実験と実権
女船長は、自分が知っていることを話すから命だけは助けてくれと平伏した。誰も命なんか取らない。取るとしても、それは、そうするだけの理由が見つかってからでいい。ジェレミーは女船長の横の椅子に座って話を聞いた。
* * *
本人も知っている通り、ジェレミー某という名前は偽名である。女船長が彼を拘束し収容した際に名乗り、また身分証で示された名前である。
彼への尋問でわかったことは、ジェレミーはその名前を刷り込まれてどこかの犯罪組織の命令で犯罪を犯し、その途中で惑星連合の裏の情報を扱う場面に遭遇し、そこにいた秘密裏の事業の関係者を数名殺してしまったこと。そして、ジェレミーとしての人生と命令以外を、適切な処置以外では思い出せなくしてあったことだけであった。
つまり、どこかの規模の大きな犯罪組織の捨て駒であり、この時点で記憶処理が施されていた。組織からしたら、自分たちの情報を漏らさずに済み、記憶処置自体以外は劇的に安価で済む、おいしい手段である。
本来の罪状である殺人で立件するには、表の社会で存在していない犠牲者や情報の存在を、表の世界に公表してしまうことになる。女船長の上司は、ジェレミーを凶悪な政治テロ犯として公的な情報を残すことにした。そして、政治犯の多くに行われる、思想のコントロールのための別の記憶処理を施された。多くは名前を変えて生きていくことになるが、ジェレミーの場合は公には死んだことになった。
死んだ者に遠慮も容赦も要らない。ジェレミーは数多の犯罪者たちと共に、連合の被験体として利用されることになったのである。
そして、搬送中に、追放刑として急にジロウに落とされた。本物の調査隊も下ろすはずだったが、別の任務との兼ね合いで降ろす時間がなかったので、ジェレミー一人を置き去りにしてしまった。
「どうせ調査隊も見殺しだったの。だから、それは好きなだけ、私を恨むといいわ」
ジェレミーは首を横に振って否定した。大量の記憶を捨て去り、丸一年以上を手術に費やしたのだ。もう、深くかかわっていく気はない。まして、自分を使った組織なんかたった今まで存在を認知していなかったのだから恨みようがない。どうでもよいと言ってもいい。
* * *
船の名前のからくりも、惑星連合の機密にかかわる事だった。本来は違反である二重船籍を、機密にかかわる船舶だけは所持しているのだ。
そのこと自体も一定以上の権限がないと知りえない機密であり、女船長は話したくなさそうだった。ラグが女船長の胸倉をつかんで、話を促した。
エクセリオンは民間の輸送船としての船籍であり、機密に関する任務用に特別な船籍を持っている。特別な船籍を持つ船同士の連絡は、特殊な回線を使用する。その時に、その隠れた名で連絡を取り合うことによって、相手がその機密を扱うに足る資格を持っているかを判別するのだ。
エクセリオンの任務中の名がノーチラスで、コンスティテューションの場合はエンタープライズとなる。隠れた名を知っているのは、同じ任務を受けた船長のみで、任務によって隠れた名は毎回つけなおされる。
* * *
ラグはジェレミーに、この女船長をどうするか尋ねた。ジェレミーは、自分は公式的には死んでいるのだから、いない存在として忘れ去ってほしいと言った。
女船長は、上司にはジロウの状態を、偶然惑星を見つけた人々が遺物を利用する以外に変化はないと報告することを約束した。ジェレミーのことは、落下時に死んだことにすると決めた。そして、廃棄惑星への攻撃には参加しないことを、約束した。
議題は彼女の上司をどうするかに移った。ただコンスティテューションが探せない状態な上に、違う任務を受けているらしくエクセリオンの秘密回線でも連絡が取れない状態だった。
ラグたちジュール号の面々や、協力する船の中には、今いる船のほかに連合に対抗する勢力を募って戦おうと勢いづく人も珍しくなかった。ただ、ジェレミーたちジロウ組は、もうどちらにもかかわらずに鎖国状態でいいから静かに暮らしたいと考えていて、ラグは残念だと告げた。
「そのほうがいい。私のことはもう上司にはわかってるだろうから、私も、戦うか逃げるかしか、出来ないし、戦う気はない。船を自動操縦で返して、どこへでも行くわ」
ラグはジュール号をジロウへ向かわせた。
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