第45話
私が落ち着きを取り戻し、大泣きした事実に若干の気まずさを感じ始めた頃、ウェティが私達を迎えにやってきた。ウェティの傍にレオニールの姿がないことから察するに、彼は別行動をとっているのだろう。私自身も泣き腫らした顔でレオニールと顔を合わせるのはちょっとだけ抵抗があったので、今はそれがありがたかった。
「客室は合計三部屋ご用意させていただいております。この程度ではお詫びにもなりませんけれど……他の義賊団の者とは鉢合わせることのないようになっておりますのでご安心くださいませね」
「なっている、ですって?アナタ達がそういう指示でも出しているのかしら?」
私達を先導しながら話すウェティに、クロノスが問いを投げかける。
クロノスだけでなくロイドにも言えることだが、彼らは私ほどにはウェティに信を置いていないようだ。
確かに、事実だけ見ればウェティは敵側の人間だ。レオニールと血縁関係である上に、義賊団内において彼に次いで発言力も影響力もある人物とくれば、警戒しない方がおかしいのかもしれない。
だけど、私はウェティを危険人物として扱う気にはなれなかった。見ず知らずの私に癒しの力を使ってくれたことも、ここに来てからずっと私に心を砕いてくれたことも、すべてウェティの優しさからだと思っているし、ここまでの彼女の言葉や態度を嘘にはしたくなかったからだ。
「いいえ?指示は出しておりませんわ。第一、あなたがたのことは他の者には知らせておりませんもの」
「では、どうやって?」
「兄の
「ふうん?空間魔法の応用かしらね?……ま、アタシ達はそのほうが助かるけれど」
そういえば、ここに連れてこられてからレオニールとウェティ以外の人間を一度たりとも見かけたことはなかったような気がする。それがウェティの言う、レオニールの魔法のせいなのであれば、私がいるこの場所はいったいどうなっているのだろうか。
(魔法のことは説明されてもわかんないけどね……とりあえずここが不思議空間ってことだけ覚えとけばいいのかな)
「――あちらが皆様のお部屋となります」
見慣れた客室の扉が見えてくると、ウェティが足を止めてこちらを振り返った。
私の部屋を挟んだ両隣が新たに与えられた客室で、内装はどの部屋も変わりないとのことだった。横並びの部屋を用意してくれたのは正直とても嬉しかった。仲間が近くにいてくれるのだと思えば、今日は安心して眠れるような気がする。
「コトハ、お休みになられる前に少々お時間をいただいてもよろしいですか?もちろん、無理にとは言いませんが……」
私の隣を歩いていたロイドが話しかけてくる。そちらに顔を向ければ、彼はどこか気遣わしげな表情で私を見下ろしていた。先程うっかり泣いてしまったのも関係しているのかもしれない。
(ロイドには心配ばっかりかけさせちゃってるよね……クロノスにもだけど)
私は首を横に振り、少しだけ笑ってから口を開いた。
「ううん、大丈夫。無理じゃないよ」
「……本当に?」
「うん、だって私も二人と話したかったし。とりあえず、私の部屋でいいよね?」
「はい。クロノスもそれでよろしいですか?」
「もちろん良いわよぉ」
ロイドの問いにクロノスが首肯したのを確認してから、私はウェティへと視線をずらす。
ウェティは私と視線が合うと、ふんわりと微笑みを浮かべて首を傾げてみせた。
「まあ、いかがなさいました?」
「ううん、特に用事は無いんだけど……ちゃんとお礼を言っておこうと思って」
「お礼?」
私の言葉に、ウェティが不思議そうな表情で目を瞬かせた。
確かに若干唐突すぎたかもしれないが、なんとなく今言っておかなければならない気がしたのだ。
(本来はもっと前に言っておくべきことだったしね)
「うん。最初からずっと私の面倒を見てくれていたこともそうなんだけど、ウェティがレオニールさんと会わせてくれたから話も進んだし、仲間とも会うことができたんだよ。おまけに二人のぶんの客室も用意してくれて……ウェティには本当に助けられてるなって改めて思ったんだ。本当にありがとね、ウェティ」
「いいえ、そんなこと……わたくしは当然のことをしたまでですわ。わたくしは貴女の力になって差し上げたかっただけなのです。それなのに……レオ兄様が貴女にあのようなことを……」
ウェティは悲しげに俯くと、何かを堪えるように服の裾をぎゅっと握ってから顔を上げた。
「自信がありましたの。兄様は絶対に貴女を撃たないだろうと……そう思って、思い込んで、わたくしは静観しておりました。けれど、その行動は間違いだったと後から気が付きましたわ。本当は、貴女の心を傷付けてしまう前に、兄様を諌めるべきだったのでしょう。言葉だけでなく、行動で示すべきだったのでしょう。貴女のように」
