医療ステーションにて
医療ステーションの近くに、廃棄された星の一つがあることに気付き、ジュール号はそちらへ向かうことに決めた。道中で、ジェレミーは目的の医療ステーションにようやく下ろしてもらえることになる。
ある程度の地点で連絡を入れておいたため、受付で手続きをするとすぐに担当医の案内をする医療ボットがやってきた。
ジェレミーはまず入院の手続きをした。電子的になったとはいえ、書類を何枚も書くのは面倒なことだ。キー入力や選択だけでなく、ペン型の端末で自筆しなくてはならない箇所が多いのだ。生命にかかわるかなり危険な手術が含まれているのだから当然とはいえ、これだけで診察時間を費やし、あとは病室で説明を受けることになった。
記憶処置を軽減あるいは影響をなくす手術は、効果の段階によって分かれている。
最も危険度が少なく安全なのは、最低限の薬を一年に数回投与し、あとは効果を安定させるための薬を最低五~六年飲み続けるという療法Aだ。これは、最も強い薬でも、ジェレミーになされた処置にはまったく効かない。ジロウを離れる際の応急処置は、これの、薬だけ多少危険度が上がるものを用いただけである。なので、荷物としてその薬をジェレミーは持ち込んでいる。
次に安全なのは、上記の薬に並行して脳の外科手術を行う療法Bだ。危険なのは手術だけで、薬は上と同じ。ただ、薬を飲む期間が一〇〇パーセントの確率で一生涯にわたるだけである。
ジェレミーがされたような、特定の情報に触れると効果が出るという記憶処置自体への効果は薄い。自分から情報に触れに行こうとしている者には意味はないと言える。ただ、様々な処置に使える療法で、日常生活を送るだけなら処置の副作用や後遺症は全く気付かない。療法を行った患者は多く、失敗も限りなく少ない。
療法Cは、主に外科処置だが、外科処置主体の療法の中では処置例が膨大で安定している。
一〇〇人に一人程度、これからの記憶に多少覚えられないとか一時的な健忘が起こるという人がいるなど薬との相性の問題がある事と、記憶を失った直後、ジェレミーの場合はジロウに降りた直後からの記憶が一部なくなってしまう可能性があるという以外は問題はない。そして確実に記憶処置への効果がある。
療法Dからは、外科手術を何回も行い、強い薬や電極を使い、副作用も大きくなる。Dは確実に記憶処置の影響が消せ、核心に触れようが平気になる。飲み薬も半年か一年くらいで済む。しかし副作用や手術の失敗の確率が高めである。そして、成功失敗にかかわらず、ジェレミーはジロウ以前の記憶を、後から思い出せたもの含めてほとんど失い、のちの記憶も多少失う。
療法EはDよりも広い範囲の手術を行う。症例は少なく、副作用や失敗確率もさらに大きくなる。やはり、以前の記憶をほぼ失う。そして、脳への負担があまりにも大きいため、この手術を受けるといくつかの脳外科手術を一切受けられなくなる。ただし、効果は完璧で、さらに、ある程度までの記憶処置を施せなくなる。
ちなみに失敗すると運が良くても大脳が八割、小脳が五割だめになり、どれだけ治療とリハビリとを施しても晩年の老人のような生活になるため、手術の手続き書類に「失敗したらどうする」という選択肢がついている。提携のホスピス惑星行きか、家族か専門の施設に一生介護されるか、お亡くなりにしてもらうか、治療法の実験台になるか、いずれかである。
Fもあるが、Eより全てが強力なので、お察しである。処置例が連邦内で数軒しかない。完全な成功例はまだない。お察しである。
大事なことなので担当医はしつこく念押しし、ジェレミーはEとFはないよとだけ即座に決めた。
どれを選んでも、最低一か月は入院である。Aは意味がないので除外。Bを選ぶとエクセリオンがらみに首を突っ込むのを諦めることを意味する。Cは術後の経過によっては何種類かの薬を一生飲み、時折経過を見ることになる以外に支障はない。Dは、後からの記憶まで失うことになるのが問題だが、仲間たちと話せば他人事にはなるかもしれないが覚え直せる。
ジェレミーは一晩考えると伝えた。医者は、最初の手術は三日後になると伝え、病室を出て行った。入れ違うように付き添いとしてリコが入ってきた。二人部屋だが空いているので、そちらを使うようにとボットからナースの声がした。そのボットは病室のつかいかたという電子パンフを置いて去っていった。
翌朝、ジェレミーは検診に来た担当医に、療法Cを受けるが、手術回数を増やし、効果を上げることはできないかと交渉した。結局、手術範囲がCとDの間のような処置例を探し、それを行うことに決めた。失敗するとDの失敗と同様に消える記憶が広範囲にわたるが、Cにあった薬との相性の問題はDに使う別の薬を使うことで多少回避できる。
* * *
ジェレミーが手術を受け、リハビリに励む間、ジュール号は立ち寄った廃棄星を見て回り、それから知り合った人材や買い集めた物資をツクバへ届けるのだった。
一隻だけではない。様々な場所に、廃棄星から逃れた人や祖先をもつ人が暮らしていて、事情を察すると快く協力してくれる者がいた。少しずつ、ジロウと往復する船が増えていく。目立たないように、連絡を取り合い、少数ずつツクバに降り立つのだった。
ひと月の間に、ツクバだけは、シェルターやシールドを強化し、安全を確保できるようになった。やってきた技術者たちによって、ツクバから少し離れたところにある環境整備AIやロボットたちを治し、あるいは改良していった。市内で、出来そうなところに畑や花壇を作り、市民たちに当番を割り振った。町だけでなく、道路にも少しずつシールドを張って、安全な範囲を増やしていくことにした。順番に隣の町、その隣、と続けていく方針だ。
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