第60話 ◆ブルー・アイ

◆ブルー・アイ


「もしかしたら・・・秀一お義兄さん・・・ですか」

男はにっこり微笑みながら言った。

「大正解。 結婚式の日に会っただけですからね。 よく覚えていてくれました。 嬉しいですよ、ミキさん」

そうなのだ。 秀一はアメリカにある大沢財閥の研究所で、ロボット工学の最先端技術について研究している。

あの日、鋭二達の結婚式だけのために日本に来て、次の日にはもうアメリカに戻っていたのだった。


「あのぉ・・ この娘・・ もしかして死んでるんですか?」

ミキは、目の前に横たわっている少女を指差しながら恐る恐る尋ねた。

「そう言えないこともないかな・・」

秀一はメガネの位置を微妙に動かしながら、思わせぶりに短く答える。

「だって、心臓が動いていません」

エミが横から少し青ざめた顔で言う。

「でも体は温かかったでしょ」

秀一は、ニコニコしている。


「そういえば・・」

エミはちょっと首をかしげながら、もう一度少女の方に視線を落とした。

「それでは、この娘を生き返らせてみせましょう」

そう言うと、秀一は指をパチンと鳴らした。


その音に反応したように、少女の瞼がゆっくりと開き始めた。

目の色は、吸い込まれるほどに澄んだスカイ・ブルーだ。


「うわぁ・・きれい・・この娘、ハーフなんですか?」

ミキは、その神秘的な美しさに感嘆の声を上げながら、義兄に質問をする。

「ハーフねぇ・・・」

秀一は右手を顎にあて、指でその顎を何度か摘まみながら、何かを考えている。


「顔は、日本人に近い気がするんですけど、目の色がブルーですよね。 肌も透き通るように白いし」

ミキはそう言って、開かれたサファイヤのような目を更に覗き込んだ。


「それは・・・僕の趣味ってところかな」

「趣味? ですか・・」

エミがわけがわからないと言うような顔をしている。


少女は目を開けると、首を動かさずに瞳だけをゆっくり左右に動かした。

しかし、その視界に何も変わったことが無い事がわかると、またゆっくり瞼を閉じてしまった。


「未来ミク!」

秀一が少女の名前らしき言葉で呼びかけると、こんどは少女の瞼が瞬時に開き「ハイ」と返事をした。

そして少女は返事をすると同時に上体をすっと起こしたが、その時その体にかかっていた白いシーツがスルリと滑り落ちてしまった。


「あっ!」

シーツが落ちた途端、ミキとエミは、まるで双子のように声を上げ、その口に手をあてた。

驚いたのは無理は無かった。

何故なら、その少女の胸から下は、金属の骨組みや束になったコード類が無数にぶら下がっていたからだ。


「まだまだ、人と同じようにはいかない部分も多いけど、この娘は日常生活の範囲なら、大抵は順応することができるんだよ」

秀一は、二人が声が出せないほど驚いているのを面白そうに見ながら、そう説明を加えた。


「って言うことは、この娘はロボットなんですか?」

ポカンと大きな口を開けていたミキが、間抜けな質問をする。

「そのとおりです。 もう少ししたらミキさんの家にも、この娘を試験用にお手伝いさんとして置いてもらおうと思っているんですよ」

「う・・うちには清水さんがいますから、お手伝いさんは必要ありませんけど」

ミキは真顔で反応している。


そんなミキを無視しながら、秀一は未来ミクの方へ近づいて行き話しかけた。

「気分はどうだい?」

「秀一博士。 早くわたしの体を元通りにしてください」

「ごめん、ごめん。 もう少しでメンテナンスが終わるからね」

「あの・・そちらの方達は?」

上体を起こしたまま、【ミク】が二人を見つめている。


「紹介しよう。 僕の義理の妹たちで、こちらがミキさんで、あちらが、エミさんだ」

「はじめまして。 わたしは【ミク】といいます」

その美しいロボットの少女は、にっこり微笑んで挨拶をする。

その声は、ロボットをイメージするような電子音では無く、人間の声とまったく変わらない。

「ど、どうも、はじめまして。 ミキです」

「あっ、わたしはエミです」

「ミキさん、エミさん。 よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ」

「どうです。 声も違和感が無いでしょう。 声を出す仕組みも人口的な声帯を通して出しているんですよ」

秀一はそういいながら、愛しい者を見るように目を細め【ミク】を見つめていた。

ミキは、クローンのエミを初めて見た時よりも、遥かに大きな衝撃を受けていた。



■補足

さて、大沢財閥の長男、秀一は天才工学博士。

大沢グループは世界に先駆け、完全な人型ロボットの実用化を目指していた。

先発企業が、二足歩行ロボットを走らせているレベルを一気に追い抜き、一般販売レベルまでを数年以内に実現するのだ。

秀一は、そのための検証試験を身内の家庭内で行うことを考えている。

なぜなら、何時どのような事故が起きるか誰も予想できないからだ。


■次回予告

そんなわけで、どうしても断れないうちに、【ミク】は大沢家にやってきたが、果たして清水さんと上手くやっていけるのだろうか・・・

そんなんで次回、「メイド服なの?」へ続く

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