「ウェティ……」
「ごめんなさい、コトハ。貴女を庇うことすらできなかったわたくしを、どうか許して」
まるで己の罪を告白するかのような言葉を連ねるウェティに、私は何と答えればいいのかわからなかった。
大丈夫とか、気にしないでとか、彼女の心を軽くするための言葉はたくさんあるはずなのに、どれも違う気がした。
だって私も、先程の自分の行動が正しかったと胸を張って言えないから。
自分以外の誰かを傷付けてしまったのは、私も同じだから。
「…………あのね、さっきのは私も」
「――コトハ。そろそろ中へ入りましょう」
迷いながらも口にしようとした言葉は、ロイドの静かな声に遮られ、明確な音にならないまま消えていく。
思わずウェティの様子を窺うと、彼女はロイドとクロノスの方をちらりと見やってから、私に視線を戻して優しい笑みを浮かべた。
「今日はいろいろありましたもの。今夜はゆっくりと身体を休めてくださいませね?おやすみなさい、コトハ」
「……うん、おやすみ、ウェティ。ありがとね」
話の続きは、落ち着いてからでもいいのかもしれない。
そう判断した私は、ウェティにそれだけ返して、仲間と一緒に客室へと入っていった。
与えられた自室へ戻り、それぞれが椅子へと腰を落ち着けたところで、私は二人に請われるがままこれまでのことを語って聞かせた。単独行動中に道に迷い、出くわした男達に眠らされ攫われてしまったことや、レオニールやウェティと出会ったことなど、これまでの私の行動や経緯を一通り説明すると、二人はほっとしたような表情とともに何故か納得したような様子を見せていた。
「なるほど、どうりで足取りが掴めないはずです」
「本当よね。
腕組みをして何かを考えるような仕草をするロイドと、椅子に背中を預けたまま前髪を掻き上げてため息を吐くクロノスの姿に、私は疑問を禁じ得ない。
「どういうこと?」
「……そうね、コトハちゃんはガリスドールという街を知っているかしら?」
「んー……知らない、かな」
クロノスの問いに、私は少し考えてから首を横に振った。
少なくとも、オンラインゲーム上にはそんな名前の街は出てこなかったはずだ。
「ガリスドールはヴィシャール王国の西端にある、国境付近の街の名です。王都イレニアからずっと西に進んで行くと辿り着くことができるのですよ」
ロイドが簡単な説明を加えてくれる。
私はその内容をゆっくりと頭の中で咀嚼し、目を丸くした。
「……えっ、ちょっと待って!?じゃあ私達が今いるのはそのガリスドールってこと!?」
「正確には、王都イレニアとガリスドールの中間、ってとこかしらね?」
「ちゅ、中間……」
だんだん頭の中が混乱してきた。
ヴィシャール王国の中心部でもある王都イレニアから西端の街ガリスドールまではかなり距離があると思っていいはずだ。地図上ではその間にいくつもの町や村が存在しているから、そのどれかだと考えればいいのだろうか。
疑問はまだある。私が攫われてから目が覚めるまでの間は、ほんの数時間しか無かったはずだ。そんな短い時間でどうやってそこまで移動するというのだろう。
「ええと……どういうことなのか教えて……」
「ふふっ、アタシの考えで良ければ説明するわ。たぶんロイドも同意見だと思うけれど」
そうして始まったクロノスの説明を噛み砕くと、こうだ。
王都イレニアから西端の街ガリスドールまでは、移動だけでも数日かかる計算になる。だが例外はもちろんあり、
では今回の件はどうかというと、空間魔法という空間を操る高度な魔法によるものであり、レオニールがその使い手だということだった。
空間魔法で王都イレニアからガリスドールまでを一時的に繋ぐだけでなく、自由に行き来できるよう魔法を固定している――らしい。私は魔法の詳細まではよく理解できなかったけれど、とにかくそういうことだそうだ。
それからクロノスがこの場所を中間と称したことについてだが、これは言葉通りなのだとか。
国に認知され懸賞金までかけられている有名な義賊団がわかりやすい場所に居を構えるとは考えにくい。
レオニールは彼自身の力で歪めた空間内に、もうひとつ新たな領域を作成し、そこに拠点を置いた。だからそう簡単には見つからないし、レオニールの力で創り出した空間内であれば思い通りにすることができる。ウェティが時折口にしていた「すべては兄のもの」という言葉の意味が、今ならわかる気がした。
