2018/11/04

"hello 遥かな今日を何と例えよう?

あと少し 空気がまだあるうちに"


何故かは、わからない。しかし、寒空の下、頬を濡らしながら家路を歩く彼の頭には、そんな曲が強く響いて、鳴っていた。


ーーーー


5年半の長い長い旅路が、今日、終わりを告げた。


例えるとしたらそう、そんな1日の、最後だった。


振り返ればあっという間だった。確かにそれは長旅で、旅の途中はいつまでも続いているかのような長いものに思えたが、終わってしまえばあっという間に感じてしまう。


そう、あっという間だった。できることなら、永遠に続いて欲しかった。


僕が悟った旅の終わりは、時としてひどく悲しく、寂しく思えた。でも、そこには確かに、明らかに嬉しさ、安堵、そんな気持ちがあった。


別れ際、僕は顔を覆っていた。目頭から溢れてくるそれを堪えそうになかったから。


彼はバイクを押して帰路へと向かおうとしていた。視界の外れ、彼はバイクに跨った。僕は強く顔を拭って、微笑んだ。


僕は、彼の背中へと、強く手を振った。彼は去り際、思った通り、僕の方へ振り向いてくれた。


彼も大きく手を振り返してくれた。


消えゆく彼の背中を見送り終えた僕は、次のタバコに手をかけることなく立ち上がり、家路へと歩み始めた。


"小さな祈りを 何度も捧げて何かがそう変わり始める気がして"


彼の幸せを祈る気持ちと、自らの悲しみとを、強く、愛おしく、抱きしめながら。


"この一刻みを この辿る運命を

全てを乗せて包むように"


ーーーー


秋とは思えない厳しい寒さの家路を終えてなお、その曲は彼の頭に鳴り響き続けた。


"and I stay on land

and I stay on land

and I stay on land

無くした その後に

生まれ行く今日を例えた唯一の物語を"


ぼんやりと、ただぼんやりと、明日が見えたような、そんな気がした。


次の旅路はどんな物語が待っているのだろう。彼はそう思いながらも、今日はただ、この悲しみを涙に代えて洗い流していたいと思った。


願わくば、もう一度、たったもう一度だけ、同じ旅路を歩みたいと、その旅路にある物語を知りたいと、強く想いながら。


"気が付けば 太陽に沿って 音が溢れて 今

振り向けば 芽生う地で 音が溢れて 今

生まれ行く 今日を讃え 音が溢れて 今

手を伸ばす そう 今と在るように"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る