第37話


 楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていく。

 中天にあった太陽は時間の経過とともに傾きを強めていき、現在はもうかろうじて空に留まっている程度である。

 沈みゆく太陽は、眠りについていた夜をそっと揺り起こし、世界に放つ。そして闇を溶かした空のもと、人々は光を灯し、やがて巡り来る朝を迎えるのだ。

 花祭りの期間中、王都イレニアに本来の夜の静寂は訪れない。人々の生活区域を除いた一部の区間では、夜通し祭りが続く。そのため、王都には常よりも多く灯りが設置されており、今もいたるところで穏やかな光を提供し始めていた。


「そろそろ“花降りの丘”へ向かいましょうか」


 そんなクロノスの何気ない一言から、私達は王都の外れにある小高い丘へと足を向けていた。

 花降りの丘、と呼ばれたその場所では、季節の移ろいによってさまざまな花が咲き乱れ、美しい景観が人々の目を楽しませてくれるのだそうだ。中でも最も美しいのは、満開のサクラの木々だという。伝承によると、女神イルフィナがサクラを好んだこともあり、彼女への感謝と国の繁栄を願ってヴィシャール王国初代国王が最初にサクラの木を植えた場所とされているが、定かではないらしい。けれど、他の花々より何倍も多くサクラが咲いていることを鑑みれば、自然と伝承それが確かなものに思えてきてしまうとの話だった。


「見えてきましたよ。あれが、花降りの丘です」

「――――うわあ……っ!」


 ロイドの言葉に、私は思わず感嘆の声を上げた。

 こちらへ向かう間に太陽はすっかり地平線の下へと姿を隠し、薄闇に視界を遮られる時間帯となっている。そのため、ところどころに灯りはあれどうまく周囲を確認しづらい状況にあった。

 しかし、今の私の目には、目の前の見事な光景がはっきりと見えていた。

 色とりどりの美しい花々が丘いっぱいに広がり、その周囲を可憐な桃色の花を咲かせた木々の群れが埋め尽くしている。そして花畑の中央には、薄紅色の花弁を満開に咲かせた大木が座しており、その存在感の大きさゆえに強く目を惹いた。

 けれど何故、夜なのにここまで詳細にわかってしまうのか――その理由は、花が淡い光を宿していたからである。

 決して強くないその光は花の色を内側から浮かび上がらせ、夜闇の中に幻想的な風景を映し出す。

 それは、一時言葉を失い足を止めてしまうほどの――非現実的で、夢のような空間であった。


「今年もまた見事に咲いたわねェ」

「うん……ほんと、びっくりするくらい綺麗だね……」


 クロノスののんびりとした台詞に返答しながらも、私は目の前の光景に釘付けになっていた。語彙力があれば、もっと気の利いた答えを返せるのにと、少しだけ恨めしく思う。

 元の世界で花見は何度も行ったし、ライトアップされた夜桜もまた風情があって綺麗なのは知っていた。だけどそれでもこれは別格というか、そもそも次元が違う感じがする。名も知らぬ花々も、サクラの木々も、すべてが“花降りの丘”の名にふさわしく思えてならなかった。

 いや、それよりもまず、私は花が発光しているという事実を疑問に思うべきだろうか。


「すっごく綺麗だけど、なんで光ってるのか理由がわかんないなあ……」

「理由?もしかして、この花畑のこと?」

「うん。こんな光景初めて見たから気になっちゃって。ねえ、これも魔法の一種なの?」

「んー……そうとも言えるし違うとも言える……かしら?」


 クロノスが顎に手を当てて首を傾げる。魔法に詳しいクロノスが即答しないのは珍しい。


「ふうん?これってそんなに曖昧なものなの?」

「そういうわけではないのだけれど……うん、そうね。これは魔法の一種と言えるかもしれないわ。とても――そう、とっても古い魔法」

「古い、魔法?」

「花が光るという現象は珍しいものだけれど、まったく無いわけじゃないわ。そういった特殊な花も、確かにこの世界には存在する。けれど、この花降りの丘は特殊でね?花自体に不思議な力は無くて、丘の上に広がる大地が力を持っているの」


 クロノスの台詞を聞きながら、私は花畑へ視線を移した。

 土地自体が力を持っている。不思議な現象とは縁遠い生活を送ってきた身としては、いまいちぴんとこない話だ。でも、証拠となるものが実際に目の前にあるのだから、そこは信じるしかない。 

 傍らから足元の土を踏みしめる音が聞こえ、次いでクロノスの言葉が降ってくる。


「美しく咲き誇る花も、いずれは枯れて土に還る。花が枯れ、次の種が芽吹けば、また同じように花を咲かせるわ。幾年月が経とうとも、この地の美しさは永遠に損なわれない」


 歌うように、流れるように。クロノスは続ける。


「花降りの丘が持つ力。それは魔法であって魔法でないもの。この世界を創造した神々が人間ひとに与えた祝福ギフトであり、原初の魔法。我々人間には手が届くこともないし、到底理解しようもない――神の力の一部」


 ここで、クロノスは言葉を切った。

 私はこの後も説明が続くのかと思ったけれど、数秒待ってもクロノスが喋り出す気配はない。

 気になってクロノスの方を振り仰げば、彼は私の視線に気が付いてにっこりと微笑んでみせた。 


「――なんてね?ふふっ、ちょっと魔術師ウィザードっぽい真面目な台詞だったでしょう?んー、もしかするとわかりづらい話だったかもしれないわね……要するに、この場所は他と違って少しだけ特別ってことよ!」

「そっかあ。うん、なんとなく理解したよ。教えてくれてありがとねクロノス」


 わかったのは、本当になんとなくだけれど。でもきっと、この場所には幾度か耳にした創世神話が関わっているのかもしれないと、私はぼんやり思うのだった。


「――さぁて!小難しい説明ハナシはここでおしまい!せっかく花降りの丘ここまで足を運んだのだもの、楽しまなくちゃ損だわ」

「そうですね。いつまでもここで立ち止まっているのも何ですし、歩きませんか?」


 私と同じようにクロノスの台詞を黙って聞いていたロイドがようやく口を開いた。


「サクラが咲くのは花祭りの期間中のみ。花畑だけならばいつでも見られますが、このような満開のサクラを楽しめるのは今だけですから」

「うん、そうだよね。行こう!」


 私はロイドにそう返答し、二人と一緒に花畑へと足を踏み入れていく。

 夜の闇に負けず、優しい色の光を灯す花々の姿は、近くで見てもとても綺麗だった。時々すれ違う他の観光客達から漏れ聞こえてくる会話からも、私と同様の感想を抱いていることが窺える。

 私達はしばらくの間、花畑の中を歩き回り、美しい風景を眺めていた。しかしそうしているうちに、私はある違和感に気付く。

 空から降ってくるサクラの花弁は、何かに触れるたび消えていくはずのもの。けれど、花降りの丘に来てからは、実体を持たないはずのそれがところどころに落ちているように見えるのだ。

 疑問への回答が欲しくて、私は隣を歩くロイドを見上げた。すると彼の頭にも、いつの間にか桃色の花弁が数枚乗っていて、私はくすりと笑みを零す。


「ロイド、髪に何かついてるよ」

「え?」


 思わずそう指摘すれば、ロイドはきょとんとした表情で一瞬固まってから、確認するように髪を触り始める。数秒も経たないうちに、ロイドは髪に張り付いたそれを見つけて手に取り、「ああ」と呟いた。


「サクラですね。この場所にいる以上、仕方のないことです」

「その花びらって消えないの?降ってくるサクラの花びらは消えるものだって教わったから、不思議に思ってたの」

「花降りの丘では、二種類のサクラの花を楽しむことができるんですよ。私から少しご説明したいところですが、そのあたりは私よりクロノスの方が詳しいかもしれません」

「ふふっ、そのへんはアタシに任せて!王都に初めて来たとき、サクラには種類があるってことを話したでしょう?実体があるものと、そうでないものの話」


 ロイドの言葉に続けて口を開いたクロノスに、私は頷くことで返答した。


「うん、言ってたね。ええと、実体がある方が本物なんだっけ?」

「正解!覚えててくれたみたいね?……この花降りの丘にあるサクラの木々は紛れもない本物でしょう?消えない花は、本物のサクラの花弁が散ったもの。消える方は、王都イレニア中に降る桃色の光。外見は同じでも本質に差があるから、すぐにどちらが本物か見分けることができるわ」


