第208話 ■千織の転生(タイ編 その11)

■千織の転生(タイ編 その11)


総大理石の豪華な広いロビーで受付を済ませると、千織とスティーブはこのホテルに幾つかあるプールのうち、ホテルのプライベート・ビーチへもつながっている一番大きなプールへ向かった。

千織は更衣室で先ほど買った水着に着替えると、その広いプールの中に、おそらく先に着替えが終わったであろうスティーブの姿を探す。

何しろ全長300m、幅30mの巨大な流れるプールに加え、人もそれなりに居るためなかなか見つからない。

仕方なく千織は聴力センサーの感度を人間の50倍に上げる。

その途端、スティーブと甲高い女の笑い声が耳に飛び込んできた。


「アハハ スティーブがあの娘と一緒にいるのを見て、今度の計画もすぐにピンときたわ。 だって2年前のと同じ手を使うつもりでしょ? フフッ」

「まぁ、あの方法なら不幸な事故だと誰もが思うからね。 それに警察だってわざわざ殺人事件で捜査するのって面倒くさがるから、溺死っていい方法なのさ。 おっといけない。 千織が出てきた。また後で連絡するよ!」

スティーブと金髪の女は、見ず知らずの他人がすれ違っただけかのように離れていった。

千織とスティーブ達の距離は、50mほど離れていたが、その会話はしっかり耳に届いていたし、記録されているので再生してみることもできる。


千織は、スティーブに向かってゆっくりと歩きながら、今の謎の女との会話を分析・推理していく。

『処分、警察、殺人、不幸、事故・・・なんだろう? でも、まさか。 そんな事って・・・』

千織のロボットの体の中には、人工頭脳も搭載されている。

未来ミクは、この人工頭脳(AI)単独で動作しているが、千織の場合は人口頭脳がアシストする仕掛けになっている。

AIの推測エンジンが、千織に危険が迫っていることを警告してくる。


『でも、だって。 スティーブは・・・ ああっ・・・』

この状況を処理できず、千織は小さなパニックを引き起こす。

いくらAIの補助で急速に成長したとは言え、まだ小学生すら経験していない女の子なのだ。

「そうよ。 きっと何かの間違いよ。 もしかしたら聴力センサーを上げすぎて、他の人の会話が混在したかも知れないわ」

スティーブとの距離が縮まるに連れて、千織の表情に笑顔が戻って来ていた。


「スティーブ、どう?」

千織は、水着姿でグラドルがよくとるポーズを真似てみせる。

「うん。 とってもキュートだよ」

「えへへっ」

千織は、スティーブに褒められて、さっきのパニックなど、あっと言う間に忘れ、照れている。

「ねっ、あっちの浅いところで泳ぎ方を教えて!」

スティーブの腕をとり、子供用の浅いプールに行こうとする千織にスティーブがにっこり笑いかける。

「千織。 泳ぎの練習なら、ある程度の水深が無いと無理だって。 お腹がプールの底にくっついちゃうだろ」

「あっ、そうかぁ・・」

「ほらっ、あっちの人が居ないところで練習しようよ!」

スティーブは建物の陰になって、人目の付かない所へ千織を連れて行こうとする。


コバルトブルーの海、真っ白な砂浜、海から吹く潮の香りがする涼しい風が、AIの警告を吹き飛ばす。

「そうだね。 泳ぎの練習を小さな子に見られると恥ずかしいよね」

「コーチが優秀だから、絶対に今日中に泳げるようになるって」

「うん。 スティーブ、あたし頑張るね」

二人は手をつないで、施設の建物の裏側のため日陰になり、人の居ないプールの西側に向かった。

「ほらね。 こっち側は海が見えないから、人が全然居ない」

「ほんとだ。 こっち側は、やっぱり人が来ないんだね。 よかったぁ」

「泳ぎの練習にはもってこいの場所だ。 さぁ、それじゃ早速始めようか」

「うん♪」

「まずは、このビート板につかまってバタ足の練習からやってみようか」

スティーブは、千織がビート板にうつ伏せになっている横に立って、その肩にそっと手を置く。

その右手の中に、いつの間にか握られた麻酔針が怪しげにキラリと光った。

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