第105話 ■千織のしたいこと(中編)

■千織のしたいこと(中編)


「いよいよだな」

「うん。 ドキドキしてきたよ」

鋭ニは首スジを摩りながら、千織ロボットを一瞥し、これから起きる奇跡を思い浮かべていた。

鋭ニは、千織が実体ロボットを得た後、いったい彼女が何をしたいのか皆目見当がつかなかった。


『あたしは、この世でもう少し人間として生きてみたいの・・・』

千織の言葉は、直ぐに思い浮かぶのに、人間として生きてみるという事・・・

それは、鋭ニも常日頃まったく考えたことが無いことであった。


『俺はいったい、毎日ちゃんと人として生きているのか・・・? 朝起きて顔を洗い、朝飯を食って仕事をする。 仕事が終わって家に帰って夕飯を食って・・テレビを見て風呂に入って寝る。 ただ毎日これの繰り返しじゃないのか・・』

鋭二は、心の中で思った。

じゃぁ、千織はいったいこの世で何をしたいのだろう・・・

・・・

・・


未来はミキ達の住んでいるビルの地下駐車場のゲストエリアにクルマを停車させた。

このビルのゲスト用駐車スペースは、10台分が確保されており、半日は無料で、それを超えた場合は、1時間毎に500円が加算される仕組みである。

このビルは、外資系のオフィスやセレブ御用達の高級レストランなども入居しているので比較的大型のクルマが駐車できるようにスペースが確保されている。

それでも黒塗りのリムジンは、駐車スペースから若干ボンネットをハミ出して停まった。

未来ミクは、自分に搭載されている各種センサーを使い1mmの誤差も無く一回でピタリと車庫入れを行ったのだった。


「さて、それじゃ千織ロボットを起動するぞ!」

クルマが停車すると秀一はリムジンの後部座席に座っている千織ロボットの、

例の場所にある起動スイッチをONにする。

カッチッ

ヴゥンッ

千織ロボットの瞼がゆっくりと開いていく。


「ここは・・・東京都○○区△△・・・ですね」

千織ロボットは、GPSを使って自分のいる位置を正確に把握している。

「そ、それにしても、この声は僕が聞いた千織の声そのものだ・・・ 兄貴はどうして、聞いたことが無い千織の声を知ることが出来たんだい?」

鋭ニは恐怖の夏の夜の事がリアルに思い出され、鳥肌が立っていた。


「答えは簡単だよ鋭ニ。 俺だって千織ちゃんの声は聞いたことが無いし、全然予想もできない。 でも骨格や筋肉、脂肪の着き方で声の質は、ほぼ決まってしまうんだ。 だから、この声は俺が決めたものでは無くて、自然に決まったものなのさ」