 クロノスが説明している間にも、桃色の花は断続的に舞い落ちてくる。ロイドとクロノスの頭の上にも、桃色の光に混じって消えないサクラの花弁が積もり始めていた。自分では見えていなくとも、私の頭の上も似たようなことになっているのだろう。


「本物でもそうでなくても、サクラはどっちも綺麗なんだね」


 呟くように素直な感想を口にしてから、私は手で自分の髪に付着した花弁を払う。

 ついでに服にくっついていたサクラの花びらを払い落とそうとして――――私はあるものの存在を思い出した。


「ねえ、そんなに離れたところまで行かないから、少しだけ向こうの方を見てきてもいい?」


 唐突にそんなことを言い出した私にロイドとクロノスは不思議そうな表情を浮かべていたが、二人ともすぐに了承してくれた。


「コトハちゃんが戻ってくるまで野郎と二人きりとかむさ苦しいにも程があるわねェ……」

「ならば貴方も少し散歩してきたらいかがでしょう。私はこのあたりでコトハを待ちますので」

「それもいいかもしれないわねェ……」


 ため息を吐くクロノスと、どこか不快そうなロイドの会話を背中で聞きながら、私は二人から離れてあてもなく歩き出す。

 特別見たいものがあるわけではなかった。二人と一緒に見て回るのだと当然のように考えていたから、一人だけ別行動をとろうとは思っていなかった。

 ただ、思い出してしまったが最後、二人の目のつかないところに行って考えたかった。



「……ここでいいかなあ」


 二人と別れた場所からそう遠くなく、かつ一人になれる場所ということで、私はサクラの木々が密集する区域までやってきていた。

 きょろきょろと周囲を見回し、傍に誰もいないことを確認してから私は懐へと手を伸ばす。

 取り出したのは、踊り子からもらったリボンのついた小さな袋。先程までその存在を綺麗さっぱり忘れていたのだけれど、サクラの花を見て突然思い出してしまったのだ。


「うーん、どうしよう……」


 私はサクラの木の幹に背中を預けると、袋から中身を取り出し、それらを見比べた。

 赤華と白華。踊り子の話では、これらを大切な人に渡すのだという。ロイドとクロノスあげるのは確定事項だとしても、問題はどちらにどの華を渡すかである。


(確か、踊り子さんは“花祭りの夜を彩る”って言ってたよね?……ってことは、早ければ今日の夜には渡さなきゃいけないのか……)


 袋の中に入れておけば鮮度は保たれると言われたが、いつ渡そうか悩みながら明日以降も持ち歩くよりは今日渡してしまった方が絶対に良いと思う。


「うーん……」


 あの踊り子は他に何と言っていただろう。相手の幸福を願う気持ちをこめて渡すものであるなら、赤華と白華のどちらを渡してもおかしくはないのだけれど。


「二人がどっちの色を好きかにもよるよなあ……」

「――――アタシは赤のほうが鮮やかで好きよォ?」

「うわっ!?」


 突然の声に、私は思わずびくりと身を震わせた。周囲に誰もいないのをいいことに独り言を呟いたつもりだったのだ。驚くに決まっているだろう。

 弾かれたように振り向けば、そこには木の陰から身を乗り出しこちらに笑みを向けているクロノスの姿があった。


「なんだ、クロノスかあ……びっくりさせないでよ……」

「うふふっ、ごめんなさい?」


 見知った仲間の姿にほっと胸をなでおろすと、クロノスは木の陰から出て私の隣まで歩み寄ってきた。


「あんな素敵な場所で野郎と二人で突っ立っているのも寒い光景だったし、アタシも少し歩きに来たのよ。そうしたらアナタの姿が見えたものだから、悪いとは思いつつ、つい追いかけてしまったわ」

