エピローグ

 事情聴取が済み、僕が薬で眠らされていたことも分かると無罪放免で警察署を後にした。長期出張から急きょ帰ってきた父にひどく心配されたが、僕はそのことがとても幸せなのだと感じることができた。

 解放されてから数日後、雪華の遺体が海から揚げられたことが報道された。連続殺人事件の犯人ではないかとされ、この事件も収束に向かった。彼女は死ぬ前から時間を集めたおかげで人に認識してもらえるようになったのか、それとも死んだから、認識されるようになったのか、わからない。だが彼女が死んだことに僕は悲しさは感じなかった。それは彼女への気持ちが冷めたとか、そんな単純なものじゃない。僕は雪華の必死な生き様に憧れた。そして彼女の死もまた、その生き様の一つだと思うと、受け入れることこそが肯定だと思った。銃で後頭部を撃ち抜かれているということで、まだ事件が終わったわけではないとされているが、犯人はきっと佐鳥唯だろう。雪華を狙って、銃を持っているといえば彼女しかいない。

 六条千沙都の両親には会うのが辛かった。僕が冷たくあしらっていたということもある。その後悔。同時に事情を知っていたからでもある。だけどそれを僕が口にすることはできない。それは雪華を裏切ることだと思ったから。僕はあくまでも、雪華との最後の約束を守っている――いつか、本当に存在を取り戻したとき、そのときにまた会おう。

 雪華は死んだ。だけどそれで存在が消えたのだろうか。少なくとも僕の記憶の中でははっきりと生きている。今もまだ、雪華は僕の中で生きている。それがたとえ数人の中であったとしても、彼女は生き続けているはずだ。人の存在は記憶の相互関係の中にあるのだから。記憶、それは雪華の求めていた時間によってもたらされるもの。その時間を僕は持っていて、彼女の存在にとってはそれで十分だったのかもしれない。

 僕の悩みはどこかへ行ってしまった。世界を疑う、そんな悩みは僕が急速に現実に引き戻されることによって霧散してしまった。六条千沙都の死、それがきっかけかもしれない。彼女の死を無駄にしない、などというととてもおこがましいが、僕は千沙都に助けられたのかもしれない。殺したのは雪華で、僕もそれに加担していると言われれば否定はできない。僕にも罪がある。それでも罪を償うことなんてできないし、それができると思う方が傲慢だ。僕は彼女の死を糧に生きていくしかない。

 学校が始まろうとしている。宿題をしなければならない。補習にも全く行っていないから、大丈夫だろうか。僕の夢はこれで終わり。現実を見て生きていく。それがいかに大切で、そしていかに大変なものか、この夏に思い知らされた。

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「今」ここにいる私 橘さくら @1shiki

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