第19話
メルカ遺跡に行くことは、既に決定事項のようである。
私とロイドの二人は、もともとメルカ遺跡に行く理由が無いため、クロノスの用事に付き合うという形となる。私達の今後に明確な予定というものは何も無く、ただ“私をこの世界に慣れさせる”という不透明なものしか存在しない。ならば冒険者としての視点からも、見聞を広めていくことも良いのではないか――それが話し合いの末に出された結論である。
好奇心と、不安や恐怖などの感情がせめぎ合う。行ってみたいと言ったのは私自身なのだけど、いざこうやって行くことが決定してしまうと、やはりというべきか、不安が頭をもたげてきてしまうのだ。
ロイドにもらった守護精霊の指輪と、クロノスにもらった守りのペンダント。二つを身に着けているだけで、強力な守護の力が働き危険を遠ざけてくれるというが、効果の程はよくわからないし、実際に本格的なダンジョンに潜るのも初めてだ。だけど、今更不安になってきたから止めよう、なんて言うつもりは毛頭ない。
これは現実なのだと理解はしているつもりだけど、深く考えずに好奇心に負けてしまった自分を省みれば、もしかしたらまだ、ゲーム感覚が抜けずにいるのかもしれない。それは極めて危険な状態であるのだが――それを私がしっかりと理解する暇も無く、話はどんどん進んでいく。
まず私が最初に言い含められたことは、とにかくクロノスとロイドから離れないようにすることだった。モンスター自体は二人に任せていればなんとかなるだろう。だが、守られる側の私自身が二人から離れてしまえば、私に何かあってもすぐには対応できなくなってしまう。戦力も分散されるし、何より戦いにくくなる。全員が初めて足を踏み入れる場所であるから、心配事はできるだけ減らしておかなければならなかった。
私が彼らの話に一も二もなく頷くと、今度は遺跡探索にあたっての作戦会議へと移っていった。
遺跡探索自体はクロノスもロイドも初めてではないのだが、侵入者を先へ進ませないような仕掛けや、モンスターの量や質など、場所によって何もかもが違ってくる。よってむやみに動き回らず、慎重に進むべきだとロイドは主張した。ロイドの意見にはクロノスも
というか、私はこの話し合い自体にあまり口を挟めない。だって私はある意味おまけのようなものだから。
だから、とりあえず話の流れに合わせて相槌を打つくらいしかしていなかったんだけど――
「アタシの結界を破ったくらいなんだもの!コトハちゃん、アナタには期待してるわよっ!」
「……えええ!?」
――そんなことを突然言われてしまったら、普通は驚くと思うんだよね。うん。
「ク、クロノスったら何言ってんの!?そんな風に期待されたってなんにも出ないよ!?」
「あらそーお?アタシは意外といい線いってると思うけどー?」
ほとんど冗談みたいなものだろうと勝手に判断し、適当に流そうとしたのだけれど、クロノス的にはそれなりに本気だったようだ。
曰く、クロノスの結界を偶然にも破ってしまったということも要因のひとつではあるが、それ以上に私が異世界の人間であるということが大きいのだそうだ。
以前クロノスが私に向かって言った「
この世界の人間は、大なり小なり内に魔力を秘めているものらしく、
話を聞く限り、どうやら私からはひとかけらの魔力すら感じ取れないらしい。魔力が溢れるこの世界で、それは極めて稀有な存在なのだとクロノスは語った。私の話をあっさりと信じたのも、これに起因するのだとか。
それはそうだ、と私は思う。現代日本に生きる私達には、魔力なんて必要のないものだったから。
「魔力が無い人間なんて初めてだもの。アタシの結界を破ることができたくらいなんだし、ちょっと期待しちゃってるのよねー。もしかしたら、メルカ遺跡に張り巡らされた不思議な力も打ち破ってくれるんじゃないか、ってね?」
「ええー、無い無い!そんなの絶対ありえないから!」
「えー絶対あるわよぉー!」
「なーいー!」
「あーるー!」
……我ながら、なんとも子供じみたやりとりだったと思う。
現に、私達のやりとりを静かに聞いていたロイドは、こめかみを押さえながら小さくため息をついていた。
「……クロノス、それはこの際どちらでも良いでしょう。それよりコトハをあまり危険に巻き込まないでくださいね」
「そんなつもりなんて無いわよぉー。まったくロイドったら本当に心配性ねェ」
「私はただ、コトハを危険な目に遭わせたくないだけですよ。それでもコトハが行きたいというならば、私が彼女に危険が及ばないよう守るだけです」
