第3話「決闘も意外な結末でした」

 廊下を歩いていても、まだ校内にはけっこうな数の生徒が残っていて、ほとんどの生徒が伊織くんを奇異の目で見ている。口元隠してひそひそと話しているのも。今日の検査結果はすでに学校の掲示板に張り出されていたし、そのうわさが流れているからだと思う。自分のことじゃないのに気分が悪い。

「あんまり気にしないほうがいいよ」

「当たり前だろ」

 本人は至って気にしていないみたい。というか全く問題にしていない感じがする。逆になんでそんな風に考えていられるのか分からなかった。

「そうそう、何とかなるって。俺たちまだ高校一年生だぜ。楽しくいこうぜ」

 雄二も明るく振舞っている。

「おい、転校生」

 校庭に出ると誰かに後ろから呼び止められた。正確に言えば、伊織くんが名指しで呼ばれた。名指しというか、明らかに侮蔑の意味のこもった呼び方。

 振り返れば、そこには……誰?

「なんだ、相沢かよ。何か用か?」

 あ、忘れていた。相沢くんだっけ。雄二が言って初めて気付いた。どうも直視したことが無いから顔が覚えられない。まぁ、あんまり好きな顔じゃないし。今もすごい威圧的な態度。正直、嫌いな部類の人間だ。それにガキ大将みたいに子分を二人ほど連れている。あれも同じクラスの人かな。

「掲示板見たぜ、転校生。検査の時からお粗末な野郎だと思ったけど、結果があれじゃあ納得だわ。Fランクなんて聞いたことねーよ、なぁ」

 それを合図に、まるで練習していたかのように取り巻き二人は大声で笑う。

「だから? お前には迷惑かけていないし、用がそれ言うだけなら帰りたいんだけど」

 その言葉で、相沢くんの顔が険しくなっていく。

「テメーみたいな負け犬が俺のクラスにいるだけでも虫唾が走るんだよ!」

 いきなりの怒声。気に入らないことがあるとすぐ怒る性格。すごく嫌い。こんな人に好意を持たれてもちっとも嬉しくない。さっきからチラチラと目が合うし、もう最悪。

「はっきり言って目障りだからよ、適合率80%で尚且つ学年三位の俺様が直々に引導を渡してやろうと思ってよ」

 さっきからこの男は何を言っているのか。理解に苦しむ。何様?てか、学年三位?なにそれ、嘘でしょ。こんな奴が?

 子分の一人から剣を受け取り、鞘から取り出して、切っ先を伊織くんに向ける。

「転校生、テメーに決闘を申し込む」

 やることがいちいち芝居がかっている。自分が大好きなのかな、嫌いというより生理的に受け付けない。てか、気持ち悪い! しかも、決闘って……。

「おいおい、あんまり調子に乗るんじゃねーよ、相沢。弱い奴虐めて楽しいかよ」

 決闘とは言葉通りの意味で。それ自体は禁止されていることじゃない。もちろん、武器の使用だって許されている。むしろ歓迎的なムードの高校だってある。桐生高校はそこまで歓迎的じゃないけど。

 雄二が止める理由もよく分かる。本来、決闘なんてある程度実力が均衡している者同士で戦い、お互いに切磋琢磨して適合率の上昇を目的としているし、これじゃあ伊織くんを一方的に虐めようとしているだけ。それに伊織くん、適合率0%の、普通の人と変わらないから最悪死ぬことだって考えられる。

 超人的な力は当然、身体にも影響を与える。滅多に風邪とか重い病気にならないし寿命だって伸びている。剣で切られても、銃で撃たれても、痛みは感じるけど、出血やキズを負うことも余程のことが起こらない限り、ない。要するに、よほどのことが無い限り死ぬことなんて無くなった。

「勝手に弱い奴みたいな扱いするんじゃねーよ」

 雄二の頭に伊織くんがチョップ。驚く雄二とそっけない顔をしている伊織くん。

「あのな、お前のため思って言っているんだぞ、悪いことは言わねぇ。無視して帰ろうぜ」

「俺は負けるつもりなんて無いんだけど」

一体、どこからそんな自信が出てくるんだろうか?何か秘策でもあるのかな。前を塞ぐ雄二の横を歩いて伊織くんが相沢くんと対峙する。

「ねぇ、やっぱり危険だよ。止めようよ」

 私は伊織くんの袖をつかんで、再度促す。あんなこと言っているけど、本当に危ない。ふと、頭を撫でられた。子供をあやす様に。そして、軽く叩いてから。

「大丈夫、絶対に負けないから。心配するな」

「いちゃつきやがって! いい加減にしやがれ!」

 堪忍袋の緒が切れたのか相沢くんがさっきよりも大きな声で怒鳴ってきた。すでにギャラリーのようなものが出来あがっている。子分二人が周りに言いふらしていた。

「そう怒鳴るなよ。受けてやるからさ」

「ふん! 後悔すんなよ」

 伊織くんは静かに左手に持っていた棒状のものから布を外す。そこから姿を現したのは長い漆黒の鞘。飲み込まれそうなほど綺麗な黒色に、見たことのない形。直線ではなく、柔らかく曲線を描いている姿に思わず見惚れてしまった。