「あれ、じゃあ二人はどうしてこの場所がわかったの?」
「ふふっ、それはね?迷子防止用のマジックアイテムのおかげなのよ」
楽しそうに片目を瞑るクロノスに、どういうことかと目で続きを促す。
彼曰く、あのベル型のシルバーアクセサリーに私が触れたことによって位置がほぼ特定できたのだそうだ。相手を思い浮かべながら触れるともう片方の位置を示してくれるというマジックアイテムの効果が、レオニールから鞄を受け取った際に発動したため、クロノスの魔法でレオニールの空間魔法に強引に干渉した――らしい。
「コトハちゃんが無事に見つかった今だから言えるけれど、久々に大魔法を使ったからちょっと楽しかったわねェ。ふふっ!」
「クロノス!」
内緒話をするように口に人差指を当てて笑うクロノスへ、ロイドの鋭い声が飛ぶ。
しかしクロノスはどこ吹く風、というような表情でロイドの非難の目を受け流し、おもむろに立ち上がった。
「さて、と!もう少し話していたいのは山々だけれど……アタシもさすがに疲れちゃったから少し休んでくるわね。何かあれば部屋に来てちょうだい?」
「あっ、待って、クロノス!」
颯爽と入り口へ向かうクロノスを慌てて引き留める。
なあに、と振り向いたクロノスとロイドを交互に見てから、私は二人に向かって頭を下げた。
「二人に迷惑かけちゃって本当にごめんなさい。でも、探しに来てくれて嬉しかった。助けに来てくれて、本当にありがとうございました」
そう言って頭を上げると、ロイドもクロノス私が無事だったらそれでいいと笑ってくれた。
私は彼らに迷惑ばかりかけているのに。
本当に、良い仲間に恵まれたものだ。
* * * * *
「……本当に、貴女が無事でよかった」
クロノスの後ろ姿を見送ってすぐ、ロイドの口からそんな言葉が零れ落ちてきた。
「貴女の身に何かあったらと思うと、気が気ではなかった」
「心配してくれてたんだよね。本当にごめんね」
「手掛かりすら掴めなかった数日のことだけではありません」
ロイドの真剣な瞳が、真っ直ぐに私を射る。
「レオニールという男の前に貴女が立ち塞がった時――私は背筋が凍る思いがしました。私が心の底から守りたいと思った
「……ごめんなさい」
目の前で心情を吐露する優しい騎士を前に、言い訳する気も起きなかった。
視線を落とし、謝罪の言葉を口にしながら両手を握る。
「何故、あのようなことを?」
「……ロイドを、守りたかったの」
小さくそう呟くと、ロイドが息を呑む音がした。
「……私、を?」
「このままだとロイドが危ないって思ったら、咄嗟に身体が動いてたの。私の大事な仲間が目の前で撃たれるのなんて絶対に嫌だった。でも、よく考えたら誰だって同じなんだよね」
今回に限っては、レオニールの機嫌を損ねることなく助かったから良いようなものだ。
誰だって、大切な人が危険な目に遭うのは嫌なのだ。私も、ロイドも、クロノスも。
「悲しませて本当にごめんね。次から、ちゃんと気を付けるから」
(――あ、また涙出そう……)
喋ることで先程の強い感情が戻ってきたのか、徐々に視界が滲んできたため、こっそり瞬きの回数を増やし涙を逃がす。
いくら感情が昂ったからとはいえ、人前で何度も泣いたら迷惑になってしまう。
そう思っての行動だったのだが、ロイドは見逃してくれなかったらしい。
「コトハ、どうか泣かないでください」
「な、泣いてないよ」
ロイドが吐息とともに密かに笑ったような気がした。
「本当ですか?」
「う……本当、だし」
ただ、今にも泣きそうになっているだけだ。
大丈夫。先程のように泣いて迷惑はかけないから。泣くなら一人で泣くから。
「……嘘、ですね」
ロイドが私の方に近付いてくる気配がする。
けれど私は涙を抑えるのに必死で顔を上げることができなくて――ようやく顔を上げても平気だと思えるようになった頃にはもう、遅かった。
「――――え」
顔を上げようとした瞬間。
そっと、壊れ物を扱うような手つきで優しく抱き締められた。
「コトハ。私の、私だけの
「…………っ」
「コトハ」
普段よりもひどく甘くて、掠れたような低い声が、耳元で私の名を呼ぶ。
「私は器用ではありませんので、涙を止める術を持ちませんが……こうして貴女の傍にいることはできます。貴女の心が落ち着くまで、こうしていてもかまいませんか?私も、今は貴女の傍にいたいのです」
小さく囁かれた、どこか甘ったるい台詞に。
止まりかけていた涙が、さらに奥へと引っ込んだ気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます