第14話

 体がだるい。外はまだ暗い。とりあえず頭元のスマホを手に取ると、時間をみる。一昼夜経っていて、日付が変わっていた。

 驚いて起き上がろうとするが体がよろけてろれつもよく回らない。ゆっくりと這うようベッドから抜け出し、壁に寄りかかりながら立ち上がる。部屋の明かりをつけると、そこには血だまりがあり、人が死んでいた。

「起きたんだ」

 ドアが開き、声が聞こえる。雪華が立っていた。

 目をこすりながらその惨殺死体をよく見る。赤いスカートのチュリックを着ていて、開頭された頭は血の付いてない部分を見ると髪の毛が栗色だ。うつ伏せだから顔は見えないが……、間違いない。この遺体は六条千沙都のものだ。

「血液を家じゅうに落としたくないから凝固するまで待ってた。このポリ袋に入れて捨てるつもり」

 黒い大きなポリ袋を掲げて見せるが、僕は口をパクパクさせながら何を言い出そうか必死に考えた。

「ちゃんと脳を食べたから、無駄にはしてないよ」

「一応聞いてみる、この遺体は誰のなんだ?」

「こいつ? あなたを殺そうとした人。あなたの幼馴染だったかしら」

「殺そうとした?」

「そう。合鍵で忍び込んで、肉切り包丁を構えてた。だから返り討ちにしてあげた」

「……そうか。雪華はまだ、時間が取り戻せていないんだよな?」

「まあそうだけど」

「だけど昨日かおとといか、幼馴染と会ったときに見られたよな」

「うん。だけどまだ十分じゃないと思う」

「この人を殺して、食べて、それから誰かに会ったか?」

「この家から出ていないから、見えるようになったかどうかはわからない」

「そうか。じゃあなるべく遠くへ行ってくれ。警察を呼ぶ。状況をみれば僕が無罪なのはすぐにわかる。だけど雪華がもし認識されるようになったらすぐに捕まってしまう。やっと人と同じになったのに、すぐに捕まるなんて嫌だろう?」

「え、でも隼人と一緒にいたい。それにまだ人と同じになったかわからないし……」

「しばらくそっとしておいてほしい。ケータイにも掛けないでくれ」

「そんな! 私を一人にしないで!」

「こんなところで殺して、どうしようもないだろう。それに、……やっぱり千沙都は僕の幼馴染なんだ」

「この女のことが好きなの!?」

 雪華は叫んだ。

「そういう意味じゃない。だけど、一人にしてほしい」

 千沙都の死を目撃して、僕はただ心が麻痺したように茫然としてた。しかしそれは僕が考え直すことを迫られていたということ。本当に、雪華についていっていいのか。雪華と出会って苦しみから解放された気がした。だけど、それで本当によかったのだろうか。時間の止まっている千沙都の遺体をみて、僕の時間は動き出した。雪華と出会って、まだ数日しかたっていない。それまでの積み重ねてきた過去、そして未来をないものにしていいのだろうか。雪華についていくということは、ただ今だけに固執することで、盲目になることと同義ではないか。

「隼人、私には隼人しかいないんだよ……?」

 雪華は僕のそばに来て、僕の手を掴む。この細く白い腕は何人もの歴史を否定してきた。本当に恐ろしいことだ。生きるために雪華には必要だった、そうだとしてもそれを僕までもが一緒に背負うことができるだろうか。全てを雪華のためにささげられるだろうか。

「雪華、すまない。本当に悪いと思っている。だけど行ってくれ。いつか、本当に存在を取り戻したとき、そのときにまた会おう」

 雪華は涙さえ流すことなく、彼女の赤い瞳は黒く濁りながら、僕の顔をみつめている。

「隼人は私を裏切るの?」

「そうじゃない。ずっと雪華の幸せを願っているし、離れていてもきみの味方だ」

 「そう」と一言だけ言うと、ドアの方へ歩いていく。

「しばらく、さようならだね。いつか会いましょう」

「そうだな」

 雪華は出ていった。僕は頭を抱える。玄関のドアが閉まった音がして、僕は警察に電話を掛けた。

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