第18話
そうしてやってきた、約束の日の朝。
つい先程朝食を食べ終えたばかりの私とロイドは、カティア特製ブレンドコーヒーをいただきながらのんびりとくつろいでいた。
食後のコーヒーは、宿泊客へのサービスの一環らしい。飲み物の種類も豊富で、紅茶やジュースなど、コーヒー以外にも選択の幅は広い。今回はロイドと同じものを頼んでみたが、香りも良く、味の方も濃い目でとても美味しかった。もともとコーヒーはあまりにも濃すぎなければ問題なく飲めるのだが、この特製ブレンドコーヒーはやや苦め。なので、私はミルクと砂糖を一さじ追加している。ちなみに、ロイドはブラックで飲んでいた。
妖精のやどり木は、今日も盛況だ。
私達と同じようにゆっくりと朝のひとときを過ごす人の姿もあれば、纏めた荷物を背負って足早に宿屋を後にする人の姿もある。誰かがチェックアウトしたと思ったら、また別の誰かがチェックインしていく。誰かが出入りするたび、ドアベルの軽やかな音が耳をくすぐっていく。決して耳障りではない、日常の雑多な音が、そこかしこから聞こえていた。
また、チリンとドアベルが鳴る。
瞬間、向かいに座ってコーヒーカップを傾けていたロイドがぴくりと反応を見せた。そしてそのままコーヒーカップをテーブルに置くと、入口の方へと視線を投じる。不思議に思いつつも彼の動きに倣うと、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「……クロノス!?」
宿内でひときわ目立つ派手な格好の青年――クロノスは、私が上げた驚愕の声に気が付いたのか、私達のいる方向へと顔を向けた。クロノスは視線の先に私とロイドの姿を認めると同時にぱっと笑顔になり、足早にテーブルの方へと近寄ってくる。
「……うふふっ、みーつけた!」
上機嫌にやってきたクロノスに、私は淡く笑んで答える。
「おはよークロノス。一日ぶりだね」
「おはようコトハちゃん。ロイドも相変わらずいい男ね」
「……おはようございます」
ぱちんと綺麗なウインクを投げられたロイドは、貼り付けたような微笑みのまま会釈する。
反応が薄いところを見るに、クロノスの台詞の後半についてはスルーを決め込むことにしたようだ。
クロノスはロイドの反応を意に介した様子も無く、自然な動作で私の隣の空いている席に腰掛け、きょろきょろと周囲を見回した。
「素敵なところねェ。アタシもここに宿を取れば良かったかしら?」
「そだねー、いいんじゃないかなあ。女将さんに聞いてみたらどう?」
「ふふ、それも良いかもしれないわねェ。でも、その前に」
クロノスは言葉を区切り、ずいっと上半身を前に乗り出した。
「アタシの提案の件、考えてくれたのかしら?」
にっこり、という文字がはっきりと視覚化してしまいそうな気がするほど、朗らかに微笑むクロノス。
明らかに何かを期待しているような表情だ。私達が断るとは微塵も考えていないような、そんな表情。
これから告げる私達の総意は、彼の意に沿った形になるのだが――はじめから結果に確信を持たれていたようで、ちょっと悔しい。
「もちろん考えたよ。そして答えもちゃんと用意した」
クロノスの視線が、私の方を向く。
「それで?お返事は?」
「ええっと……」
クロノスに答えながら、私はちらりとロイドの座っている方向を見る。
私が喋ってしまっても良いのだろうか、という迷いを視線に込めてみると、彼は私に向かって小さく頷いてくれた。私が返事をしてもかまわないらしい。私はクロノスに視線を戻し、口を開いた。
「……私はまだまだわからないことだらけで、今はロイドに頼ってばかりなの。冒険者ってわけでもないし、不思議な力も無いし、きっとクロノスにもたくさん迷惑かけちゃうと思う。だけど、クロノスがいてくれたらすごく助かると思うんだ。……だからクロノス、私達の仲間になって?」
「……っ!」
どう伝えればいいかよくわからないまま喋ったら、少したどたどしい感じになってしまった。
だけど、嬉しそうに笑み崩れるクロノスの様子を見る限り、私の意思は伝わったのだと思いたい。
「……ああっ、もう!なんてかわいいことを言ってくれるのかしらこの子はっ!」
「うわっ!?」
嬉しいを通り越してもはや感極まった様子のクロノスに、いきなり横から抱き着かれた。
ぬいぐるみでも愛でるかのようにぎゅうぎゅうと締め付けられ、彼の腕の中から抜け出したくても抜け出せない状況だ。普段なら恥ずかしくて照れてしまいそうな行為なのだが、当のクロノスが嬉しさで力加減を間違えているのか何なのか、息苦しいとしか思えない。それだけが救いだ。
(……いやいやいや!どう考えても救いじゃないよねこれっ!)
