別の道を
懐かしいシェルターは、ジェレミーたちが出て行ってほぼそのままだった。最初に暮らしていた出入口付近は扉が閉まらないせいで『犬』が寝床にしていた。見える空はどんよりと曇っていた。砂浜のほうへ出るのは難しそうだ。
軽く見て回り、持ち出せそうなものはもうないと確認すると、サガミハラとは別の、ジェレミーたちに開けられなかった出口をアシダカの脚部で蹴り飛ばした。
きゃあ、と音声変換器のような妙に高い声が響いた。むぃが一匹、物陰からアシダカたちを見つめている。
「むむむいっ」
ブールが近寄って鳴くと、隠れていた個体は何事もなかったかのようにその場で遊び始めた。単に、久々に『犬』以外の大型生物を見て驚いただけらしい。
「このさきの まち しらないか きいてみたんだけど しらないって」
ブールをコクピットに引き上げて、アシダカは歩みを続ける。先頭のアシダカの操縦者が地図と周りの森を見ながら進んでいく。雨が降りそうだし、この先の町かシェルターで休憩し、あの謎の長文を読む時間も取ろうと話がまとまっていた。
カタカナの「キ」の字の上端、ジェレミーたちが行けなかった隔壁の近くの出口をアシダカの力でこじ開けて、まずは見張り担当のアシガカが這い出ていく。
『乗ったままなら、大丈夫そうですよ。えっと、しばらく降りられなさそうです。』
全ての機体が揃って、一度見回してみる。ところどころ森や林があるが、全くのジャングルではなさそうだ。そして、間を埋める草地やぼろぼろの道路に、『犬』がうろついていたり、小動物の死骸が転がっているのが見える。
目的の方角に目をやると、そういった草地やまばらな木々の向こう、数キロ程度先だろうか、おそらく町だろうと思える、建物の哀れな残骸が見えた。倍率を全開にした双眼鏡を覗けば、これまでの町と違い、恐ろしく風化しているのが分かった。
「信号送っても反応なかったし、やっぱりシールドごと死んでるなァ、こりゃあ。……しばらくどころじゃあ、ないと思っておいたほうがいいぞ」
隊長が豪快に笑い、他の隊員たちとジェレミーとジョシュが嫌そうな顔をした。
隊長やリコたちは、何度も、一日アシダカに乗ったまま夜を明かす訓練をしている。しかし、嫌なものは嫌なのだ。なんたって、空調があっても息苦しいし、寝心地が最悪だ。訓練で三日過ごした際には、隊長以外翌日はまるまる一日仕事にならなかったくらいだ。
数時間座ってただけであちこちが痛いジェレミーには恐ろしいことのように思えたし、猫だから人間と体勢や感覚が異なるジョシュには彼以上におぞましい苦行である。
そして、町を目の前にすると、隊長でさえ黙った。状況報告を兼ねて喋ることすら忘れて、しばらく立ち尽くした。
街を守るシールドがないということは、外部からの動植物の流入だけでなく、風雨にさらされることにもなる。(シールド内では、雨は必要に応じて機械制御で降らせているか、一部を開放して外の雨をそのまま降らせている)
自然の激しい風雨など想定されていない、製法の脆いコンクリート製。建物は、というよりこの「ヤマガタ」という町そのものがまさに砂上の楼閣のようにさらさらと崩れ落ちるままの姿をさらしていた。
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