「あー、なんかごめんねロイド。我が儘言っちゃってほんと申し訳ない」
「い、いえ、コトハが謝ることでは……!」
ロイドが私の身の安全を第一に考えてくれていることは知っていたので、思わず謝罪の言葉を口にすれば、彼は慌てたように私の方を向いた。
「ふふっ、やっぱりコトハちゃんには甘いのねェ。アタシにもそれくらい優しくしてほしいものだわー」
クロノスがくすくすと笑いながら軽口を叩く。
それに対するロイドの返答は「コトハは特別ですから」というもので、私はくすぐったいような恥ずかしさから笑うことしかできなかった。耐性が無いぶん、異性からのそういう言葉にはまだまだ慣れそうにないな、うん。
「……さあて、話もまとまったことだし!」
注意を引くように、クロノスがぱん、と両手を打ち鳴らした。
「アタシは早速準備の方に取り掛かることにするわ。だから少しだけ別行動させてもらうわね」
「えっ、もう!?」
驚いて反射的にそう言うと、クロノスは私の方を見てぱちりと片目を瞑る。
「ふふ、こういうのは早いほうが良いのよコトハちゃん。やらなければならないことはたくさんあるわ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ。必要なものは買わなければならないし、それぞれに支度も必要でしょう?」
「そっかー、でもそりゃそうか。じゃあさロイド、私達もいろいろ準備しなきゃいけないよね?」
ロイドの方に顔を向けると、彼は「そうですね」と頷いた。
「クロノスがこの場を離れるというのであれば、一度解散したほうが良いと思いますよ。その後準備に移るべきかと」
「そだね、じゃあそうしよっか!クロノスもロイドも、いったん解散ってことでいい?」
「いいわよー」
「私もかまいません」
私の提案に反対する者は誰一人としていなかったので、先程の私の言葉通り今日はこのまま解散する運びとなった。
再集合は二日後。
メルカ遺跡に向かう日も、その日に決定したのだった。
* * * * * *
さて、クロノスと別れた私とロイドは、それから街の道具屋へと足を運んでいた。
冒険に必要なものをロイドに聞いてみたところ、武器や防具などの装備品は現状のままでかまわないらしいので、とりあえず道具を一通り買い揃えておこうということになったのだ。
(ロイドの話だと、回復アイテムっぽいのもあるみたいだけど……どんな感じなんだろ?)
考えてみたところで、実際に目にしなくてはわからないのだけど。
でもまあ、ゲームとそんなに大差はないだろう――――なんてことを
「……うわあ」
道具屋の内装は、まさに“アイテム屋”といったような様相を呈していた。
瓶詰めされた液体に、きらきら光る羽のようなもの、それから何に使うのかわからないような怪しげな物体などなど――至る所にさまざまなアイテムが整然と置かれている。色もとてもカラフルで、こうやって店内をただ眺めているだけでも楽しい。なんだかわくわくしてきて、思わず笑顔になってしまう。
「わー、これなんだろー?綺麗だなあ。あっ、こっちのもなんか綺麗!」
ここに来た目的も忘れて、ふらふらと店内を歩き回ってしまう。
そんな私の名を、ロイドは仕方がないといったような穏やかな声音で呼ぶ。
「コトハ」
「……!」
やんわりと諌められたことに気付いた私は、すぐさま店内を見るのを止め、ロイドの傍に駆け寄った。
(本当はもう少し見ていたかったんだけど……)
少しだけ残念に思いながらも、私はロイドにごめんと謝っておく。
それでもたまに視線が周囲に向いてしまうので、私の内心などロイドにはお見通しだったのかもしれない。ロイドは微笑ましいものを見るように目を細め、私の頭にぽんぽんと軽く触れてきた。
「……!?」
驚いて目を見開く私に、ロイドは優しく微笑みかけると、私から視線を外しカウンターへと歩み寄っていく。
(びっくりした……ロイドっていつも紳士的だから、何の理由も無くこんな風に触れてこないはずなんだけど……あ、いや、でもそれなりにスキンシップはあったかな)
主と仰ぐ割には、たまにこうして私を甘やかすような行動をとってくる。
別に敬われたいわけでもなくできれば普通に接してもらいたい私としては、主従関係のように距離を置かれていないことに安堵するのだが――なんというか、異性にそんなことをされては、ひたすらにくすぐったい。
(ううむ、異性との距離感ってよくわかんないなあ……こんなもんなのかな?)