「あの、ねえ、ちょっと!苦しいんだけど!?」
「クロノス。コトハを離していただけますか?」
自分に内心突っ込みを入れながらも、さっさと解放してもらうべく、クロノスの胸をぺしぺしと叩く。黙って事の成り行きを見守っていたらしきロイドも、目の前の光景に顔をしかめてクロノスを諌めてくれる。
聞き入れてもらえるか多少不安だったものの、クロノスは私が苦しがっていることに気付いたのか、素直に身体を離してくれた。身体を締め付けていたものが無くなり、ほっと息をつく。
「あらやだごめんなさい!嬉しすぎて力加減を忘れちゃってたわ!ごめんなさいねコトハちゃん」
「う、ううんそれは全然いいんだけど……」
思いの外強い力で抱きしめられたことには内心驚いている。
多少の違いはあれど、彼もやっぱり男性なのだということを思い知らされたような気がした。
「コトハ、大丈夫ですか?」
ロイドが心配そうに尋ねてくる。
私はロイドに大丈夫だと答えてから、もうほとんど冷め切ってしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「そうだ、ねえ二人とも?早速だけど、仲間の一人として、いくつか聞いても良いかしら?」
話も一段落したことだし、とクロノスがテーブルに片肘をつく。
「質問?なに?」
私はクロノスの方に身体ごと向き直り、彼の顔を覗き込む。
ロイドも同様に、クロノスの言葉に意識を傾けようとしていた。
「ロイドが冒険者っていうのはわかるわ。見るからにそうなんだもの。でもさっきのコトハちゃんの話を聞く限り、コトハちゃんは戦えない。ここまでは合ってるわよね?」
「うん、だいたい合ってるよ」
「そうですね。コトハは戦うことはできませんが、大切な仲間であり私の
「もう、だから私は
「……ふうん?」
私達のやりとりを聞いて、クロノスが面白そうに目を細める。
「よくわからないのだけれど……騎士のふっるーい習わしのことならアタシも聞いたことがあるわ。仕えるべき主人を持つとか持たないとかってやつ。要するに、アナタ達の関係はそれに近いものってことかしら」
「はい」
「いやいやいや、はいじゃないでしょ!私そんな大層な器じゃないからね!?」
クロノスの問いに真顔で頷くロイドに、思わず突っ込んだ。
すると、クロノスは私達のやり取りをみてくすくすと笑みをこぼす。
「ふふっ、だいたいわかったような気がするわ。コトハちゃんの意思はどうあれ、ロイドはコトハちゃんに忠誠を誓っていると……そういうわけね」
「私の意思はどうあれって……うう、もう、そんな簡単に片付けないでよね!」
「はいはい、わかったわかった。あ、ちょっと話題を変えるわね。アナタ達って、これからどうするつもりだったの?」
「……どう、って?」
質問の意味がわからず首を傾げると、クロノスは「今後のことよ」と微笑んでみせる。
「これから一緒に行動するのだから、アナタ達の目的くらい把握しておかなければならないでしょう?一口に冒険者といっても、目的はそれぞれ異なっているもの。旅の途中であるなら、次の目的地はどこかとか……」
「目的、かあ……」
(……やっぱ、そうくるよねえ)
私はなんともいえない表情のまま、ロイドを見やる。
視線の先のロイドも、苦笑気味に「そうですねえ」と呟いたまま考える素振りを見せているだけで、説明に入るまでには至らない。やっぱり私と同じように、どう説明しようか迷っているみたいだ。
クロノスは煮え切らない私達の様子に何か事情があるのだろうとでも踏んだのか、何も言っては来ず、私達の言葉を待っているようだった。
こちら側の事情は、クロノスを仲間にすると決めた時点で話すことに決めていた。説明しづらくとも、言葉にしないことには始まらないのだ。
「ええっと、ごめんクロノス、そのことなんだけど……」
「ん?」
「あのね、んーと、ちょっとここでは説明しづらい何かがありまして……ちょっと私達の部屋の方に来てもらってもいいかな?」
説明すると決めてはいても、公の場で話すようなことではない。
場所を変えたい旨を伝えると、クロノスは快く頷いてくれた。
* * * * * *
「――――へえ、そうなの。不思議なこともあるものねえ」
場所を私の部屋へと移し、大まかな事情を説明した直後のクロノスの反応がこれである。こちらが拍子抜けしてしまうほど、クロノスの反応は実にあっさりとしたものだった。
