第7話 ◆2日目の災難
◆2日目の災難
トゥルルル、トゥルルル
電話の呼び出し音が遠くから聞こえてくる。
「う、う~ん」
トゥルルル、ガチャッ
オレはベッドの布団の中から手を伸ばし、手探りで受話器を取った。
「ふぁ~い」
「おはようございます。 ミキ様」
「ふぁい。 おふぁようございます」
「お目覚めですか」
「ハイ、お目覚めしました」←変?
実はオレは寝起きがめちゃめちゃ弱い。 いつもしばらく頭がぼ~としている。
「それでは、朝食のご用意ができておりますので、ダイニングまでお越しください」
電話の向こうから優しい声が聞こえる。 うちの母さんとは大違いだぞ!
「ハイ。 あれ? みどりさんは?」
「みどりお嬢様は、いまお風呂に入られています。 ミキ様もいかがでしょうか」
「う~ん。 わ、わたしは結構です」
温泉旅館じゃないんだからサ。 普通は朝からお風呂に入らないよな~!
「さようでございますか。 それではダイニングでお待ちいたしております」
そうだった、オレは昨日みどりさんの家に泊まったんだっけ。
でも流石にお嬢様だなあ。 朝から大理石のお風呂かぁ。
慣れない制服を着るのに時間がかかって、1階のダイニングへ降りていくと、みどりさんはもうお風呂から上がり、着替えて待っていた。
「ごめん。 待たせちゃった?」
「いいえ。 それより昨日はゆっくり休めた?」
いえ、アンタのせいで明け方まで眠れませんでした! そう心の中で叫びながら 「えぇ、ぐっすり」っとにっこり微笑んでみせる。
「そう、よかった。 じゃぁ、ず~っと泊まっていったらどうかしら?」
げっ、なんて事いいだすんだ!
「いえ、そういうわけにも・・・」
「そう、残念ね。 でも週に4日くらいならいいでしょ?」
「あはは」
「ほほほ」
はぁ~。 こりゃぁ、このお嬢様本気だな。
「さぁ、お嬢様方、早くお食事を済ませないと学校に遅れますよ」
「はい。 それではミキさん、お好きなものを召し上がってくださいね」
「えぇ、ありがとう」
凄いなぁ。 お嬢様って、朝からこんな豪華なものを食べてるのかぁ。
美味しいものを少しだけ食べる。 やっぱりこれが贅沢ってもんなんだ。
さて、ゴージャスな食事を済ませてリビングで待っていると、玄関に昨日のロールスロイスが音もなくやって来て停まった。
「クルマがきたわ。 さぁ、行きましょ」
「ええ」
オイオイ、若いうちからこんな生活してて本当にいいのか?
オレだって、あんな薬飲まなければ、こんな世界は知らなかったんだけど、世の中ってほんと不公平にできてるよな。
「さあ、ミキ様、どうぞ」
おまけに執事のオジサンがクルマのドアまで開けてくれる。
クルマに乗り込むのにも男女の違いがあるなんて考えたことがなかったけど、ここはバレナイように、みどりさんの真似をしながらシートに優雅に腰を下ろす。
「高瀬さん、お願いします」
「かしこまりました。 お嬢様」
それにしても運転手さんも上品そうな人だなぁ・・・
さすが世界の高級車。 5分も走ると素晴らしい乗り心地ですっかり眠くなってしまい、ウトウトし始めるているとみどりさんが質問をしてきた。
「ところで、ミキの家ってどこら辺なの?」
「うん? あぁ、海岸通りを真っ直ぐ行くと大きな松の木が3本あるじゃない」
「あぁ、ファミリーレストランの近くの?」
「うん、そうソコ。 そこの交差点を右に曲がって100mくらいのところかな」
「ふ~ん」
「あっ、小さな家だから、きっとわからないよ」
このときは家の場所を教えた事で、あんな事態になるなんて思ってもみなかったんだ。
さてクルマは途中の交差点を右折し、富士見ヶ丘中学の裏門から入り、ぐるっとまわって玄関(職員室側)の前で停まった。
すぐに運転手の高瀬さんがドアを開けてくれる。
ほんとは自分で開けて降りたほうが早いんだけどね。
これが上流階級の生活ってヤツなんだな。
そして2日目の授業は、オレの活躍できる体育もなく、退屈なくらい平和なまま過ぎていき、あっと言う間に放課後になった。
さぁ、昨日は良く眠れなかったからさっさと家に帰って寝よっと。
そう思ってクツを履き替え正門の方に歩き始めたとき。
「ミキーーー!!」
遠くから、みどりさんが全速力で走ってくる。
「みどりさん。どうしたの? そんなに慌てて」
「ハァ、ハァ。 ねぇ。 わたしに黙って帰るなんて・・・ハァ、ハァ・・・ひどい・・・ゼィゼィ・・・じゃない」
「へ? わたし何か約束してたっけ?」
「ハァ、ハァ。 これから約束しようと思ってたのよ!」
うぇ・・・今日はもう勘弁してくれよ。
「でも、今日はちょっと用事があるんで」
「どんな?」
オイオイ、そこまで他人に話さなきゃいけないのかよ!
