第110話 ■千織、全開!!(前編)

■千織、全開!!(前編)


うっ、う~ん

「ミ・・キ・・さま・・」

清水さんが意識を取り戻したようだ。

『いったいココは、どこ?』

でも本人は、真っ暗闇の中で目覚めたため、自分がどこにいるのかが把握できていない。

「ミキさまーーーーっ!!」

はっ!?

疲労困ぱいのミキは、眠くなってウトウトしていた所、清水さんが自分を呼ぶ大きな声で目が覚めた。

「し、清水さん? 気がついたの?」

ミキは、清水さんが縛られている柱の方に向って話しかける。


「ミキさま。 どこにいらっしゃるんですか?」

「直ぐ傍だよ。 2mくらいしか離れていない所にある柱に縛りつけられてる。 清水さんも、同じだよ」

「真っ暗で何も見えませんよ」

「そうなんだ。 やつらが地下室の電気を消してどこかに出て行ったんだよ」

「それじゃ、今ココに居るのは、わたし達だけなんですか?」

「そうみたい」

清水さんは、縄を解こうと腕に渾身の力をいれてみるが、縄はビクともしない!

「残念。 随分きつく縛られています! それにとても丈夫そうな縄です。 でも、体にダメージは無い様に縛られていますね。 これは、もしかしたら相当なテクニックの持ち主ですね」

「ちょっ、清水さん。 何を言ってるの?」

「ミキさま。 わたし達を縛った男は、AVか何かの縄師なんじゃないですか?」

「AV? 縄師? SM? 緊縛?」

「ミキさま、よくご存知ですね?」

「そりゃ~ね。 元男だもん」

「元男? 確かこの間もそんな事言っていませんでした?」

「あっ? ううん。 なんでもない。 ところで、縄の縛り方で今後の状況が何か変わるわけ?」

「そうです。 いいところに気が付きましたね。 こんなテクニックを持っているっていう事はですね・・」

「うん、うん。 何?」

「この縄は、おそらく自力では解けませんね」

「えぇーーっ! それじゃ、わたし達は、もう助からないって事なの?」

「残念ながら、自力で脱出するのは難しいでしょうね」

「そ、そんなぁ~。 あたしは、まだやりたい事が沢山あるのにぃ~」

「それですよ!」

「なにが、それなのよ?」

「だから、千織ちゃんと同じ事を言っていませんでしたか? 今のミキさまの言葉って!」

「そうだね。 千織のこの世でまだやりたい事って、ひとつだけじゃなかったんだ」

「わたしも、そうだと思います」

「ところで、千織の方はどうなったのかな? もしかして、あたし達みたいに酷い目にあってるんじゃないのかな」

「ミキさま。 今は千織ちゃんのことを気にしている場合ではありません」

「だって、最初に清水さんが・・」

「しっ! 誰か階段を下りて来ますよ」


耳を澄ますと確かに誰かが階段を下りてくる音がしてくる。

タンタンタン

ガチャ、ガチャ

続けて鍵を回す音が聞こえる。

ギィ~

更にドアが開く。

パッ

部屋の照明が急に点けられて、眩しくて目が開けていられない。

「おっ、こっちの姉ちゃんも気が付いたのか?」

その濁声にミキは100万分の1の期待が外れて、がっかりした。

一人だけ戻ってきたのは、清水さんに強烈なパンチを入れた、元チャンピオンと呼ばれていた男だった。

「ねぇ、ちょっと。 あたし達の縄をほどきなさいよ!」

ミキは、それでも気を取り直して、チャンプに向かって縄を解くように要求する。

「なるほど。 ボスの命令で俺だけが一足先に戻された理由が今わかったよ! やっぱり早く薬漬けにした方がよさそうだ。 お前たち元気がよすぎるんだよっ!」

「なんですって! そんな事したら警察呼ぶわよ!」

「その恰好で、どうやって警察を呼ぶって言うんだ? まぁ、ちょっくら待ってろよ! 特別に濃いヤツを調合してやるからな。 何、体が持たなけりゃ、そのまま天国に行けるって。 どっち道、天国いけるんだからいいだろう?」

「あ、あなた。 元チャンピオンなんでしょ。 チャンピオンだった人が、こんな事しててもいいの?」

「いいのさ。 元チャンピオンだって、誰一人として俺の事なんか助けてくれなかったからな!」

「・・・」

いったいコイツは何のことを言ってるのだろう。

そうミキが思った時、チャンプが続きを話しをし始めた。


「3年前、嫁と娘を乗せた車にダンプがつっこんで来た。 俺も嫁も娘も大怪我だった。 手術には大金が必要だったんだ。 でも再起不能の怪我をした俺に金を貸してくれるヤツなんか一人もいなかった。 嫁も娘も苦しみながら死んでいった・・・だから俺は、その時から人であることをやめたんだ!」

「そ・・そうだったの・・」

ミキはその後に続ける言葉が思い浮かばない。

「おっと。 同情なんかして欲しかねぇよ! さっ、出来たぞ! 今日のはスペシャルだ! どっちからして欲しいんだ?」

「わ、わたしからしてください」

清水さんがチャンプを睨みながら言い放つ。

「し、清水さん」

「ほぉ~。 薬漬けに立候補かい。 それじゃ、あんたから天国に行ってくれや」

男は清水さんの腕にゴムチューブをきつく巻き、静脈を浮き上がらせた。

男が持つ注射器の針から薬液が勢いよく飛び出すのが見える。

そして、まさに清水さんの白い腕に針が突き刺されようとした瞬間、入口のドアが大音響と共に、吹き飛んだ。


次回 「千織、全開!!(後編)」へ続く

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