第2話 謎の卵とVR実習の始まり

 朝起きたら、ベットに卵が転がっていた。抱えるほど大きい卵だ。ダチョウの卵でもここまで大きくはない。


 色は黒色で、亀裂のような模様は煌々と赤く輝いている。まるで溶岩を内包した岩石だ。シーツが燃えないのが不思議なくらいだ。で、ここで気づく。これ、いつもの幻覚だわ。


 僕は興味本位で、卵に手を伸ばす。いつものように触れることなく、すり抜けること思っていた。


「え? なんで?」


 予想に反して、その卵に指先がコツンとあたる。


「……暖かい」


 触れたそれは、ゴツゴツした肌触りで、仄かに熱を帯びていた。これが幻覚でないとして、なぜそんな卵が僕の寝室の、それもベットの中にあらのだろうか?


「お兄ちゃん……学校に遅刻するよ」


 深く思考していたのか、妹『優愛』の接近に全く気づかなかった。病気のせいで灰色に霞んでしまった髪は、目元を隠すように長い。これは、病気の影響で、右目が変色しているのを隠すためだった。


「あ、ああ、おはよう。今いくよ」

「……朝ごはん、今日もないって」

「そうか、なら早く作らないとな」


 母子家庭である僕らの朝は、母親が仕事で出かけている事が多い。そのため、朝食の準備から始まる。病弱なユアに朝から無理をさせるわけにはいかないので、僕が家事全般を受け持っている。


「目玉焼きと卵焼きどっちがいい?」

「今日は目玉焼きの気分。それとパンがいい」


 渡された生活費に余裕はない。朝食は卵焼きか目玉焼きの2択しかない。あとは、パンにするかご飯にするかの違いだろう。


 エプロンをつけて、そそくさと調理を始める。フライパンに油をひきながら、ボンヤリと考え事をする。今日はVR実習が行われる日で、講師の人を招いての授業がメインとなる。3日間に及ぶ実習をみんな楽しみにしている。もちろん、僕も例外ではない。


 慣れた手つきで2つ卵を割り入れる。ジュウ…と、焼ける卵を見ながら考える。あの黒い卵をどうしようかと。お母さんに連絡……だめだ。今は仕事中だし、最近疲れが溜まっているお母さんに、これ以上は心配はかけきれない。あとは、警察、保健所……めどくさそうだなあ。実習を終えてから考えよう。


「よし、完成と……ユアお皿とってー」


 難しいことは後回しにした。



  ■ ■ ■



 登校すると学校はVR実習の話題で持ちきりだった。朝の会を終えて、VR室に移動してもその喧騒は止む事はなかった。


「で、実際どうよ? 俺、もうワクワクが止まらないよ! 昨日なんて全然眠れなかったし! VRで兄貴達が楽しそうに遊んでるのを見てるしかなかったからな」


 僕の隣で捲したてているのは、友達の藤井 良太だ。みんなからリョウタと呼ばれ、お調子者ながら、弄られる程度には愛されてるし、目立つ存在だ。明るく元気だが、元気すぎてずっと話していると疲れるらしく、自然と聞き手として機能する、おとなしい僕に絡んでくる。


「VRが10歳……小学校高学年からって誰が決めたんだ? マジでふざけているよな!」

「さあ? お酒やタバコみたいなものじゃないかな? あとは、運転免許とかと同じで子供だと危険だったり?」

「VRの何が危険なんだよ。俺の兄貴は1つ歳上ってだけだぜ! いつも俺にVRの話をして自慢してくるんだよ!」


 リョウタの愚痴に適当な相槌をうちつつ、僕は欠伸をかみ殺す。最近は『幻』が多くて寝付けない。そして、今朝の卵ときもんだ。そんな、やり取りをするうちに1時間目の時刻となった。


「起立、礼。これからVR実習を始めます」

「「よろしくお願いします」」


 児童会長の号令で切り替えて、皆んなは挨拶をする。ここで問題を起こしたら摘み出されると散々に脅されたからね。司会を務める児童会長から紹介を受けて、今回の講師が壇上する。


「皆さん。こんにちは。私はデジタルハーツプロジェクトの代表としてここに招かれました。三条 心です」


 古ぼけたバイザーで、顔面を覆った男性だった。視力を補助しているのか、バイザーの眼光が赤く明滅を繰り返している。


「さて、VRについて、深く講義をしたいところですが、君たちはそれどころではない。ならば必然! VRでの講演こそが、効率よく君たちに実情を伝えきれるだろう」


 周りがわっと沸き立った。誰もがVRの世界へと渇望を露わにしている。


「これより、私の…。いや、人類が0から作り上げた世界へと招待しよう。創造主は君たちだ! 神は君たちに逆らえない! ああ、そうとも! これより、世界は始まるのだ! 」


 酔ったように講師のおじさんは語る。熱を持った声色に導かれるように僕らはVRの世界へ旅立つ準備を始める。


 起動方法は事前学習で予習済みだ。先生やスタッフの補助を受け、首に巻いたチョーカー型のVRディバイスを起動せる。


 そして、夢にまで見たゲームの世界へとダイブする。


 僕たちは、その場所が、ゲームのみならず、情報が漂う国境を超えた危険地帯だと知る由もなかった。

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