それは本当の話なのかとか、嘘ではないのかとか、もっと他に反応はありそうなものだけれど――本人は「不思議な出来事は往々にしてあるものよ」と肩をすくめるだけ。何にせよ、すんなりと信じてくれたようで本当に助かった。
(だって、これ以上説明しようが無いんだもの)
内心そう呟きつつ、私はふうと安堵のため息をついた。
「それにしても本当に不思議ねェ……コトハちゃんが異世界の人間だなんて。全然そうは見えないわあ」
椅子に深く腰掛けるクロノスが、しみじみと呟く。
私はクロノスに意見に同意するように笑ってみせた。
「あはは……まるっきり普通の人だしね、私」
「それでも、コトハが世界を渡ったのは揺るぎない事実でしょう。……クロノス、貴方はわかりますか?コトハが元の世界に戻るための方法などは」
ロイドの静かな問いかけに、クロノスはゆっくりと首を振る。
「……ごめんなさい、この件に関してはアタシもお役に立てそうにないわ。世界を渡る魔法なんて聞いたことも無いし、異世界の人間に会ったのも初めてよ」
「そっ、かぁ……」
半分以上わかりきってたことだったけど、やっぱりちょっと気落ちしてしまう。
「コトハ……」
ベッドの端に座ったまま少しだけ俯く私の背中に、傍らに立つロイドが気遣うように触れてくる。
「落ち込む必要などありませんよ、コトハ。また探せば良いだけのことなのですから」
「そうよコトハちゃん!世界は広しって言うし、コトハちゃんを元の世界に返す方法だってきっと見つかるはず!アタシも
「ロイド、クロノス……二人ともありがとう」
元気づけてくれようとしている二人の気持ちが純粋に嬉しい。
「……そうだよね、諦めない限り方法なんて絶対に見つけられるはずだよね。だったらこんなことで落ち込んでなんかいられないよね!」
自分を奮い立たせるようにそう言うと、私は勢い良く椅子から立ち上がり、ロイドとクロノスに向き直った。
「よし、じゃあせっかくだし、これからどうするか話し合っちゃおっか!」
「そうですね。当初の予定では、コトハがこの世界に慣れるまでティレシスに滞在することになっていましたが……」
「二人が良いならそれで良いんじゃないかしら?何も知らないまま連れ回すのはちょっと酷だと思うし」
ロイドの言葉に、クロノスが賛同するようにひとつ頷いた。その迷う素振りの無いあまりの即答っぷりに、私はつい目を丸くしてしまう。
「えっ、でもクロノスはそれでいいの?何かクロノスにもやりたいこととかあったんじゃ……?」
「いいのいいの。アタシは別に明確な目的があって旅をしていたわけじゃないし……ああ、でも、そうね。ちょっと、気になっていたことはあったかもしれないわね?」
「気になっていたこと?」
興味を引かれ、反芻する。
するとクロノスは、椅子の背もたれから身体を起こし、おもむろに服の内側を探り始めた。間を置かずに懐から取り出されたのは、折り畳まれた一枚の紙。古びた羊皮紙のようなそれを、クロノスは私達の目の前に広げて見せてくれた。
「これは……地図、ですか?」
提示された紙を一瞥したロイドが、確認するように呟いた。クロノスはロイドの呟きを首肯すると、付け加えるように口を開く。
「この地図はアタシがつい最近手に入れた代物でね?メルカ遺跡っていうんですって」
「遺跡……ってことは、その地図はそのメルカ遺跡ってところのものなの?」
「ふふっ、大正解!」
手に入れるの結構苦労したのよー、とおどけたように言いながら、クロノスは私とロイドを順番に眺めていった。
「メルカ遺跡は、商業都市ティレシスの北部にある古い遺跡なんですって。この遺跡を踏破した者は誰一人としていないらしいわ」
「……それは何故なのでしょうか?多少入手困難でも地図が出回っているということは、誰かが足を踏み入れていてもおかしくないはずですよね?」
もっともすぎるロイドの言葉に、クロノスは苦笑しながら首を横に振る。
「足を踏み入れるだけなら、誰だってできるわ。問題はそこからよ」
クロノスは右手の人差指をぴんとたて、続けた。
「ここからはアタシが集めた情報になるけど……モンスターは棲みついているわ仕掛けはあるわで、まあこのあたりは冒険者ならなんとかなる程度ね。途中までは問題無く進めるらしいわ。でも、途中から魔法のような不思議な力に阻まれて進めなくなるらしいの。そう、まるで侵入者を拒むかのように、ね」
「不思議な力かぁ……」
今更だけど、ますますこの世界というものが不思議に思えてきた。
(でも、メルカ遺跡……そんなダンジョンあったっけかなあ?)
