第82話 ◆ロボットの死

◆ロボットの死


ドアがゆっくりと開いて行く。

中からは眩しい光が溢れてくる。

「わぁ、眩しいーっ。 サングラスしてくればよかったー」

ミキは目を右手で覆い、その光を遮る。


目が徐々に慣れてくると、中のものの姿が少しずつ明らかになってきた。


「オイオイ、どうやって中に入れたんだい」

そこには秀一が腕組みをし、立ったまま3人の方を見ていた。


「秀一・・・」

「秀一お義兄さん・・・」

「兄貴こそ、なんでオレたちに会おうとしなかったんだい!」

鋭二は少し声を荒げる。


「未来も一緒だったし、まだコレが完成してなかったからね」

そういいながら、秀一は奥の作業台の上に寝かされている、女性を指差した。

「この人って・・・」

ミキは、恐る恐る傍によって、頭の上からつま先まで、じっと眺めた。

「どう? ミキさん。 まったく人と区別が付かないでしょう」

秀一は、誇らしげな声で言った。


「お義兄さん。 これって本当に人間じゃないの?」

「そうですよ。 すごいでしょう」

未来は入口の近くに立ちすくんで中に入ってこようとしない。


「未来、君もこっちに来てごらん」

秀一は未来にやさしく声をかける。

未来はその声に導かれたように、のろのろと作業台の脇まで近寄って来て、そこに寝かされているロボットを見つめた。


「これが、新しい未来の体になるんだよ」

「えーーーーっ!!」

ミキは秀一の言葉にびっくりして大きな声を上げる。

「これが、わたしの新しい体・・・」

未来は表情なく、その横たわったロボットを見つめた。


「そう、いままでのボディは金属の筐体をシリコンの人工皮膚で覆っていたから、近くでみると少し違和感があっただろう。 それに少し強く握ると下の金属に触れてしまった。 でもこれは、完璧だ。 それに、今度の関節は人間と全て同じに動くんだ」


「でも、でも、これは、わたしではありません!」

未来はミキが初めて聞くような、興奮気味の声でしゃべった。

「大丈夫、未来の記憶(記録)は、全部こっちに入れ替えるから」

未来は悲しそうな顔で目の前のもう一人の自分を見つめ黙っている。


「そうだよ! これは未来ちゃんじゃない!」

ミキは怒りながら秀一に向かって言った。

「どうしてですか?」

「どうしてって、例えばお義兄さんが別の体に脳だけ移植されて目が覚めて、これが貴方の新しい体ですって言われたら、どうなんですか?」

「う~ん。 それとは少し違う話しのようだけどなぁ」

「違いませんよ! あたしだって、男から女の子になった時は、死にたいくらいでしたもん。 自分って言うのは、記憶や意識だけじゃなくって、体も含めて全部が自分なんです!」


「僕は、未来が喜んでくれると思って・・ それに、こっちのボディは更に新しい技術が沢山使われているので、未来にとっても望ましいはずなんだ」

「それは未来ちゃんが本当にそう思うかでしょ! 未来ちゃんは、どうなの?」


未来は、少しの間を置いてから言った。

「わたしは今の体で不自由な想いをした事は、ありません。 でも、秀一が、それを望んでいるのなら仕方がありません」

「未来ちゃん・・・ほらっ、未来ちゃんは、ほんとうは嫌なんじゃない!」

ミキが興奮ぎみで、未来に確認する。


「未来、ほんとうに嫌なのかい?」

秀一は未来の肩に手を置いて、顔を覗きながらゆっくり尋ねた。

「記憶を移植しても、それはわたしでは無くなるような気がします」

「そうか・・それならば、試しに一度記憶をこっちにコピーしてみるのはどうだい?」


「えっ? そしたら未来ちゃんが二人になるって事?」

ミキは頭が追いついていかない。


「確かに一時的には、そう言うことになるね。 コピーした新しいほうの自分がどう思うかを聞いて判断してみればイイ」

「お義兄さん。 それって、何か変な気がするんですけど!」

ミキは、なんかムカついていた。


「兄貴。 俺もそう思う。 もしコピーした方の未来ちゃんが、こっちの体の方がイイって言ったら、今の未来ちゃんは、どうするのさ?」

「そう結論が出たら、今の未来の電源を落として、そのまま保管するつもりだ」

「ひ、ひどい! ひどいよ、お義兄さん」

ミキはすでに半泣き状態だ。


「兄貴、一つ質問してもいいかい?」

「ああ、なんだい」

「記憶は記録だって言うのは理解できるような気がする。 でも、いわゆる思考回路も移植するわけじゃないんだろ?」

「回路は最新のものだし、むろんソフトも最新だ」

「それなら、完全に同じって事にはならないよな!」

「鋭二、それなら人間だって同じだよ。 ニューロンやシナプスは、刻々と入れ変わっているじゃないか。 今日の自分が昨日の自分と同じことしか考えられないなら、進歩はないだろう?」

「うっ、そ、それは。 そうだけど」

「でもお義兄さん、人間の変化は徐々にゆくりとでしょ! 未来ちゃんの場合、突然人格が変わってしまうことはないんですか?」

「ソフトにバグでも無い限り、それはありえないね。 そこは僕も特に拘わって創ったところだからね」

はぁ~

ミキは深いため息をついた。

「わたし、もう、何だかわからなくなっちゃたよ」


「ロボットの死・・」

未来がぼそっと呟いた。

「ロボットが死ぬって、どういうことなんでしょう?」

「ロボットの死・・」

3人が同時に同じ言葉を口にした。


「壊れて、起動できなくなった時かな・・?」

ミキが答える。

「でも修理はできるんじゃないか? クルマだって壊れて動かなくなったって、部品を交換すれば、また動くようになるよ?」

鋭二が言う。

「それじゃ、記録が無くなったとき。 例えばパソコンだったらハードディスクが壊れたみたいな?」

また、ミキが答える。

「それも同じ。 ハードディスクも交換できるし、バックアップがあれば、壊れる前の状態には戻せる」

「それじゃ、不死身って事?」

「いや、そうは思わ無いけど・・」

「やっぱり、思考回路とソフトウエアのバージョンが変わったらかな。 人格が変わったら別の人ってことじゃない?」

ミキが首をひねりながら言う。


「そしたら、今回の場合は、いままでの未来ちゃんは死ぬことになるな」

鋭二は、これで決まりというような顔で答える。

「あ゛ーーー。 もうなんだかよくわからなくなっちゃった!!」

ミキは2回目のパニックに陥る。


「秀一さん。 わかりました、わたしやって見ます」

未来が決心した表情で力強く言う。


「やるって、未来ちゃん?」

「初めてのケースなんで、結局やって見なければわからないんです」

「そうか、未来。 やってみてくれるのか」

秀一は嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「それじゃ、新しい未来の体が準備できたら、また連絡するよ」

「お義兄さん。 準備はどのくらいかかりますか?」

「そうだな・・ たぶん1ヶ月くらいかな?」

「そんなにかかるの? わたしたちは、4日しかアメリカにいられないのよ」

「じゃぁ、その時に、またこっちにくればいいじゃないですか」

はぁ~

ミキは、今日何度目かの深いため息をついたのであった。


次回、「未来ミクの未来みらい」へ続く

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