「母と買い物に行く事になってるの」
まぁ、こんな用事でよいだろう。 早く諦めてくれよ。
「そ、それなら、仕方ありませんわね」
ほっ。 良かった。
このお嬢様は結構諦めは良いほうなんじゃないか。
「それじゃ。 さようなら。 昨日は、ほんとに楽しかったわ」
「さようなら」
この時オレのうしろ姿を見つめる、みどりさんの目がキラリと光ったのに気づくハズもなかったオレだった。
さて、制服姿にも少し慣れたし、帰りはホントに買い物して帰ろうかな。
面倒だけど女物の下着やら洋服なんかも必要だし。
服とかは母さんが結構揃えてくれたと思っていたけど、良く見ればカワイ過ぎて普段は着れないものばかりだったしなぁ。
学校前のバス停から、家とは逆の富士見ガ丘駅前行きのバスに乗る。
ここから駅までは10分ちょっとで比較的便利が良い。
駅前には、2年ほど前に出来た大きなデパートがあるし、駅周辺には結構有名なブティックなんかもある。
オレは男歩きになるのを気を付けつつ、ウィンドウを覗きながら自分に合いそうな洋服を探していた。
「ねぇ、そこの彼女。 ちょっと」
うん? オレ?
振り返って見ると、そこには見るからに”女の敵”のような男が立っていた。
うわっ、超感じ悪~!
「なっ、何ですか?」
「ちょっと、いま時間イイですか」
「あの、買い物の途中なので・・・」
「あぁ、時間は取らせませんから。 5分だけ。 ネッ、いいでしょ?」
こういうのが一番危ないんだって!
「いえ、困ります」
「そう、じゃぁ名刺だけでもね。 これうちのプロダクションの連絡先。 アイドルになりたいと思ったらココに電話してね」
渡された名刺を見ると、芸能界では結構有名な事務所の名前が書かれていた。
「うそっ。 今のはスカウトだったんだ。 ひゃ~オレって結構カワイイのかナ?」
結局この日は、地味目のワンピースとソックスなんかを買って帰った。
女物なんて買った事が無かったんで、精神的にもめちゃめちゃ疲れてしまいソファでぐったりしながらテレビを見ていると・・・
ピンポ~ン。 ピンポ~ン。 突然玄関のチャイムが鳴った。
「ハ~イ」
母さんがパタパタと玄関にかけていく。
今ごろ誰だろう?
パタパタパタ。
母さんが結構な速さで戻ってきた。
「ミキ。 あなたのお友達よ。 神崎さんだって」
げっ、みどりさん。 いったいどうして、うちがわかったんだ?
し、しかも何しに?
「えへへ。 ミキさん。 来ちゃった」
「来ちゃったって・・・ 何しに?」
「えぇーー ひどぉーい。 せっかく泊まりにきたのにぃー」
そう言う、みどりさんの手には大きなカバンが・・・
「なっ、なんだって?」 思わず言葉も乱れる。
「ほら、昨日はわたしの家だったから、今日はミキさんちの番!」
「番だって・・・う、うちはみどりさんの家みたいに大きくないし」
「あら、気にしなくてよ」
そっちは気にしなくたって、こっちがするってーの!
「そうよミキちゃん。 昨日泊めていただいたんでしょ。 今日はうちに泊まってもらえばいいじゃない」
「お、お母さん・・・」
な、なんて事言うんだ!
「どうそ、どうぞ。 狭い家だけど泊まってってくださいね」
「ちょっ・・・」
「ありがとうございます。 おば様」
一難去ってまた一難。 今日もオレ眠れそうに無いじゃん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます