第120話 ■千織、海に沈む その7

■千織、海に沈む その7


「まだ、お店開いてないんじゃないですか? まだ8時半ですよ」

「大丈夫です。 友則が話しを付けておいてくれてるハズですから」

「あの~ 友則って・・・」

「ああ、そうでしたね。 友則って言うのはね・・・」

ゴクッ

「友則さんって・・」

「わたしの弟ですよ」

「弟? 彼氏じゃなくて?」


プッ あはは

「ミキさんたら。 やだわ。 彼氏ねぇ・・・」

「あの~。 弟さんも霊媒師なんですか?」

「あぁ、 あの子は、霊感ないですからねぇ・・ システムエンジニアをやってるみたいです」

「へえ、SEなんですか・・」

「そんな事より、早くスキューバの道具を借りないといけないですね」

「ああ、そうだ。 肝心なことを忘れてた」

早速、陽子がお店のドアの取っ手を引くが、どうやらまだ鍵がかかっているようでドアは開かない。


「おかしいですね。 まだ店長が来てないのかしら?」

「でも、あそこにお店のクルマがとまってるみたいですよ」

ミキが、ダットサンの軽トラをゆび指す。

確かに、トラックのドアには、ショップの名前が書かれている。

それに荷台には、酸素ボンベや足ヒレなどのダイビング用品が乗っているのが見える。


「ちょっと裏側を見てきますね。 ミキさんは、ここで待っていてください」

陽子は、建物の脇にある細い道を奥へ歩いていき、姿が見えなくなった。

辺りに人が誰もいなくなる。 ミキは急に不安になる。

何しろ、いつもは都会に住んでいて、一人になったことは、ここ何年もの間なかったことだ。

いつもだって鋭二が帰ってくるまでは、清水さんが家にいてくれている。

いまは遠くから聞こえる小さな波の音だけが、時間が経っていることを告げている。


「あなたが陽子さん?」

いきなり後ろから声をかけられたミキは大パニックである。

キャーーーーー

思いっきり大きな悲鳴をあげてから後ろを振り返ると、これでもかと日に焼けたイケメンが立っていた。

「ああ、驚いた。 随分若く見えるけど、あなたが友則のお姉さんですか?」

「いいえ、違います。 陽子さんは、お店の人を探して、あそこの道から裏側の様子を見に行きました」

「そうか・・そうだよね。 若すぎると思ったんだ。 で、あなたは?」

「わたしですか。 わたしは山口美樹っていいます。 陽子さんのお友達?です」

「ふ~ん。 なんでお友達の”だち”のところのイントネーションが上がりぎみになるの?」

「あ゛ー っと。 それはですね~」

ミキが、どう説明しようと考えていると。


「それは、わたしのクライアント兼お知り合いだからです」

ミキの悲鳴を聞きつけて陽子が急いで戻ってきていた。

それにしても、何故音も立てずに戻ってこれるのだろう?

ミキは一瞬、このふたりは忍者ではないのかと思った。

「あなたが陽子さん? 友則くんには、お世話になっています。 僕はここの店で働いている岩崎です」

「はじめまして。 こちらこそ、いつも友則がお世話になっております」

「急に道具が必要になったとか?」

「ええ。 すみません。 こんな朝早くから」

「いや、いいんです。 僕、朝は早起きですから。 道具は、トラックの上に積んでおきましたけど二人分必要でしたか?」

「いいえ。 わたしの分だけで結構です」

「でも普通、単独で潜るようなことはしないでしょう?」

「今回は、ちょっとワケがあって・・・」

「よければ僕も、ご一緒しますけど」

「いえ、大丈夫です。 無茶な事はしませんから」

「そうですか・・ それじゃ、うちのボートを使ってください」

「ありがとう。 そうしていただけると助かります」

「ダイビングポイントに着いたら、ボートが流されないように、アンカーで固定してください。

ボンベの酸素は2時間持ちますが、もし1時間して戻らない場合は僕が様子を見に行きます」

「はい。 よろしくお願いします」

こうして、陽子とミキはショップの小型ボートを借りて、沖へ向かったのだった。


次回、「千織、海に沈む その8」へ続く

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