第11話
「それで、今日はどうするの?女将さんと話せるのはもうちょい後なんでしょ?」
一階フロアで遅めの朝食を取りながら、私はテーブルを挟んで向かい合うロイドに声をかけた。
今日の朝食は、昨夜とは異なる種類のパンに、中心にパセリを少量散らしたきのこのクリームスープ。それからふわふわのスクランブルエッグと、カリカリに焼いたベーコンというメニューだった。
パンに使用するためのジャムも数種類置かれていたが、私はその中からイチゴジャムを選んだ。ロイドは無難にバターを選択したみたいだけど。
「そうですね。コトハさえよければ、街に出てみようと思っています」
「街?」
「ええ。まずはコトハの服を揃えようかと」
「服……」
私は、自分の服装を見下ろした。
昨日とまったく変わらない、ロングTシャツにジーンズ。
着替えたいのは山々なのだが、生憎私は何も持っていない。朝方簡単にシャワーを浴びて身体自体は清めることができたものの、やっぱり清潔な服に着替えたかったという気持ちもある。今着ている服を洗濯して使おうにも、乾くまで時間がかかかってしまうし、いつまでも着た切り雀ではいられない。なので、ロイドの提案は素直にありがたかった。
「一着しか持ってなかったから、助かるよ。ありがとうね」
資金についてはロイド本人から気にするなと何度も言われているので、お礼の気持ちだけ伝えておく。あんまりしつこくても、うんざりされそうだしね。
「いえいえ。この際ですから、服自体何着か揃えておくべきでしょうね。その服装も動きやすそうで良いとは思うのですが、女性にしてはかなり珍しい部類に入ると思いますし」
「えっ、そうなの?」
「私の知る限りでは、ですが。生地もこちらのものとはまったく異なっているようですし、まず見かけない服装でしょう。女性はスカートを履くことが圧倒的に多いというのもありますが」
「そうだったんだ……じゃあこのままじゃ私目立っちゃうよね」
話を聞く限り、この世界の女性の大半はズボンを履く習慣があまり無いようだ。もしかすると、ズボンは男性が履くものであると認識しているのかもしれない。そういえば、この宿屋に辿り着くまでも女性はたくさん見たはずなのに、ズボンを履いている人を見かけることはなかったような気がする。
確かに、中世ヨーロッパ風のファンタジーな世界にこんなラフな格好は似合わないし、異質だと思う。オンラインゲーム内でプレイヤーが買える膨大な装備の中にも、課金で手に入るアバターにも、こんな服装は無かったはずだ。
(……やべー私超アウェイ!うわー何これなんかそわそわする!)
「……うん、ロイド、ちゃっちゃと食べて買い物行こう!ね、そうしよう!」
「?」
なんとなく落ち着かない気分になってきた私は、一刻も早く服を買いに行くことに決めた。
食事のスピードを速める私にロイドは不思議そうな顔を向けていたけど、詳細を説明する気にはなれなかった。
* * * * * *
食後の休憩を挟んだ後、私達は予定通り街へと繰り出した。
宿屋の女将であるとともに、今回の依頼主となるだろうカティアは、多忙につきまとまった時間がとれるのは午後になりそうだということだった。時間も指定できないとのことだったので、話し合いは私達が外出から帰ってきてから、ということにしておいた。
ティレシスの街中は、相変わらず人でいっぱいだった。
私達は雑談しつつも、人の波を縫って目的地に向かって進んでいく。
ロイドに案内されるまましばし歩き続けていくと、そのうち女性ものの服屋がたくさん並んでいる通りに出た。武器屋や防具屋といった武骨な店とは違って、このあたりの店はどれも華やかだ。客ももちろん女性が多い。というより、男性の姿はほとんどみられない。
ロイドは居心地悪くないのだろうか――と思い、確認の意味も込めてこっそり見上げてみるも、彼は平然としていた。どうやら杞憂だったらしい。むしろ、自分からどの店に入りたいかと聞いてくる始末だ。
きっと、ロイドにとってはこの程度取るに足らないことなのかもしれない。けれど、周囲の人間はそうではなかったようだ。
(……なんか、見られてる気がする。気がするっていうか、めっちゃ見られてるよ!)
ご婦人方の視線は、確実に私達に向けられている。私達、というよりは、ロイド単体にだけど。
黄色い悲鳴などは聞こえてこないまでも、似たような視線を向けられているような気がする。
今通り過ぎて行った若い女性なんかは、何故かこちらを二度見していた。
(うん、気持ちはわかるよ!ロイドイケメンだもんね!ちょっと王子様っぽいもんね!)
