第3話 VRクリエイトと孵化
VR世界にダイブしてはじめの感想は、現実世界との誤差がほとんどないことだった。五感に異常はなく、指先から足先までしっかりと感覚があり動かせる。不思議としか表現できない。
みんながざわつきはするものも、大声を上げるものはいなかった。事前学習で注意を受けていたのものそうだし、興奮より困惑の方が大きいのもあるようだ。
「ようこそVR世界へ。まずは君たちの『アバター』について解説しよう」
講師のおじさんが僕らの前に立ち、話を始める。
「未成年である君たちは『ルーツ』と呼ばれる初期アバターが与えられている。外見は現実世界と変わらない。服は黒のボディスーツが標準となっている。まあ、この世界でいう体育着と思ってくれ。実習中はこの姿で我慢してもらいたい」
みんな自分の姿を確認して、はしゃぐ者と恥ずかしがる者と反応が分かれる。このスーツ、体のラインがはっきり見えてしまうのだ。女子には辛かろう。
「さて、体を自由に動かせる事は確認しているね? 君たちも容姿をカッコ良く可愛く変えたいと考えてるかもしれない。しかし、それは許されていない」
その昔、『VR酔い』という事故が多発していた。VRのアバターと現実世界の体とで誤差がありすぎたため、感覚が狂って交通事故を引き起こしていた。
なので容姿も体格も現実世界と同じにするよう法律が整備されたのだ。事前学習と同じ内容をつらつらとおじさんが語る。
「アバターの講義はこれくらいにしておこう。次はこの真っ白なサイバー空間についてだ。ここは私が『ルームマスター』として管理している。ここではあらゆる事が私の許可を必要としている。例えば……」
おじさんが手のひらをかざすと、そこに炎が吹き上がった。まるで魔法のようだ。
「VR世界では『作る創造』は『考える想像』と同じだ。体を動かすことを頭で考えて実行するように、思い描いたものをデータとして出現させる。絵を描いたりプログラムを入力する事なく『感覚』であらゆるものも形作れる。これを『クリエイト』と呼ぶ」
炎が凍りつき、ゴトンと白い床に落ちる。
「ただ、公共の場で皆んなが好き勝手に『クリエイト』したら大変な事になる。なので、あらゆる空間にはルールがあり、クリエイトは禁止されている。だが、プライベート空間では別だ。自分の好きなように世界を作っていいのだ。そういう仕事もある」
おじさんが腕を払うと、電気が駆け巡るように光が世界を走り消えていった。
「今、限定的なクリエイトを解除した。これからみんなには野球ボールほどの『白い球体』をクリエイトしてもらいたい。時間は30分だ」
おじさんは当然のように白い球体を作り出し、手のひらで転がした。それを見てなんだ簡単じゃんと、僕らはクリエイトに取り掛かる。
結果は、
「なんで潰れたボールしか出来ねぇんだよおおお!」
リョウタが叫んで、再びクリエイトするもペシャンコのボールが出来上がるだけだった。これでもリョウタはましな方で、ひどい児童だとクリエイトすらできていない。
みんなが悪戦苦闘する中、僕は少々肩身の狭い思いをしていた。
できちゃったのだ。1発で完璧な球体をクリエイトしてしまった。3、4個クリエイトして転がしていた辺りで飽きてしまった。
そして、隣には僕と同じように一度のクリエイトで成功した人物がいた。
「……」
唄乃 嬉々。
そういえば、この娘も同じクラスだったね。最近空気化してて忘れていたよ。話題もないし、唄乃 嬉々が喋らない事は知ってるけど、沈黙がきつい。どうしようすごく気まずいよ。てか、VR空間なのにヘッドホン持ち込めてるのすごくね? いや、僕もゴーグル持ち込んできてるけど。
その日、実習はクリエイトを中心とした内容で、終始、僕と唄乃さんは暇をもてあます事になった。最後まで僕らの間に会話が生まれる事はなかった。
■ ■ ■
家に帰ると、夕ご飯が用意されていた。お母さんが帰って来てたらしい。書き置きに今日は仕事で遅くなると書かれていた。
妹は部屋で寝ているので、家は静まり返っていた。
書き置きの横に、箱が置かれていたので開封すると、スマホ型のVRデバイスが収まっていた。『VRデビューおめでとう!』と、お母さんのメッセージが添えられている。
お母さん、あと2日の実習終えないと、法律的に使えないよ。
とことん抜けた母親に苦笑しつつ、僕はVRデバイス片手に自室のベッドに寝転がる。
「少し設定するぐらいはいいよね? VRに繋がらなければいいんだし」
僕がVRデバイスの電源を入れ、僕の脳波を登録していた時だった。デバイスが震えて、画面に『No.523に接続しました。デジタルハーツをダウンロードします』と、表示された。
何これ、バグ? ハッキングでもされてるの?
僕が説明書をめくり慌てていると、『これよりクリエイトを開始します』と表示され、デバイスが震える。
「ど、どうしようこれ」
ピキッ、と音がした。布団の中からだ。あそこには確か、黒い卵があった筈だ。パキッパキッと、殻を破る音が部屋に響き渡る。そして、
「ふみゅ〜」
気の抜けた鳴き声をあげて、布団の中から生物が這い出てて来た。饅頭のような丸々とした黒い体に、煌煌と輝く瞳が2つ輝いている。頭は火山のようになっていて、穴が仄かに光っていた。
「ふみゅ〜ふみゅ〜」
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