「そうか・・言われて見ればそんな事を大学の講義のどこかで聞いたような気がする」

「千織。 君はこれから、僕が組んだプログラムに従って、霊体である千織と融合して行動をするんだ。 わかるね?」

秀一は、千織ロボットに優しく説明を始めた。


「はい」

「その際、霊体である千織の指示を最優先とするが、幾つかの制限がプログラムされている」

「はい、わかっています」

ロボットの千織は、本物?に比べて随分素直だと鋭ニは思った。

「もし万が一にも、霊体が暴走した場合は、ボディの制御権は瞬時に君のCPUに切り替えられるようになっている」

「霊体の暴走は、プログラムで禁じられている行為に及んだケースと考えてよろしいのですね?」

千織ロボットは、秀一とのやり取りをデーターベースに記録していく。

「そうだ。 それでいい。 常に僕達が一緒に行動することは出来ない。 だから君自身で判断をしてもらわなければならない」

「わかりました。 このこと(データーベース)は、霊体と共有することになりますか?」

「機密情報は、セキュリティがかかっている。 だから千織にはわからないよ」

「はい」


「よし、それじゃいくぞ!」

秀一の掛け声で、全員がクルマから降りて、エレベーターに乗り込む。

このビルのエレベーターは、3基が備えられており、そのうちの1基はオーナー専用となっている。 つまり大沢家専用というわけだ。

もちろん途中階はノンストップの設定だ。

エレベーターは、あっという間に最上階に到達。 ドアが開く。

鋭二がインターフォンのボタンを押す。

ピンポ~ン


「は~い。 いま開けま~す」

インターフォンのスピーカーから元気の良いミキの声が聞こえてくる。

カチャッ

ドアのセキュリティロックが解除される音を聞き、鋭二はドアを押して家の中へ入る。

「おかえりなさ~い」

ミキは鋭二に抱きつこうとして、その隣に立っている千織ロボットを見て息を飲む。

「何度見ても怖いね。 でも、透き通っていない千織はかえって不思議に見えるよ」

ミキは、皆が居るにも関わらずスカートに手をあて、ちびっていないことを確認している。

あれ以来、千織をみると条件反射のようになってしまっているらしい。

「ミキ、千織は来ていないの?」

「うん。 今は居ないみたい」

千織ロボットが目の前に居るのに千織が居ないという、ややこしい状態である。


「陽子さんは?」

「今日は、他のお客さんの仕事があるって。 3時頃に寄るって電話があったよ」

「そうか。 それじゃ、しばらく待つか。 こっちも少々疲れたからちょうどよかったかも知れないな」

秀一は、時差ボケもあり眠たそうだ。

「あっ。 いま、お茶をいれますね」

鋭二は、なんだか久々にエプロン姿のミキを見たような気がした。


「清水さんは、風邪を引いて今日はお休みなんだ」

ミキがお茶を淹れながら、鋭二に話しかけてくる。

「そうか、それでミキがエプロンをしてたのか~」

「そう、正解! これって、鋭二さんが買ってくれたやつ。 覚えている?」

ミキはそう言って、エプロンの両端をつまんで、ブリッコポーズを決める。

「あっ  いっ・・・ そ、そうだっけ?」

鋭二は、結婚して3ヶ月目くらいの時、ミキに裸エプロンをさせようとそれを買ったことを思い出し、動揺した。


「はい、お義兄さん。 日本茶はひさびさですか?」

ミキがトレイの湯のみを秀一の前のテーブルに置きながら尋ねる。

「うん。 ありがとう。 向こうでは、やっぱりコーヒーが多いね。 ところで、ミキさんのエプロン姿ってとってもカワイイね」

「えっ、 やだっ、お義兄さんてば、からかわないでくださいよ~」

ミキは耳まで真っ赤にさせて照れている。

「なんだか、未来を思い出してしまうなぁ・・」

どうやら秀一は、秋葉原で初めて未来(人間の)にあったことを思い出してしまったようだ。

・・・

・・

さて、時間は3時を過ぎ、美人霊媒師の陽子も合流し、千織がやってくるのをみんなで待っていた。

「んっ? 千織が来るわ」

ミキがクッキーを口に入れた途端、陽子が千織の到来を告げる。


ゲホッ、ゲホゲホッ

「あ゛ーーー。 クッキーの欠けらが息穴に入っちゃったよ~」

ミキは咽むせて、涙目になっている。

ケホ、ケホッ


「みんな、お揃いね」

声と同時に、千織の姿がスゥーとミキの前に現れる。

グホッ

「お姉さん、大丈夫?」

千織は突然咽はじめたミキを、心配そうに覗き込む。

「き、気を使ってもらってありがとう。 ちょっと咽ただけだから平気だよ」

「そぉ・・ でもお姉さんって、いつもプチみっともないネ」

「べぇ~だっ!! どうせアタシは慌て者のおっちょこちょいですよっ!」

千織は、ミキが拗ねるように言うのを無視しながら、部屋の中をぐるりと見回した。


「!!」

千織が息を飲む。 (霊体なのに、はっきりと)

「気が付いたかい。 千織ちゃんの望みを叶えてくれる体だよ」

鋭二は、千織ロボットに目が釘付けになっている千織に話しかける。

「わ、わたしだ。 わたしがもう一人いる」

よほど興奮しているのだろう。

千織の体の輪郭が輝いて、ゆらゆらと虹色の光が揺れている。


「ねぇ、ねぇ。 わたし、どうやったら、この体と一緒になれるの?」

千織は、千織ロボットの周りをクルクルと飛び回っている。

「それじゃぁ、こっちに来て。 動かし方を教えてあげるから」

秀一は、怖がる気配も無く、千織を手招きしている。

「おじさんが教えてくれるの?」

千織は瞬間的に秀一の前に移動する。

「えっ? 俺はおじさんかぁ・・・」

秀一は、マジでショゲテいるが、それは仕方ない。


「ねぇ、ねぇ。 早く、早く。 早く教えておじさん!」

千織は、もう待ちきれないといった様子で、秀一の顔の前3cmまで接近する。

あまりに接近されたので、秀一は目をパチパチさせる。

「それじゃ詳しく教えるから、とりあえず落ちついて」

それから約1時間をかけて、秀一は千織ロボットの操縦方法をじっくりと教えたのだった。


次回 「千織のしたいこと」(後編)へ続く

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