第106話 ■千織のしたいこと(後編)

■千織のしたいこと(後編)


千織は、自分の姿をしたロボットの操縦方法を、秀一から教えてもらうと早速動かそうとトライする。

「さぁ、それじゃ、まずは歩いてみようか」

秀一に言われて、千織は『歩くと』心の中で強くイメージする。

それに答えるように千織ロボットは、ゆっくりと歩きだす。

「わぁ、歩けた。 歩けたよ!」

千織の声はきちんと、ロボットの口から聞こえてくる。


「す、すごい! ちゃんとロボットと一体化してるよ」

ミキが興奮して大きな声をあげる。

「千織ちゃん。 次は外に出ていろいろな運動をして見ようか」

「兄貴。 もうそんな事までやって大丈夫なのかい?」

「平気、平気。 鋭二、この辺に公園はあるかい?」

「ああ、近いところなら、歩いて5分くらいの所にあるけど」

「よし! それじゃ暗くなる前に行ってみよう」

秀一のその一声で、みんなで公園に行く事になった。

・・・

・・

公園に着くと、小学校の下校時間は、とっくに過ぎた頃なのに子供達の姿が見当たらない。

物騒な事件が多いことも影響しているに違いないけど、最近は子供達が外で元気に遊ばなくなったようだ。

千織ロボットの試運転には、人が居ない方が良いのだけれど本当にこれでいいのかと思うミキであった。

ミキが秀一と千織(ここからは、霊体+ロボットを指す)の方に目を移すと、二人は何やら、ごにょごにょと話しをしている。

よく耳を欹そばだてて聞くと・・・

「ようするに、わたしがこの体から離れる時は、ここの頭の中の緑色のスイッチを押せばいいのね」

「ああ、そうだ。 そうすれば、ロボットは自律モードに切り替わる。 ただし、スイッチを押し忘れても20秒後に自動的に切り替わるようには設計されている。 でも、この20秒間が非常に危険な事は、よく覚えておいて欲しい」

「それはどうしてなの?」

「例えば横断歩道を渡り始めた時に、君が体から離れたとしよう。 20秒間あれば信号が変わってしまい、ロボットは自動車に撥ねられてしまうかも知れない。 それに電車のホームなんかも危ないね」

「そっか。 わかった。 スイッチには気をつける」

「それから逆の場合は、さっきやったように隣にある赤いレバーをかるく前に押す。 そうすれば、自律モードは解除されて君の意思で体をコントロールできるようになる」

「はい」

「自律モードが解除されている間は、君が考えたこと(霊波)を電気信号に変えるインタフェイス装置を通して、体を制御しているたくさんのマイクロチップやCPUに情報が伝わって、自由に体を動かす事ができるはずだ。 これから、そのテストをしていく。 いいね?」

「はい。 わかりました」

「1時間もすれば、特に意識しなくても違和感なく、動かせるようになるからね。 それじゃ、ここの公園にある遊具で適当に遊んでみて」

千織は辺りを見回すと早速ブランコの方に駆けていった。

「へぇー もう走ってる。 すごいな。 さすが天才博士」

鋭二が駆けていく千織を見ながら自分の兄に改めて感心している。


「あたしも一緒に遊んでくるね」

ミキは、千織の後を追っかけてブランコ目掛けて駆けていった。

「あ~あ。 ミキは、いつまで経っても子供だなぁ」

鋭二は、自分の妻ながら少々呆れている。

千織はもうブランコに座って起用にそれを漕ぎ出している。

そこにミキも到着し、隣で立ち漕ぎを始める。

「どう。 すごいでしょう」

ミキは自慢げにグングンとブランコを漕いでいく。力を入れて漕ぐのでブランコは、すぐに前後180度に振れる。

「お~い。 ミキ。 危ないから、やめなさ~い!」

鋭二は、大きな声でミキに注意をしている。

「平気、平気。 千織もやってみなよ。 楽しいよ~!」

「よ~し。 お姉さんには負けないよっ!」

千織も座って漕いでいたが、立ち漕ぎに変えてグングンと漕いでいく。

あっと言う間に、ミキと同じ高さになり、さらに追い越してブランコは真上近くまで振りあがる。

「ちょ、ちょっと。 それ以上は千織、あぶないってば!」

ミキが注意するが、時すでに遅し!! 千織のブランコは鉄棒の大車輪のように一回転。

次の瞬間、千織の体はブランコから大きく振り飛ばされた。

「ああぁっ!!」

みんなが、いっせいに悲鳴にも似た声をあげ、飛ばされて行った千織の姿を目で追う。

千織は、未来と違ってパワーは人間並みに抑えられている。 だから、自分の握力で体を支えきれなかったのであろう。


このままでは、地面に叩きつけられた際の衝撃は相当なものになるはずだ。

千織の体は、見事な放物線を描いて、地面との衝突の瞬間目掛けてみるみる落下しつつある。

「もうだめだ。 せっかくの試運転だったのに壊れてしまう」

鋭二は千織の件では、いろいろと苦労してきたので、とても遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。

「わたしがキャッチします」

そう言うと未来が、落下地点目掛けて駆け出す。

未来は、ロボット本来の性能が封印されていないので、トテツモナイ速さで走る。

が、しかし、未来のCPUは落下地点までの到達には間に合わないと既に結果を出していた。

それでも、助けようとする優しい心が未来の電子回路には組み込まれているのだ。


もしも、一般人がこの二つの光景を目撃していたら、どう思った事だろう。

上空を放物線を描いて飛ぶ美少女。

地上を猛スピードで駆けていく美少女。

もう数秒後に千織が地面に激突すると言うのに、秀一は黙って見つめている。

鋭二やミキは、思わず目を逸らせている。

ドッ

タンッ トッ トッ トッ

鈍い音が公園に響き渡る。

みんなは逸らしていた視線を、恐る恐る落下地点の方に向ける。

「・・・」

「ああっ!」

なんと、千織は体操選手のように両手を地面に着いて、その反動でとんぼ返り。

その後、何回転かして衝突時の力を逃がしきると、そのまま公園の外に駆け去っていってしまった。

みんなは、その姿をあっけに取られて、ただポカンと眺めているだけだった。

未来ミクも千織が無事に着地したので、特に追跡もしていない。


「あ・・や・・・あ、兄貴いったいどうしたって言うんだ?」

鋭二は、今起きていることが理解できていない。

「鋭二。 お前、わからないのか? 千織は逃走したのさ!」

「逃走だって?」

「ああ。 本当にしたいことをするために・・・」

秀一は、にやりと笑って鋭二を見た。

まるで最初からこうなる事がわかっていたように!


次回 「野良ロボット」(前編)へ続く

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