記憶の引き出しを開けてみても、そんな名前はどこにも見当たらなかった。私自身が知らないだけかもしれないし、MMORPG【レヴァースティア】の舞台に無かった場所かもしれない。
「……どう?興味そそられない?」
悪戯を思いついたような、そんな表情でクロノスがぱちりと片目を瞑る。
それを見て、ロイドがすっと目を細めた。
「まさかとは思いますが、クロノス。もしや貴方はその
「ふふっ、さっすがロイド!話が早いじゃなーい!」
クロノスは楽しそうに笑いながら、メルカ遺跡の地図を再度畳んで懐にしまい直した。ロイドは何故か私をちらりと見やってから、小さくため息をつく。
「はあ……クロノス、先程貴方も仰られていたでしょう。何も知らないままコトハを連れ回すのは酷だと。それに、話を聞く限りメルカ遺跡が私達にとって安全だとは言い切れません。危険すぎるでしょう」
「それはまあ、確かに少しは危険かもしれないけれど……せっかく地図を手に入れたのだから行ってみたくはなるでしょう?もともと一人ででも向かってみるつもりだったし、せっかくだから二人も行ってみない?」
「生憎ですが、私はコトハを危険な目に遭わせたくはありませんので」
「んもう、つれないわねェ……で、コトハちゃんはどうかしら?」
「――えっ、私!?」
ぼんやりと傍観に徹していたところに突然話を振られ、驚きに目を見開いてしまう。クロノスは、そんな私ににっこりと笑いかけてきた。
「ロイドはこの通り反対みたいだけれど……コトハちゃんはこの遺跡についてどう思う?」
「どう思うって……うーん」
「不思議な力を突破できたその先に何があるのか――気にならない?」
もちろん気にならないわけではない。オンラインゲームだったら、回復系アイテムやら
だけどこれは紛れもない現実であるということを、私はもう知っている。オンラインゲームではモンスターの攻撃を受けたらHPが減っていったけど、ここで減るのは自分の命の灯だ。先日の依頼ですら足手まといになっていた私が、本格的なダンジョンに挑んで勝てる気がしない。
「気にならないわけじゃない、けど……命の危険が伴うんでしょ?そんなところに私が行っていいものかな?」
「ここにはロイドっていうつよーい
「う、うーん……」
もちろんメルカ遺跡という場所が危険だということはわかりきっている。
でも――ちょっとだけ。ほんの少しだけ、好奇心が刺激されたことも本当なのである。
それを見抜いてか、クロノスは畳みかけるように話を続けた。
「それに、これからアタシ達は旅をするのでしょう?旅には危険がつきもの。ものしかしたら今後こういう場所にも足を踏み入れることもあるかもしれないわ。その練習だと思えばいいのよ」
「練習にしてはいささか危険すぎると思います。コトハにはまだ早い」
「こういうのは実際に体験しなければ、よ。それが一番手っ取り早いと思うけれど?」
「ですが――」
――当人を除いての言葉の応酬が、何故か始まってしまった。
(ああ……なんかよくわかんないけど申し訳なくなってきた……)
新しい仲間であるクロノスはメルカ遺跡に行ってみたいと言うが、ロイドは私を
(残念ながら一般人だもんねえ……ああでも、もしかしたらメルカ遺跡にこそ何か帰るための手掛かりがあるっていう可能性も無きにしも
そんなことをつらつらと考えていた私の耳には、ロイドとクロノスのやり取りが現在も届いている。
どこまでいっても話は平行線だ。これは私が自分の意見を言うまで続くのではなかろうか。
(あんまり言い合って険悪ムードになっても困っちゃうし……)
話を終わらせるためにも、とりあえず私の今の正直な気持ちを言ってみようかと、私は意を決して話に口を挟んでみることにした。