どこの世界の女性も、美形には興味を引かれるらしい。かっこいいだとか、素敵だとか、そんな声がどこからか聞こえてくる。当の本人は、気付いているのかいないのかわからなかったけど。
「……ねえロイド、あのお店に入ろっか」
これ以上注目されるのも何なので、私はロイドの服を引っ張って自分に意識を向けさせる。
私が指差したのは、通りの一番端にある小さな店。理由があって選んだわけではないが、ロイドは反対することなく私についてきてくれた。
「いらっしゃいませー」
店に入ると、三十代くらいの女性が出迎えてくれた。
店内にはたくさんの服が並んでいたが、どれを選べばいいのかさっぱりわからない。適当に手に取ってみるものの、日本とは勝手が全然違うので、自分には何が似合うのか本気でわからなかった。
「ううん、どうしよう……どれがいいんだろなあ。ロイドはどう思う?」
隣で何も言わずに私の挙動を眺めていたロイドに話を振ってみる。
女性人気がありそうなロイドなら、私に適切なアドバイスをくれるかもしれない、と思って。
「コトハはなんでも似合うと思いますよ。どれを着ても素敵だと思います」
「そ、そう……」
しかし、残念ながらロイドがくれたのは期待したような答えでは無かった。
仕方がないので、私は先程声をかけてくれた店員に聞いてみることにした。
「あのー、すみません。服を買いたいんですけど、どんなものがいいかわからなくて……よければ見立てて欲しいというか、ぜひアドバイスをいただきたいんですけど」
「ええ、お任せください。とびっきり素敵に仕立てて差し上げますわ!」
話しかけると、店員はにっこりと笑って快く承諾してくれた。
そのまま私は試着室へと案内されたのだけれど、ロイドはもちろん入ることができないので、私の服選びが終わるまで外で待っていてくれるみたいだ。つくづく申し訳ない。
店員は、私を試着室へと案内した後、店の奥へと引っ込んだが、すぐに両手いっぱいに服を抱えて戻ってきた。二、三着程度かと思いきや、なんだか量がおかしい。十数着くらいあるような気がする。
「え、えーと、ごめんなさいそれ全部ですか?」
「はい!お客様に似合いそうなものをたくさん持ってきてみましたの!ささ、この中から気に入ったものをお選びくださいまし!どれもわたくしのオススメ品ですの!」
「は、はい」
きらきらとした店員の笑顔に押されながら、私は並べられた服をざっと眺めてみる。
どれもこれも、今まで着たことのない種類の服ばかりだ。
(オススメだけあってどれもかわいいけど、ファンタジック……似合うかなあこれ)
とりあえず試着だけでもしてみようと、私はその中から数着を選んで試着室に引っ込んだ。
すべての服を試着するのは大変面倒なので、その数着の中からすべてを選ぶつもりだったのだが、何故か店員の反対に遭い、結局すべての服を試すことになってしまったのはご愛嬌である。
かなりの時間をかけつつも、最終的に私が選んだのは深緑色のワンピースだった。
胸元部分がプリーツになっており、通常より高めに設定されたウエストラインには繊細な白いレースが付いたリボンが巻かれている。スカート部分は生地が数枚重ねられているため透けることは無く、ふんわりと広がりを見せていた。実際に着てみると、ワンピースの長さは膝丈ほど。肩部分も半袖くらいの長さしか無かったので、シンプルな上着も一緒に選んでおいた。それから、店員に薦められた編み上げブーツも。
店員が持ってきてくれたものの中で一番目を引いたというのが決め手だ。普段着ないような服装だから少し恥ずかしかったけど、要は慣れだと思ってそこは早々に諦めた。
「まあまあっ!とってもお似合いですわよ!」
「あ、ありがとうございます……」
「お待ちの方にも、ぜひお見せしてみてはどうでしょう」
そう言われて、私はようやくロイドの存在を思い出した。
私は試着室を出ると、外で待つロイドのところへ行ってみることにした。
ロイドは、店の外で何をするでもなく静かに佇んでいた。
やっぱり多くの女性の視線を集めているようだったが、どうやら話しかけられることは無かったらしい。話しかけられているところに割り込んでいくような勇気など、私は持ち合わせていない。
「ロイド!」
名前を呼ぶと、彼は即座に反応して振り向いてくれる。
ロイドは私の姿を認めると、一瞬驚いたように目を見開いた後、優しい笑みを浮かべた。
「コトハ」
「ごめんね待たせて。店員さんと相談しながら選んでみたんだけど……ど、どうかな。あ、あんまり着たことない服だから、似合ってないかもしれないけど」
自分の服装を見て苦笑しながら、ロイドの反応を窺ってみる。
すると彼は、数拍の間をおいて――ふわりと照れたような笑みを浮かべた。
「……お似合いですよ、コトハ。とてもかわいらしくて、素敵だと思います」
(わ……わわ……)
まさか、そんな反応が返ってくるなんて思わなかった。
こんな風に、異性に褒められることなど無かったから――なんだか、ちょっと恥ずかしくなってきた。
頬が少しだけ熱くなるのがわかる。
(こ、こんな展開、知らないよ!)
「あ、ありがと!あの、じゃあこれで決定ってことで!ちょっと店員さん呼んでくるねっ!」
よくわからない展開は、避けるに限る。
動揺を隠すため、私はそそくさと店内に戻り、この服を購入するという旨を店員に告げた。
その動揺自体ごく軽微なものだったためか、ロイドが支払いのために自分も店内に入ってくる頃には、私の感情も落ち着きを取り戻していた。
(まったく!ストレートに感情表現するのはいいけど、言い回しがいちいち恥ずかしいんだから!)
結局、ロイドに買ってもらったのは先程の黒いワンピースを含めて数着ほど。
私達が会計を済ませて店を後にする頃には、既に時間も昼を過ぎていて――相談の末、私達はいったん帰途に就くことにした。店員の好意で黒いワンピースは着用したままになっている。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい。……ああ、コトハ」
「ん?」
「宿屋に戻ったら、渡したいものがあります。コトハにも、きっと必要なものでしょうから」
「……うん?」
私にも必要なものって、いったい何なのだろう。
疑問には思うものの、現物を見ないことにはどうしようもないので、帰ってからのお楽しみということにしておいた。それでもきっと、日用品とかそんなものだろうと気楽に考えていた。
――そのはず、だったんだけど。
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