触れられた箇所を片手で押さえながら、私は内心首を傾げるのだった。
「体力回復剤と魔力回復剤、それから
ロイドが店員に話しかける声が聞こえ、私は慌ててロイドの傍に小走りで寄っていく。
店員はロイドの注文を口頭で繰り返しながら、カウンターにアイテムを並べていった。
「ロイド、何買うの?これなに?」
横から覗き込むようにして並べられたアイテムをじっと眺めていると、ロイドが口を開く前に店員が説明を付け加えてくれた。余談だが、応対してくれた店員は笑顔のよく似合う眼鏡の好青年である。
「お嬢さんは初めてなのかな?この赤い液体の入った瓶が体力回復剤で、青い液体の入った瓶が魔力回復剤。冒険者には欠かせないアイテムなんだよ。体力回復剤は、身体に溜まった疲れをとり、戦いで負った傷を癒す効果がある。といっても、即効性は無いから注意は必要だよ」
「即効性が無い?」
「そう。体力回復剤の効能はあくまで身体の自己免疫力を高め補助することだからね。疲労回復効果はけっこうすぐに出るみたいだけど、傷は治りが早くなるくらいかな」
「へえ……」
使用すればすぐに体力が回復するゲームとは何かが根本的に違うようだ。
体力は数値化されないし、傷や病がたちどころに治るような便利アイテムなんて現実には難しいのかもしれない。最も、
「魔力回復剤は、そのまんま魔力の回復かな。
うちの店もこの一枚で最後なんだ、と店員はおどけた調子で笑いながら、カウンターに広げたアイテムを紙袋に詰め込んでいく。私はその様子を見やりながら、店員に「教えてくれてありがとうございます」と礼を言っておいた。
店員がひとつひとつ指さしながら懇切丁寧に説明してくれたおかげで、私もどれがどのアイテムなのか理解することができた。ゲームとの違いもわかったし、本当に感謝感謝だ。
「代金ちょうどだね。はい、お嬢さん。品物どうぞ」
「あっ、はい」
ロイドが代金を支払ってくれたので、店員が私に品物の入った紙袋を差し出してくる。
それを素直に受け取るために両手を差し出そうとすると、それを制するかのように横から腕が伸びてきて、私より先に店員から紙袋を受け取ってしまった。
「帰りましょう、コトハ」
軽々と片手で持ち上げられた紙袋。
随分と自然な動作だったけれど、もしかして私の代わりに持ってくれたのだろうか。
「えっ、持ってくれるの?」
「ええ。これはコトハには重いでしょうから」
「確かにいっぱい入ってて重そうだったから助かるけど……本当にいいの?」
「お気遣いありがとうございます。ですがこれはさすがに女性には持たせられませんよ。何のために私がいるのですか」
「そ、そう?じゃあ、お願いするね。ありがとう」
紳士だ、ここに紳士がいる。
そんなことを思わずにはいられない私だったが、とりあえずはロイドに荷物持ちをお願いすることにした。
「ありがとうございましたー。また来てくださいね」
そうして、店員の朗らかな声に見送られながら私達は道具屋を後にしたのだった。
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