第111話 ■千織、全開!!(後編)

■千織、全開!!(後編)


元チャンプは、清水さんの腕にゴムのチューブをきつく巻き、静脈を浮き上がらせた。

チャンプが持つ注射器の針から、薬液が勢いよく飛び出すのが見える。

そして、まさに清水さんの白い腕に針が突き刺されようとした瞬間、入口のドアが大音響と共に、吹き飛んだ。

***

**

さて、時間は、30分ほど前に遡る。

「それにしても、ミキと清水さんは、どこにいっちゃったんだろう。 ミキはそそっかしいからなぁ、心配だよ」

鋭二は、とんだところで、自分のコスプレ好きを皆に知られてしまい少し恥ずかしかったこともあって、急に話題を変える。

「でも、今日は清水さんも一緒だし、そんなに心配しなくても大丈夫じゃないの」

秀一は未来ミクの肩に軽く手を乗せ、何か異常を検知していないか目で確認してから鋭二に向って言った。

「兄貴は、ミキのことを知らないからなぁ・・・ いままで、ミキが巻き込まれた事件を題材に、映画が何本か撮れるくらいだよ」

「それって、ほんとうか?」

鋭二の話しに、秀一は目を丸くしている。


「何を言ってるの。 未来さんの件や今回の千織の事だって、そうだろっ!」

「ふむ。 そう言われて見ればそうかな・・」

「だろっ? 他にもまだまだ警察のお世話になった事なんかもあるんだぜ」

「ハハハ そりゃ楽しい奥さんで良かったじゃないか。 鋭二が羨ましいよ」

「勘弁してくれよ。  ところで、本当にどこに言っちゃったんだろう? まさか交通事故なんかじゃないだろうな~」

「わたしが、霊視してみましょう」

隣にいた霊媒師の陽子が、そう言うと透き通るような白くて細い腕を頭の上にかざして、目をゆっくり閉じた。

「あの~ ミキさんは、この近くにいらっしゃいますよ」

「えっ、ほんとうに?」

鋭二は、辺りをキョロキョロ見回しているが、それらしき姿は見つからない。

「なんだかミキさん、とても悲しそう・・」

「なんだって? ミキ、ミキはいったい何処にいるんですか?」

「それが・・ 真っ暗で何も見えないのです」

「真っ暗って?」

「おい、鋭二。 ここみたいな地下なら、暗いんじゃないのか?」

「あっ、それじゃ、ミキは間違ってどっかのビルの地下に居るのか?」

「そうかも知れないな・・」

「陽子さん。 ミキは、直ぐ近くに居るんですね」

「ええ。 すごく近くにミキさんの波動を感じます」

「清水さんは?」

「清水さんですか? 彼女の波動は感じられません」

「べつべつに行動してるのか。 それならミキは危険レベル”高”だな」

「まるでパソコンのウィルスみたいだな」

鋭二の言葉に秀一がボソリと呟く。


「そうなんだ。 いままでも危機一髪が何回あったことやら・・・ おっと、こんな話しをしている場合じゃなかった。 早くミキを探さないと!」

「未来さん。 行くよ!」

そう言うや否や千織が、未来の手を引っ張って駆け出した。

「おいっ! ちょっと! 何処へ行くんだ!!」

鋭二が声をかけたが、その言葉が終わらぬうちに、もう二人の姿は見えなくなっていた。

千織は、肉体が欲しかったが、今は瞬間に移動することも、空を飛べないことも何もかもがもどかしかった。 あれほど、手に入れたかった実体なのに・・


二人は、今いたキャバクラがあったビルの裏側に建っているビルの入口に回り込む。

「あっ、このクルマは!」

未来ミクは、ビルの前に停められているミキのシルバーメタリックのレガシィを見つける。

「間違い無い。 ミキさん達は、このビルの地下にいるわ」

二人は階段を駆け下りる。

目の前に鉄の錆び付いたドアがみるみる迫る。


ヤァーーー

未来ミクの体がドア目掛けて宙を舞う。 

ドガ~ンーー!!

