雪華
私はただ彷徨った。ぼんやりと、ゆく当てもなく彷徨った。隼人ともう会えない、本当にここに生きているのかどうかさえ、不安になってくる。
ずっと隼人は私の側にいてくれた。彼に出会ってからどれだけ心強かったか、どんなに安心したか。だけどもう会えない。『存在がとりもどせたら、』などと言っていたが、きっと方便だ。そんなことを言うくらいなら、私も彼に会うことは控えなければならない。それがきっと彼のためになるのだろう。
私は、隼人に認めてもらえて安心していたんだ。肯定される、関心をもたれる、意識を向けられる。それだけのことがうれしかったんだ。
だけど私はあの六条千沙都という女に敵意を向けられた。敵意を向けられるのは唯だけだと思っていたが、そうではなかった。いや、唯さえ敵意ではないかもしれない。あの子は義務感で私を殺そうとする。家族だから殺そうとする。そこに慈悲の心もあるのかもしれない。しかしあの女は私に純粋な敵意を向けてきた。隼人を取り戻すと称して。しかしどうだろう、最後は隼人を殺そうとした。それを返り討ちにしただけなのに、隼人にはそれは伝わっていない。
考えてみれば六条千沙都も肯定はしていないが私に関心、意識を向けていた。それで私は嬉いはずではないのだろうか。私を認識してくれたのだから。だけど、私はそれでも孤独だった。当然、敵意を向けた人が何人増えたところで孤独は埋まらない。
なんだ、簡単なことじゃないか。私は誰かに、誰でもいいから認めてほしかった。認識してほしかったのではない、私が生きているということを認めてほしかった。そしてそれはできるだけたくさんの人に認めてほしかった。血の涙も渇望と抵抗の原理。人を渇望するから、それに耐えられないと血の涙が流れる。慣れてくるとだんだん流れなくなっていくのも、それを身体が許容していくから。私の人の器が広がらないにもかかわらず、広げようとすると血の涙が流れる。だけど、そんなものは必要なかった。孤独なんて、誰か一人が私を認めてくれればそれで十分だった。その一人でさえ血の涙を流すというのに。
時間が失われて、記憶の連続性が失われて、それを取り戻すなんて言うのは何にも気づけない私の愚かさなのかもしれない。隼人がいてくれた。なのに、私は人を殺し続けた。確かに成果は上がったが、結局のところ何の解決にもなっていない。それは苦痛から必死にとはいえ衝動的に逃れるために求めていただけで、本当に解決するなら私を認めてくれる、少なくてもいい、その人たちを信用すればよかったんだ。
たくさんの人を殺した。辛かった。私は彼らの生を背負うつもりだった、私の生として。しかしそれは詭弁に過ぎない。彼らの時間は彼ら固有のもので、記憶も彼らの親しい人との共有物で、私のものじゃない。それを奪って、否定して、その結果今の孤独な私がある。何もかもダメじゃないか。
あははははは、あははははは、何をやってたんだろう、私。もう生きていられないじゃないか。
私は再び隼人の家に歩いていた。そこにはたくさんの警察車両と警察官が集まり、黄色いテープが巻かれている。隼人が警察車両に乗り込もうとしている。事情聴取を受けに行くのだろうか。
「隼人!」
野次馬、サイレンに負けないくらい叫んだ。隼人がこっちを向いてくれた。だから私は叫ぶ。
「さようなら!」
そういってその場を走り去った。隼人の顔は見ていない。伝わっていればいいけれど。
私はただひたすらに歩き、市街地を抜け、街のはずれの臨海公園まで来た。夜風が少しばかり寒かった。ここで隼人と会ったことを思い出す。懐かしい、海の見える場所。
近くの公衆電話へ行く。このお金も隼人がくれたもの。榊原研究所に電話を掛ける。こんな時間だけれど、繋がるだろうか。きっと真希那は遅くまで籠っているだろうから、繋がると信じて。
つながった。真希那の声。
「ああ、雪華か。うちに来る気になったか?」
「唯に代わって」
「いいよ、代わってあげる。少し待ってて」
私は話を終えると例のバラックへ行った。そこは少しだけ暖かく、タオルケットを巻いて唯が来るのを待った。とても長い時間に思えた。私は私の生に再び関心を向けていた。この汚れきった生。しかしそれでも愛おしくて仕方のない生。だけど、このままじゃダメ、私はこのままじゃ生きていられない。
街灯の下に黒いスーツ姿の唯が見えた。私はそこへ歩いていく。
「唯、」
すぐに唯は銃を取り出し、私に向けて構える。
「逃げないから」
私は両手を挙げて海の方へ向かって歩く。
「どうして自分から居場所を伝えた?」
唯が尋ねる。
「あなたは私のことを認めてくれている。あなたに殺されるのならいいかなって。自殺は寂しいから」
唯は黙っている。そして私の方へゆっくりと歩いてくる。
「背中を向けろ。一発で仕留めてやる」
「それが、あなたなりの情けということね」
硬く重い金属が後頭部にあたる。私は海に向いている。ここで倒れたら、海に入れない。そんな気がして唯に頼む。
「死んだら海に落ちれるよう、もう少し前に行ってもいい?」
「お前の考えていることはなんとなくわかる。だけど私たちは宇宙人、地球の生命とは同化できない」
「やってみなくちゃわからないでしょう」
「その発想のせいでたくさんの人が死んだ」
「ふふっ」
私が笑うと、唯も微かに笑った。
「私が姉さんを殺す理由が分かった」
「そう。でも久しぶりに『姉さん』と呼んでくれたね。もう私から残す言葉はないよ」
「私からも何もない」
かちゃりと音が聞こえ、そして永遠の時間が流れた。私の心臓は鼓動を上げ、唾液を飲み込むと生きているんだ、という実感がわいてくる。こんなことにならなければ生きている実感を持てなかった私が情けない。だけどもう生きていたいとは思わない。いや、生きていられない。
銃声が聞こえたか聞こえないか、すぐに私の頭は吹き飛び、全てが潰えた。
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