第206話 ■千織の転生(タイ編 その9)

■千織の転生(タイ編 その9)


ミキの怪我の手当てが終わり、1時間くらい経った頃、陽子が腰を下していたソファからすっと立ち上がった。

そのまま、音を立てること無く、窓際に滑るように移動すると、目を細め遠くの空を見つめた。

「あの大男の姿が見える・・・ いま、このホテルの近くのカジノのような場所にいます」

そう言うと陽子は、ミキの方を振り返った。

「この近くにいるのかぁ・・・ それじゃ、また遭遇の可能性もあるって事だね?」

「えぇ。  ミキさん。 それにあの男は私たちの事を知っていますね」

「そ、それじゃぁ・・」

「そう。 さっきのは偶然なんかじゃない!」

ミキは一瞬、今度こそ女神の力の封印を解こうかと思ったが、力を自分のために使うとヤバイのを思い出した。

「ミキ消滅するパートⅡ」なんかは、もうごめんだ。

「奴らはいったい何を企んでるんだろうね?」

ミキは肘に巻かれた包帯を見つめながら呟いた。


「渋谷の組織なんかは、きっとほんの末端にすぎなかったんだと思います」

「そ、それって、もしかしたら国際組織ってこと?」

「おそらくは・・」

「たいへん! 陽子さん。 千織を探し出して一刻も早く日本に帰ろう! って、あぅ・・」

ミキは勢いよく立ちあがったのだが、腰に激痛が走る。

ミキは擦り傷の他にも、大男に放り投げられた時に負った打撲が、じわじわと効いてきていたのだ。

「その状態では、しばらく動かない方がいいですね」

陽子は、ミキの腰に一発蹴りを入れたいのをこらえながらも言う。


「むぅ・・」

ミキは苦痛を顔に歪ませながらも、陽子からの距離をほんの少しあけた。


せっかく楽しいはずだったタイ旅行にも暗雲が立ち込め始める。


・・・

・・

一方、こちらはタイのプーケットに居る千織である。

最初は違和感のあった機械の体も今ではもうすっかり一体化し馴染んでいる。

メンテナンスのみで老い無い体。 技術はどんどん進歩する。

この体も、秀一からパワーアップキットが国際便で送られて来て、もう何回か自分でメンテナンスしている。

軽量化と強度アップ、センサー感度アップ、駆動系モーターの出力アップ、充電容量の増加 etc

それに髪の毛自体がソーラー発電セルとなっており、全ては賄えないが、発電した分は常に内臓電池にチャージされている。

たまに、これらの交換ユニットと一緒に趣味の悪い服(おそらくコスプレ用)が送られて来るが、千織は全て無視している。


・・・


実は今、千織はタイにやって来ているバックパッカーのイギリス人、スティーブに恋をしている。

千織は、AI(人工知能)と秀一が開発した心の役割をする回路、大容量の記憶装置などとの融合により、知識の修得も脅威的な速さで成人女性のそれに近づいている。

よって千織は実質もう、お年頃のお姫様と言った年齢なのである。


ただ気になるのは、スティーブと長く一緒にいると自分自身が消滅してしまうような感じがするのだ。

千織の心のアラームが鳴る!!

恋が成就した途端、果たして自分は成仏してしまうのだろうか?

それではあんまりだと思う。 なぜ自分は普通の女の子のように恋もできないのだろう。

お姫様が恋に怯えなければならないなんて残酷だ。

でも千織は、今日もスティーブと会う約束をしている。

前に会った時は、二人で象の背に乗ってトレッキングをした。

楽しくてワクワクしたのだけれど、心臓は無いのに、もうドキドキする感じが止まらなくって、切なく苦しかった。

それ以来、スティーブの事が頭から離れない。

こころの回路の中に格納された恋のプログラムは、あの秀一が未来ミクに対しての想いを込めて作り上げたものなので、千織の気持を普通の乙女の恋心の何倍にも増幅してしまう。

それこそ、ストーカーのように24時間離れずにいたいくらいに。

そうしない(出来ない)のは、理性回路が機能して千織の感情を少しでも相殺しているからなのであろう。

千織は、スティーブとの待ち合わせ時間の30分前に約束の場所に来てしまっていた。

そこで、近くにある観光客向けの大型ショッピンングモールで時間をつぶすことにした。


・・・

・・

実はスティーブは、あの麻薬密売組織に関わっていた。

組織からは、千織を誰知らず殺すよう言われていたのだった。

この前は象に乗って、ジャングルの奥深くまで行き、そこで事故に見せかけて象に踏み殺させるつもりだったのだ。

でも千織があまりにも無邪気で楽しそうだったので、つい機会を失ってしまった。

今度は失敗は許されない。 失敗すれば今度は自分の命が危ない。


今日は、千織をリゾートホテルのプールに誘い、そこで溺死させるつもりなのだ。

まずは、強力な麻酔薬を仕込んだ針を千織の首筋に突き刺す。


体の自由が利かなくなったよころをプールにうつ伏せで放置し、自分はすぐに離れていればアリバイは成立する。


ただ、スティーブ千織がロボットの体であることを知らないので結局のところ、今回も未遂で終わるだろうけど・・

そんなこととは知らずに、千織はデートで着るかわいい洋服を探しながらショッピングモールの中をブラブラと歩いて時間をつぶしている。


そんな千織の行動をスティーブの目線が遠くからゆっくりと追いかけていた。

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