逆さに辿る道

 入ってきたときと同じ、アシダカが通る大きな扉からシェルターを出ると、途端に砂埃が降りかかってきた。ジョシュとブールの説明に沿って、サガミハラまで行くと最初の休憩時間だ。

 天候や動物への警戒を除いても、アシダカで進むぶんだけでもかなり時間は短縮される。まして、『犬』どころかもっと大型の動物でも、よほどのバカな個体でもない限り、アシダカを襲うことはない。


「アシダカが熊の何倍もありますから、向かってくることはないです。ただし、病気や寄生虫で判断能力が鈍ってる動物はどうしようもないので、殲滅したのちに焼却します」


 リコが簡単な説明を始める。一〇機のアシダカのうち、常に三機は方角や距離の計測に当たっている。歩いているだけである程度自動で計測が進むが、それで手を取られてしまうので、他の役割を当てることはできないし、それを見越して測量が一番うまい班を当ててある。残りの七機で交代で周囲への警戒を行う。


 夜明けから数時間、町が生きていれば、人々が働き始める時間になるだろうか。出発からわずか一〇分程度で空港の町ヒャクリサワへ到着し、自動機械がどれだけ動いているかを調査した。

 強風でアシダカに降り注いだ砂地の砂をエアーやブラシで落とし、確認ついでにまだ生きていた自動販売機で氷を出しのどを潤す。調査を含めても一時間程度の滞在だった。


 徒歩では恐ろしい間の森も、アシダカなら木を押し分けるように進んでいける。進んでいく間、リコにツクバ周辺について聞いてみた。鎖国や災害からすぐに、多くの町がそのままゴーストタウンと化していた。地下シェルターが人口に見合わなかった次郎東京は、生き残りはしたものの、人々がすぐに争いだし、地球のディストピア作品のような、歪んだ統治が出来上がっては反乱でつぶれるを繰り返して、みるみるうちに衰退したらしい。残ったのは、最初に話していて実際生存者が見つかったオオアライ、キモツキのほかにナリタ、サイタマ、ヨコスカ、ウスダなど合わせて一〇か所に満たない。シェルター収容人数で合計すれば数万人であるが、実際の合計は一万人にも満たなかった。


 ツクバはもともとシェルター収容人数が多いのと、空のシールドが強固なため被害はかなり少なくて済んでいるらしいが、それでも数百年の間に数千人が命を落としたと記録が残っている。現在のツクバの人口は三〇一八人だとリコの同僚の女性がいうと、ジョシュがなるほど、とつぶやいた。


「私の初代が記憶していたツクバの人口は、三〇,八九三人だった。数万人程度の町は県に複数あったらしい。次郎東京の人口は十五万人を超えていた。」


 文書館にあった、災害や鎖国の前の次郎の人口は約一五〇〇万人で、次郎東京の人口は五〇万人程度で推移していたのを、ジョシュとネールは覚えている。




 『犬』だらけのカガミハラ・シェルターは入口の状態を少し見ただけで中へは入らないことにした。ジェレミーたちの話通り、砂や砂利で埋まっているし、少し気を付ければ『犬』の声もはっきり聞こえる。AIの端末を探して別の入り口を探ったが、端末は完全にただ壁を飾るオブジェと化していて何も読み取れなかった。


「本来はじっくり調べるべきだろうが、連中の数が多すぎだ。状況確認はこれで充分だろう」


 隊長が号令をかけ、アシダカはシェルターから離れていく。少し離れたところに元は幹線道路だっただろう道路があり、それを辿ってサガミハラへ向かう。案内表示がかろうじて読める程度には残っており、あっさりとサガミハラを見つけた。


「私がいることは分からないほうがいい」


 せっかく大丈夫そうだから降りて歩こうか、と誰かが提案したのを、ジョシュが止めた。ジェレミーやリコのように息苦しさを覚える者もいたので、換気のみで、降りずにそのまま進むことにした。

 時折、猫が遠くからじっと見つめてくるし、例のワシの声が遠くで響いて、一行は緊張感が増すばかりであった。


 どこへ行けばAIを触れるかと問われ、ジョシュがかつて暮らしたマンションを教えた。さすがにアシダカは入れないので、隊長とリコ、ジェレミー、ブール、ネール、そしてジョシュだけで向かった。

 アシダカからジョシュが降りると、それを見ていた猫が威嚇するように鋭く鳴いた。それを見聞きした他の猫が数匹同じように鳴き始め、隊長が猫を追い払おうとジョシュと猫たちの間に立つが、ジョシュは必要ない、と一言いい、キャアというかギャアというか、何とも形容しがたい不思議な声で鳴いた。


「ギャアア、ギャアアゥ、ギャアアア……」


 信号のようにしばらく続けて鳴くうちに、周りの猫たちは鳴きやんで、道を開けるように移動し、平伏するように低い姿勢を取った。割れた道はマンションのエレベータに続いており、ポーン、とひとつ電子チャイムが鳴った。

 すーっと扉が開くとジョシュに似た外見の、わずかに小さな猫が堂々と歩いてきた。控えるようにわずかに後ろを二頭のメス猫が追随し、さらに後ろに、三匹の子猫というには大きくなった猫がしっぽをぴんと立てて付いていく。


 猫の道を、ジョシュに似た猫たちは進んでいく。通り過ぎても、猫たちはしばらく控え続け、先頭の猫が先のジョシュに似た、わずかに高い声でギャアア……、とやや長く鳴くと、猫たちはいっせいに散らばっていった。


「私の息子よ、我々の基地のように地下にある、人間の機械どもを見る必要ができた。建物に近づかぬよう、皆に伝えてくれ」


 ジョシュが言うと、息子ジェイシャは柔らかくゥニャアと鳴き、背後の子猫のうちの一匹がジョシュのそばに移動した。

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