第119話 ■千織、海に沈む その6

■千織、海に沈む その6


「さぁ、それじゃ行きましょうか」

陽子はそう言うと、そのままスッと運転席に乗り込む。

「ちょっ、ちょっと待ったぁーー!」

ミキは陽子が運転席に乗り込みセルを回そうとした手を思わず掴んで叫んだ。

「運転は、わたしがしますって!」

「でも、ミキさんは場所がわからないでしょ?」

「そんなの、いま教えてくれればいいじゃないですか!」

「ふふっ だって助手席に乗ってても、やることが無くてつまらないんですもの」

「陽子さんは面白いかもしれないけれど、あたしの寿命が縮まってしまうからダメです!」

「まあ、このクルマって、ワインディングが得意そうなのに・・・」

やっぱ、陽子は元レディースだったのかも知れないと、この時ミキは思った。

きっと友則って彼氏は次期総長なんだ。 きっときっとそうだ。


「いくら四駆で、ビルシュタインのダンパーとブレンボのブレーキがついてたって、タイヤがポテンザだって、駄目なものはダメです。 ぜえーーーたいに!」

「う~ん。 だったら、これでどうでしょう?」

陽子がそう言いながら向かい合っていたミキに手をかざすと、ミキの体が突然固まってしまう。

「うっ あ、あれ? なんで~! からだが動かないーーー」

「さぁ、ミキさんはおとなしく後ろの席に座っててください。 おにぎり6個も食べたんですから」

陽子は、ピースサインを出して、またニカッと笑った。

ミキはちょっぴり悔しかったが、それよりもおにぎり6個の方が恥ずかしかった。

陽子はS系に違いない。 やっぱ元レディースは確実だろう!

結局ミキは陽子に後部座席に座らされ、おとなしくしているしかなかった。

なにしろ、体が動かないので、どうしようも無い。

ダイバーズショップに着くまではカーブの連続で、ミキが再び地獄を見たのは言うまでも無かった。


「さぁ、ミキさん着きましたよ。 辛い思いをさせて、ごめんなさいね」

う、うそだ。 ちっともゴメンなさいなんて思ってないだろがっ。

ミキはそう思ったが、いままでイメージしてきた陽子と今回二人っきりで行動している陽子の違いに混乱しているので、口には出さない。

歳を取っただけ、ミキは少しだけ経験値が上がったのかも知れない。

陽子が再び手をかざすと、ミキはやっと動けるようになった。

だが、伊豆の山道をドリフトしながら駆け抜けるテクニックは、どう考えても高速道路の運転が初めてだとは思えなかった。

体が動かせるようになった途端に首、腰、肩、腕など、あちこちが痛くなる。

きっと、恐怖で無意識に体に力が入っていたのだろう。


クルマを降りると、壁をマリンブルーに塗ったお店が陽の光を浴びて輝いて建っていた。

壁にあわせたブルーの屋根には、近頃では珍しい風見鶏がついている。

「まだ、お店開いてないんじゃないですか? まだ8時半ですよ」

「大丈夫。 友則が話しを付けておいてくれてるハズですから」

「あの~ 友則って・・・」

「ああ、そうだでしたわね。 友則って言うのはね・・・」


次回、「千織、海に沈む その7」へ続く

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