「そ、そんなに寒い光景かなあ……」


 二人とも美形だし、むしろ絵になるような気もするけれど。

 言うか言わないか迷いながらクロノスの顔を見上げるも、彼の視線の先は私の目の位置よりも下にあった。クロノスの視界に映っているものについては、言わずもがなである。


「もしかして、一人になりたかった?――それ、花祭り用の華でしょう?」

「う……まあ、えっと、そうなんだけど……」


 渡す直前まで内緒にしておきたかったので咄嗟に隠そうかとも思ったけれど、すんでのところで踏み止まって正直に話すことにした。話しづらいのは確かなのだが、見られてしまったものは仕方ない。


「ほら、今日みんなで踊り子さんを見たでしょ?その人が華を配ってて、お金を渡すときに私にもくれたんだけど、どの色を渡そうか迷っててさ」

「どの色、ねェ…………誰に渡すかは決まっているの?」

「もちろんロイドとクロノスの二人にだよ!」

「あらぁ、アタシにもくれるの?ふふっ、嬉しいわ!」


 嬉しそうに目を細めて笑うクロノスを見て、思ったよりも喜んでくれそうだと内心安堵する。

 私は両手の中にある赤華と白華を見つめながら続けた。


「踊り子さんにはお世話になっている人とか、大切な人に渡しなさいって言われたの。この世界での大切な人は私と一緒にいてくれる二人。だから絶対渡そうと思ってたんだけど、本人達に色の相談をするのはなんか違うなって思って一人で出てきちゃったんだ」

「そう……コトハちゃんは素直な良い子ね。さすが、アタシが気に入ったなだけあるわ」

「え……?」


 クロノスはそう言って笑みを深めると、自然な動作で私の手から白華を引き抜いた。

 呆気にとられたまま動けない私にクロノスは片目を瞑ってみせてから、彼は白華を自身の口元へ持っていった。


「アタシは白華こっちでいいわ。アナタは何をあげるか迷っているのでしょう?なら、アタシ本人が選んでしまってもかまわないはずよね?」

「えっ、でも……赤が好きなら赤華のほうがいいんじゃ?」

「ふふっ、好きな色は赤だと言ったけれど、アタシは正直どちらでもかまわないのよ。コトハちゃんがアタシを大切だと思ってくれている、その気持ちだけで充分。でもまあ――アナタ自身が華の意味をしっかり理解していないみたいだから……それはちょっと困ってしまう、かしら?」

「えええ……なにそれ?華の意味なら、一応理解してるつもりだよ?あなたに幸福がありますようって意味でしょ?」

「んー、間違ってはいないのだけれど……まあいいわ。コトハちゃんはそのままのアナタでいい。ただ、このままだと面白いことになりそうねェ……まあ、それもいいか」

「……?」


 教えてしまうのもつまらないし、と何か含んだ言い方をするクロノスに、私は首を傾げる。クロノスは何を言いたいのだろう。彼の言う面白いこととはいったい何なのだろう。


「クロノス、ねえ、何を」

「アタシからも後でアナタに華をあげる。色はまだ内緒にしておくわ。だから、楽しみにしていて?」


 私の問いを遮るように、クロノスが私の頭にぽんと手を置いた。

 戸惑いながらそのままの状態で顔を上げて「わ、わかった」と頷けば、彼は口を弧の形にして私から離れていく。


「あ……」

「赤華はアナタの騎士ナイトにプレゼントしてあげなさいな?きっと喜ぶわよー?」


 いろいろな意味で、と何故かにやりと人の悪い笑みを浮かべるクロノスに嫌な予感はするものの、彼の事だから追及しても答えてくれない気がするので、疑問は心の中だけに留めておくことにする。

