第207話 ■千織の転生(タイ編 その10)

■千織の転生(タイ編 その10)


「やぁ、千織ちゃん。 待たせちゃったかな? はいっ、これっ!」

約束の待ち合わせ場所に5分ほど遅れてスティーブがやってきて、手に持った小さな花束を片膝をつきながら、まるでプロポーズのように千織りに差し出す

「わぁー かわいい♪ ありがとう。 ステイーブ」

千織の目は、もうそれだけでハートマークになってしまう。


「今日は千織お姫様をプールに連れて行って差し上げようと思いますが、いかがでしょう?」

スティーブは花束を差し出したままの格好でにっこりと、ほほ笑みながら千織を見つめる。

「えっ? プールって?」

予想外の場所だったので、千織は思わず聞き返す。

「この辺りで一番有名なホテルにある、素敵なプールなんだよ。 だって、今日はとびきり暑いじゃないか!」

「あ、あたし・・ プールはちょっと・・・」

千織は、暗い顔をして俯いてしまう。

以前、海の奥深くに沈みバッテリー切れで動けなくなったのもトラウマなのだが、その後の改良で浮上に必要な小型酸素ボンベ(体の内部に酸素を噴出させる)は内蔵しているものの泳ぎは超苦手なのである。

「もしかして、泳げないの? それだったら大丈夫! 僕が教えてあげるから」

「う・・うん。 でも、プ-ルだなんて聞いてなかったから、水着だって持って来てないよ」

千織は何とかプールだけは回避したいのだった。


「あっそれなら、そこのショッピングセンターの中で水着も売ってるから買ってから行こう」

スティーブはそう言うと千織の手を握って歩き出そうとする。

「ねぇ、スティーブ。 ほかの場所とかじゃダメなのかな?」

千織は、その場から動こうとしない。

「せっかく千織のために、いろいろ考えて決めたんだけど、そんなに嫌なの?」

スティーブは計画が狂うと困るので、露骨に嫌そうな顔を作って聞く。

「うううん。 そんなわけじゃないんだけど・・」

千織は、嫌われたくないので、これ以上拒めなくなってしまった。


「よしっ! それじゃぁ レッツゴー ちおり!!」

スティーブは事が計画通りに動きだしたので、機嫌良く千織の肩を抱き寄せ軽快に歩き始めた。


さっきまで見て回っていたショッピングセンターの中なので、水着がどこで売っているのかは知っているが、気が重いので千織は水着売り場と反対の方に向かおうとするが。

「ちおり。 水着売り場は、そっちじゃないよ! あっちだよ」

スティーブは、今回の計画を立てるために、ショッピングセンターの中も予め下見をしていたのだ。

二人は水着売り場に、瞬く間に着いてしまう。


「あっ、これっ。 かわいいーー! ねぇ、こっちのとどっちがいいかな?」 

千織は、なんだかんだ言っても、いざ沢山のカワイイ水着を目にすると、さっきまで泳ぎたくないと言っていたのが嘘のように、売場の中を飛びまわっている。

「試着もできますよ。 着てみて彼に選んでもらったらいかがですか?」

「えーーーっ。 彼だなんて恥ずかしいーーー!!」 

店員さんにそう勧められ、千織は嬉しくて死にそうになる。

この場合、例えでは無く、マジで成仏しそうになったのだ。

意識が薄れ、一瞬お花畑が見えた。 無論、水着の柄では無い。


「意識が無くなりそうになると、体の制御系が自動的に人口知能に切り替わる。

そのおかげで、五感の回路がシャットダウンされ、すんでの処で死の淵から引き戻されるのである。

もしかしたら、スティーブが不意に千織の唇を奪えば、千織の暗殺は一瞬で果たせるのかも知れない。

「スティーブ。 あたしこれにするっ!」

千織は、迷っていた水着の幾つかの候補の中から、ブルーをベースにした花柄のワンピースを手に取った。


レジに向かう、千織のその背中をスティーブの冷たい目線がゆっくりと追って行く。

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