 決闘のルールは基本的に何でもありという条件を提示してきた相沢に対して、総一郎は当たり前であるかのように同意する。

「俺が戦闘不能と判断するか『参った』って言うまでは基本的に何でもありで大丈夫だな?」

 成り行き上、審判は必須のため、その役を雄二が受けて、再度ルールの確認を両者に行う。

「問題ねぇよ」

「大丈夫だ」

 相沢が余裕の表情でそう答えるのは当然。ただ、総一郎もまた同じように答えると、周りからはどよめいた声があがる。学年三位と学年最下位が決闘する時点で勝敗は明らかなのにまるで勝つつもりでいるかのような総一郎の態度を、不思議に思わない人間はこの場にいない。もちろん、雄二や結衣も同じだった。

「じゃあ、行くぞ。決闘……開始!」

 真っ先に動いたのは相沢。剣を大きく振りかぶりながら総一郎向かって走り始める。

「くらいやがれ!」

 威勢良く剣を振り下ろすが、紙一重のところで総一郎は避ける。振り下ろした剣はグラウンドに刺さり、数十センチの亀裂を入れた。

 構えも、剣の使い方も全て自己流。だが、相手を倒すのにそんなものは要らない。化身制度による肉体改造で手に入る腕力による圧倒的な破壊力。それがあれば大抵の相手には勝つことが出来る。

「運よく避けやがって!」

 それからは一方的に相沢の猛攻撃が始まる。縦に横に斜めにと滅茶苦茶に剣を振り回していく。その斬撃全てを紙一重で避け続ける総一郎。未だ刀を鞘から抜かずに左手で持ったまま。

「てめぇ! 避けてばっかりの腰ぬけか! 正々堂々と戦え!」

 息を切らしながら、眼光は衰えずに総一郎を睨みつけ吠える相沢。周りも子分二人が囃し立てるせいもあってか総一郎に対してブーイングにも似た野次が飛ばされる。

 総一郎は、意にも介さないように、軽くため息をひとつ。

「なんだよ、お前みたいに我武者羅に剣を振り回しているのが戦いなのか?」

「へっ! お前には解んないだろうな! 適応率が高いと、こういう戦い方でも勝てるんだよ!」

 事実、この国では武術や剣術の類いは衰退している。誰もが超人的な力を有しているゆえに、自分に合った武器や戦い方を自分で見つけて勝手に昇華させていく。

「お前みたいな奴には逆立ちしても出来ないことだろうけどな!」

「いいよ、別に。出来なくても」

 その言葉の後、総一郎は刀に右手を添える。相沢もそれに対して咄嗟に身構える。

 総一郎は一瞬で数メートルの間合いを詰め、左手で納刀されているまま、頭金を相沢の胸めがけて突き刺す。

 その一連の仕草、総一郎の動き出しに全く反応できなかった相沢は後方へと思い切り吹き飛んだ。ろくに受け身も取れないまま、地面に激突する。

 先程のブーイングとは打って変わり、周りは静まり返っていた。相沢はもちろん、審判の雄二や見守っていた結衣を含めたギャラリー全体が総一郎の動きを捉えることが出来ておらず、何が起こったのか分からなかった。

 ゆっくりと、自分の剣を杖代わりのようにして立ち上がり総一郎を見つめる相沢。その眼には先程までの眼光の鋭さは無く、異様なものを見る目で総一郎に見つめていた。

「どうした? 鳩が豆鉄砲くらった様な顔しているぞ?」

「なにをしたんだよ……」

「いや、お前が散々バカにしてきた俺の戦い方なんだけど」

「ふざけやがって!」

 正面に立ち、両手を使い体の正面で剣を構える。今までの戦い方が嘘のように慎重な相沢。得体の知れない攻撃をしてくる総一郎に対して、防衛本能が働いているのか、基本的な構えを取っている。

「さっきは油断していたからな! 今度はそうはいかねぇぞ」

 自分から仕掛けずに、総一郎の挙動を待つことにした相沢。総一郎をしっかりと見据え全神経を尖らせ、集中する。

 その構えから、総一郎も相沢の考えを汲んだのか、再び右手を柄に添える。

「今度は本気で行くから、一瞬も目を離すなよ」

「はっ! 何様だよ。俺を誰だと思って……」

 言い終わる前に、全てが決した。

 一瞬で間合いを詰めてからの抜刀。

 相沢の持つ剣ごと胴体を一閃。

 折れた剣が地面に突き刺さり、胴体に大きな一筋の傷を受けた相沢は気を失っており、程なくして力尽きたかのようにその場に倒れこむ。

 その場にはただ、静寂だけが存在し、納刀の無機質な金属音だけが響いていた。勝者を称える歓声など全くあがらない。あるのはギャラリーの総一郎に向けられている奇異なる目。不気味がって見ている人間も少なからず存在している。

 当然だった。この場にいる誰もが勝敗を決した一部始終を確認できていないから。見ている者からすれば、気付いたら総一郎が剣を抜いていて、攻撃を受けたらしい相沢が剣と共に倒れこんだところだけしか、確認出来ていなかった。

 こうして、学年三位と学年最下位の決闘は最下位の圧勝という結果で幕を閉じた。

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