 代わりに「わかった」とだけ答えを返すと、クロノスは「じゃあアタシはもう少し散歩してから戻るわね」と手をひらひらさせてどこかへ歩き去ってしまった。


「……自由だなあ……」


 ぽつりとそう零してから、私は手の中に残った赤華を袋にしまい込む。

 ロイドに会ったらすぐに渡そう――そんなことを思いながら踵を返し、二人と別れた場所へと戻ることにした。



 単独行動を終えた後、足早に来た道を引き返してみると、先程まで私達三人がいた場所である花畑の中にロイドの姿はないようだった。もしかしたら彼も待ちくたびれて散歩へ行ってしまったのかもしれない。それはそれで仕方ないので、私は二人の帰りを待つことにした。

 だが、こんな綺麗な花畑でただ立っているだけというのももったいない。

 せっかくだから花畑の周辺をもう一巡してこようか、と思った矢先、後方から私の名を呼ぶ声が聞こえ、足を進めることなく振り向いた。


「あっ、ロイドだ」


 呼び止めたのは、私が今まさに向かおうとしていた方向と逆側からやってきたロイドだった。


「離れてしまって申し訳ありません。私のような者が花畑の中心で立っているのは少々……ですので少し離れたところで休んでおりました」

「ううん、こちらこそ勝手に一人で行動しちゃってごめんなさい。男の人一人じゃ確かに居心地は悪かったかもしれないね」


 周囲を見渡しながら、私は苦笑いを浮かべる。

 他の観光客の姿は未だにみられるものの、時間の経過とともに家族連れは少しずつ減ってきているようで、反対に男女の二人連れの姿が増えている。雰囲気も良いし、デートスポットとなっているのかもしれない。


「私もこの中で堂々としている勇気はないかも。ごめんね本当迷惑かけちゃって」

「いえ、コトハが花祭りを楽しんでいるのならば私はかまいません。先程一人でどこかへ行かれていましたが……何か、気になるものでもありましたか?」

「んー、なんだろ、気になるものっていうか……」


 理由も言わずに突然単独行動を申し出たのだ、ロイドも気になるはずである。

 しかしこの場合、何と言えばいいのだろうか。先程は言い逃れのできない状況でクロノスに見つかったから率直に言うしかなかったけれど、このカップルだらけの場所で理由を言うのもなんだか気恥ずかしい。


「……コトハ?」

「ああ、うん……ちょっと場所移動しよっか。あっちのサクラが咲いてるところで話そう」

「……?はい」


 私の言葉にロイドは不思議そうに眼を瞬かせていたものの、結局何も聞かないまま一緒に指定の場所へと移動してくれた。別にそこまで大層な理由ではないのだが、公の場で言うものではない気がする。そして、華を渡す場面を他人に見られるのもなんとなく恥ずかしかったので、現在私達はあまり人気のないサクラの木の陰にいる。


「コトハ?何故このようなところへ?」


 戸惑ったように声をかけてくるロイドを前に、私は小さく笑って懐を探る。


「今日出会った踊り子さんにね、花祭りの夜に渡すっていう華をもらったの」

「華……赤華と白華のことでしょうか?」


 躊躇いがちな返答に、私はこくりと頷いた。


「うん、そうそれ。大切な人に渡すものだって聞いたんだけど、どの色を渡そうかずっと迷ってて……」

「…………」

「でも、どんな色を選んでも別に気持ちは変わらないなって思って。だからこれ、ロイドにあげるね」


 言い終わると同時に、私は袋から取り出した華――――赤華を笑顔でロイドへと差し出した。

 その瞬間――何故かロイドが息を呑む音がした。

 見れば、ロイドは目を軽く見開き、驚いたような表情で固まっている。


(あ、あれ?……もしかして、あまり嬉しくなかったのかな……?)


 この華自体ロイドの趣味ではなかったのかもしれない。でもこれは私の気持ちを示すようなものだし、このまま手を引っ込めるのも違う気がする。

 そんな風に、驚きを露わにしているロイドに内心焦りを感じ始めていた――次の瞬間。


 ぐい、と腕を引かれ、一気に距離を詰められる。

 え、と思う間もなくそのまま引き寄せられ――――気が付けば、私の身体はロイドの腕の中に収まっていた。

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