大音響と共に、鉄製の重いドアが吹き飛んだ。

地下室に飛び込んだ二人が、そこに見たものはチャンプによって、今まさに清水さんの白い腕に針が突き刺されようとしている光景だった。


チャンプは、突然のことに何が起きたか状況が把握できず体が固まったままである。

未来は、目にも留まらぬ速さでチャンプに駆け寄り、チャンプが手に持っていた注射器を握りつぶすと同時に、元プロボクサーの動体視力でも見えない速さで、見事にワンツーを決める。

ドサッ

最強の敵にチャンプは、白目を剥いてそのままうつ伏せにバッタリと倒れた。

未来は清水さんの、千織はミキの、それぞれのロープをすぐさま解きにかかる。


ロープが解けるや否やミキは、思わず千織に抱きついた。

「ありがとう。 今度ばっかりは、本当にダメかと思ったよ~」

格闘家の清水さんは、さすがに肝が据わっていて、何事も無かったようにミキの傍までやってきた。

清水さんの両手首には、ロープを解こうと抗った後が痛々しく残っている。

「清水さん。 危機一髪だったね。 助かってよかった~」

ミキは、そう言いながら清水さんにも抱きつく。


「ミキさま。 申し訳ございません。 わたしが至らなかったため、ミキさまを危険な目に遭わせてしまいました。 本当に、どう責任を取ったらいいものか・・・」

「清水さん。 そんな事は気にしなくっていいんだよ。 元はといえば、わたしがココに行くって言い出したんだから。 それに、清水さんが一緒だったから、助かったようなものじゃない」

「どうしてですか。 わたしは、ミキさまが言われたのに警察を呼ばなかったし・・ そればかりではなく、敵を一人も倒せませんでした」

「だって二人いたから、その分あいつらも対応に時間がかかって未来ちゃんや、千織が助けに来てくれるまでの時間が稼げたんじゃない」

「ミ、ミキ、大丈夫か?」

そこに鋭二と秀一が遅れて駆けつけてきた。


「もぉ・・遅いよ~。 悪者は、とっくに未来ちゃんがやっつけちゃったよ!」

「オイオイ、これでも全速力で駆けてきたんだぜ」

そう言いながらも鋭二は、床に倒れているチャンプを見ながら、改めて秀一の作った高性能ロボットに感心していた。

おそらくロボット産業は、これからの大沢グループの事業の中心として大きく発展していく事になるだろう。

「そうだな。 こればっかりはロボットの速さやパワーには敵わないしな」

秀一の肩は、息が上がって上下に激しく揺れている。

「そうだ! 悪いやつらは他にもいるんだよ! 少なくても最初は6人いたから、何時そいつらが戻ってきてもおかしくないよ!」

ミキは急に怯えた顔に戻り言った。

「それなら、大丈夫。 陽子さんが警察を呼んでくれてる」

「そうか、陽子さんも来てくれてたんだ」

「うん。 でも、ミキもほんとに慌てものだよな。 よく確かめもしないで隣のビルの地下に突入しちゃうんだから」

「旦那様、申し訳ございません。 今回はわたくしがいけなかったんです。 ミキさまは警察を呼ぼうと言われたのに」

清水さんが頭をうな垂れながら、しょんぼりと言う。


「へぇ~。 ミキも少しは成長したって事だね」

「えへん。 どう? 少しは見直したでしょ」

「はいはい、これからも、どんどん成長してください」

「あれ? 千織ちゃんは?」

ミキが千織がいないことに、ふと気付く。

「あれ? ついさっきまで隣にいたんだけどな?」

秀一が、一瞬しまったという顔をしたが、その後すぐに、にやりと笑って言った。

「まるで、千織ちゃんは、野良猫みたいだなぁ」


次回、「ロボットの進化」へ続く

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