「あ、あのー、二人とも?」
おずおずと話しかけると、ロイドとクロノスは話を止めてこちらに顔を向けてくる。私は二人の視線を受け止めながら、口を開いた。
「私、そのメルカ遺跡ってところ、ちょっと気になるな」
「……コトハ!?」
「あっ、もちろん簡単なことじゃないってわかってるよ!?ただ……ほら、メルカ遺跡の奥って不思議な力で守られてるんでしょ?なら、もしかしたら遺跡に帰るための手掛かりが転がっているかもしれないじゃない?本当にもしかしたら、だけど」
「……ですが、コトハの身に何かあっては」
「うん、絶対危険だと思う。前回みたいにモンスターから逃げられるわけじゃないし。だから、戦う術か、自分を守る術を身に着けることができたら、行ってみても良いんじゃないかって」
言いながら、私は自分の右手に視線を落とす。
右手の中指には、ロイドからもらった“守護精霊の指輪”が嵌っている。
「……ですが、私はまだ……コトハを戦わせたくない」
指輪の存在に気付いたロイドが、困ったような表情を向けてくる。
戦えないくせに何我儘言っているんだろう、とは私も思うんだけど――
「……なるほど。じゃあ身を守る術があれば大丈夫ってわけね?」
黙って私とロイドのやりとりを聞いていたクロノスが、ふいにその場に立ち上がる。
突然立ち上がったクロノスに驚いてそちらを見やれば、彼は何かを思いついたような表情で「まあ見てて」と自身の前方に向かって両腕を伸ばした。
何をしているのだろうと、私が首を傾げるよりも先に――クロノスの両手が燐光を帯びた。
「――我が求むるは守護の力。応えよ」
詠唱のような言葉ののち、クロノスの両手が先程よりも強い光で輝き始める。やがてその強い光はクロノスの手を離れ、球体になり、見る見るうちに別のものへと形を変えていった。
やがて現れたのは――――美しい装飾が施された、涙型のペンダント。
「……って、ちょっと待って!?えっ、ナチュラルに何してんのクロノス!?」
「まさか魔法、ですか……?」
あまりのことに驚愕し、とりあえず突っ込んでしまった私の代わりに、ロイドがどういうことか尋ねてくれる。問いかけるロイドもやはり、驚きを隠せないらしく、目を見張っている。それはそうだ、目の前でいきなり魔法を使ったと思ったら、それがまさかペンダントになってしまうなんて。
しかしクロノスは私達の様子に動じた様子も無く、にやりと唇を弧の形にし、たった今この場に出現したばかりのペンダントを指先で摘み上げた。
「これは、アタシの魔力で創った守護の力を有するペンダントよ。コトハちゃんにあげるわ。モンスターを退けるまではいかないまでも、それなりに効果はあるんじゃないかしら」
「装飾品を創った……?まさかそんな、いくら貴方が
「
ロイドの言葉を遮るように、クロノスが優しい口調で言い放った。しかし、それはどこか有無を言わさぬような響きを孕んでいるような気がして――私もロイドも、それ以上は何も聞くことができなかった。
聞かれたくないことなのかもしれない、と漠然と思う。だからその代わりに、私は違う質問を投げかけることにした。
「そんなすごそうなもの、もらってもいいの?」
「もっちろんよ!だってこれはアナタのために創ったモノなんだもの!遠慮なく受け取ってちょうだい?ああもちろん、その
――守護精霊の指輪のこと、知っていたのだろうか。
「……ありがとう」
そんなことを思いながらも、私はクロノスからペンダントを受け取るのだった。
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