マルとシカクとハコ
ジョシュ親子が向かったのは、秘密基地があるマンションのある区画と全く違うビルが並ぶ場所だった。合計で四車線以上ある広い道路に囲まれ、それ以外の、区画の中を通る道は狭い、奇妙なつくりだった。ツクバでさえ片側二車線が最大なので、六車線でしかも幅広めに作られた道路はアシダカでも広く感じる。
「庁舎ですね」
リコが建物の看板を読んでいく。政治の中枢が置かれていたようだ。『県庁』『市庁』『交通省支局』『防衛省支局』『システム省支局』……。外観が四角柱でほぼ変わらない省庁の建物群に囲まれて、全く違う、円形を多用したデザインの議事堂が置かれている。
一行は、議事堂の玄関の前で立ち止まった。扉の開閉システムが死んでいるので、機械で無理やり切ったり叩いたりして玄関といくつかの扉を開け、広いエントランスホールで休憩した。人がいないだけで今さっきまで使われていたような、埃の見えない室内に、皆目を見張った。
「やはり、独立したシステムはまだ生きている。それならば、あとはこんな面倒なことはしなくて済むはずだ」
ジョシュを先頭に、ネール、ブール、ジェレミー、リコ、隊長、ジョシュの息子の順に廊下を進む。さすがにアシダカは置いていく。かつかつと人間たちの靴音が大きく響くが、何も気配はない。中に『犬』どもが入り込んだりはしていないことが分かる。さらに、途中で清掃ロボットが働いているのを見かけた。
廊下や室内に置かれた自動販売機やら健康チェックやら写真撮影ボックスのような、人間が使うための機械がどれも完全に稼働していた。ヒャクリサワ空港では材料がなくて氷しか出なかった自動販売機も、材料が供給されているらしくちゃんと飲み物が出てきた。
洗面所も使えるのを確認して、何種類も出してみたが、どれもまともだ。コーヒーなら、粉末が出て、お湯が出て、ミルクが出る。かき混ぜもしっかりできていて、粉末の塊なんかない。
それでも、見かけるのは維持のためのロボットたちだけだった。円筒だったり、さいころ型から腕が出る奴だったり、ひらぺったくて壁や天井に張り付いているものだったり、機械らしい機械たちだ。
昔の日本のアニメやマンガなどにいたような、人や動物型のロボットや、そこから発展した人工組織を使った人造人間は見かけない。彼らは輸送船や移民船団には欠かせない「人員」だ。人が頻繁にコミュニケーションをとる必要がある場合にはいかにもな機械筐体より彼らのほうが効率が良いという研究が存在し、仕事をさせるより単純に話し相手として人造人間がもてはやされた時代もある。
人が集まって仕事をする場であり、市民が訪れる催事場などもあるのに、人型のものがいないのは不気味だった。
もう限界を過ぎて維持されていないのだとしても、残骸や『死体』すらないのだ。最初からいないと考えるほうが自然だと、人間たち三人は喋りながジョシュに付いていく。
建物の奥まった位置にある市長室に入る。家具などで分かり難い位置の壁紙の一部がめくれて、壁にしかけがあるのが見えかかっている。
隊長がカチカチと工具でいじり、リコとネールに支えられたジョシュが前足で器用にボタンやレバーなとの仕掛けを動かすと、床の一部がスライドして、緩い下り坂が現れた。降りていくと突き当りに数メートル四方はある広いエレベーターがあった。回数表示などはない。ボタンもない。インターホンのような、四角いカメラレンズがわずかに光って見える。
ジョシュがそのレンズを覗き込み、目を見開いて数秒とどまっていると、電子チャイムが一度鳴り、「確認しました」という女性の合成音声が流れ、エレベーターの扉が開いた。
「行こうか」
ジョシュは全員がエレベーターに乗ったことを確認すると、最後に自分が乗り込み、中に一つだけあったボタンを押した。滑らかに扉が閉まり、箱はかなりの速さで地下に沈んでいく。
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