きつけた雄二が駆け寄ってきた。雄二も、この状況を目の当たりにしてただだだ驚くばかりであった。

「まさか、これ……結衣がやったのか?」

「どうやら、そうみたいだな」

半信半疑の雄二にそう答える総一郎。昔からのなじみである雄二にもこの状況を作ったのが結衣だということを受け入れきれていなかった。結衣がどうしてここまで殴る必要があったのか、その結衣がなぜ泣き崩れているのか、二人とも疑問は尽きなかった。

「あの……」

「ん?」

 二人に話しかける女子生徒。

「とりあえず、この娘を保健室まで連れて行ったほうがいいんじゃないかな?」

「それもそうだが、こいつらは……」

「ほうっておきましょうよ、自業自得だし」

 総一郎の発言になかば強引に言葉を挟む女子生徒。非道いように聞こえるが、迷惑をかけられた相手だ。その言葉も理解出来る。

「お前……か、香織かおりか……?」

 ふいに、雄二が口を挟んできた。しかし、いつもの雄二とどこか違った。震えた声は、信じられないものを見てしまったかのように聞こえ、驚きを隠せないといった表情で女子生徒を見つめている。

「誰と勘違いしているか知らないけど、私は詩織。一年の橘詩織たちばなしおりよ」

「え? あぁ、すまない。初恋の人に似ていたから、つい……」

「なに? こんな状況でナンパ?」

「いや……そういうわけじゃ……すまない」

 俯きながらそう言った雄二。総一郎はナンパする現場なんて知り合ってから何度か見ているが、いつもならこんなキツいことを言われても笑ってごまかしているのに、どこか変だと感じた。あの雄二に、一年生で知らない生徒がいることにも驚いたが。

「なぁ、総一郎よ」

 ふいにアカが話しかけてくる。もちろん、雄二や詩織には聞こえていない。

(なんだよ)

 総一郎の返答も心の中でだけ。同じ身体を共有しているからこそ出来ること。

「その、とても言いにくいことなんじゃが……」

 いつもの声色と違う、どこか真剣で、それでいて申し訳なさそうな台詞。こんなアカは珍しい。今日はみんな、随分と様子がおかしいじゃないかと思ったそのとき。

「コラ! てめぇら!」

 怒鳴り声とともに三人の前に一人の男子生徒が姿を現した。身体と同じくらいある大きな剣を携えながら。未成年にも関わらず校内でお構いなしに喫煙していること、制服の着方といい、髪色といい、一発で不良と分かる外見をしていた

「ここで倒れているコイツらやったのはおまえらか?」

 不良は、殴り倒された男子生徒を見ながら、総一郎たちに問いかけた。

「おい、マジかよ。足利あしかがさんじゃねーか。なんつー人に絡まれたんだよ」

「雄二、そんなに有名なのかあの人」

「悪い意味でな、見た目でわかるだろ」

「なにごちゃごちゃ言ってんだ! 質問に答えろ!」

 仲間をやられて相当ご立腹な様子の足利。さっさとこの場を離れれば良かったと雄二は後悔し、どうやって誤魔化そうか、どうやって無関係を貫こうかと考えていた。

「俺がやったんだよ、何か文句あるか?」

 そんな雄二とは真逆で、火に油を注ごうとする総一郎。

「ちょっ、総一郎」

「雄二、橘と一緒に結衣を保健室に連れて行ってくれるか?」

 小声で話しかける総一郎。

「おまえ、もしかして……」

 その一言で、総一郎の考えを理解した雄二。

「ここは俺が引き受けるから、早く行け」

「またごちゃごちゃと! いい加減にしねぇか!」

 足利の言葉を合図にしたように、雄二と詩織は結衣を抱えその場を離れた。

「無茶するなよ、総一郎」

「心配すんな」

 その言葉の自信がどこから来るか分からなかったが、雄二は相沢との決闘前の、自信満々な総一郎のことを思い出していた。



 雄二と詩織。結衣の肩をそれぞれ担ぎながら二人は保健室へと足を進めている。

「ねぇ、ナンパ男」

「ナンパ男じゃねぇよ、赤城雄二っていう素敵な名前があるんだよ」

「あの男の子、大丈夫なの? なんかひ弱そうに見えるけど」

「総一郎なら、多分大丈夫だろう。なんて言ったってあの相沢に勝った男だぜ」

「あの相沢を?」

 やはり、けっこう噂が広がっているみたいで、自分の事のように鼻を高くする雄二。

「ふーん、総一郎ねぇ」

 そう言葉にし、なにやら思いふけっている詩織に対し、雄二はその横顔に見惚れてしまった。 見れば見るほど、そっくりだった。双子と勘違いしてしまいそうなくらいに。

「ねぇねぇ、詩織ちゃん。俺のことも雄二って呼んでよ」

「……死ね」

「ツッコミが酷すぎる!」

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