記憶の地層と失われた町
それから毎日、ジェレミーは半日手術を受け、半日休むのを繰り返した。どんな薬剤でどんな部位に施術したのか分からない以上、丁寧に記憶の地図を作り、施術の内容を推定することになる。
施術の過程で、ジェレミーの発言はすべて動画と文字媒体の両方で記録された。それは手術への不安や恐怖感の表明であったり、刺激によって思い出した記憶の断片や知識の羅列、小さな想い出であったり、たわいもない挨拶であったり、施術後に食べたいもののリクエストだったりした。
ひと月かかって、大まかな部位は掴んだが、どんな処置をしたのかはっきり断定できない状態であった。それでも、慎重に薬剤を投与しては様子を見るのをさらに繰り返し、結局、最初の施術から三か月経過した。その間に、病院の外では、無人機での探索が進み、少なくともツクバ近隣の町は完全に無人であることが判明した。
その後、薬剤の仕様でジェレミーの施術が中断された。ほぼ同時期に全ての方向ではなく、内陸へ向かう方向に、探査機を向かわせる作戦が考案され、これまで使われた無人探査機の強化がなされた。
* * *
ジェレミーが思い出せたのは、最初に思い出した家族の思い出が少しと、自分の簡単な生い立ち、それと夢で見たような宇宙船内の生活数か月分だった。
覚えている限りでは、地球か地球の近く、例えば火星や、木星の衛星あたりのありふれた街で生まれ、そのあたりは惑星連合の職員や連合とかかわる政府の役人が多かったことで、流れのように宇宙船員の資格を取り、配属された船で働いていた。
そして、いくつめかの船の交易相手か、その敵かなにかとなる船に乗り込むことになり、その船から落ちたのがこのジロウという惑星であった。
一八歳のころ、同じ講義で出会った女性と交際し、結婚。二人で卒業後、妻は地元で自分の専門となる分野で働きながら娘を二〇代後半で出産。ジェレミーが最初に配属された船で宇宙に出たとき、娘は三歳だった。
船員としては、主に輸送船向けの資格を持っていて、荷物の管理や、他の船への引継ぎを担当していた。見習い期間を含めて最初の船に数年務めたのち、同じ会社のより大型の船舶へ移籍。会社内の順位としては平社員と変わらないが、うまく仕事をこなし、資産的には裕福な部類に入るようだ。
何度目かの帰宅の際に、妻が会社を変わることになり、転居。家を売り払い、ジェレミーはほぼ担当の船内のみで生活するようになっていたようだ。憶えている最後の娘の姿は小学生。日本文化圏の学校で、ピンクのランドセルを背負い、他の子どもやその保護者と通学する姿。
* * *
一年近くかけ複数方向への探査の結果、ツクバから半径100km程度の圏内に関しては、地上の生存者はツクバにしかいないとわかった。近隣のシェルター「オオアライ」「キモツキ」の生存者が描いたSOSが見つかり、それぞれ少数の生存者が救出されたほかは、もっと早いうちに全滅していた。ジェレミーたちがいた『ツクモガハマ』やジョシュがいた『サガミハラ』より遠い町やシェルターのAIの情報から、早い町は過去の大災害から数世代もたたずに全滅してしまっていたことも分かった。多くはそれよりは長く保ったようで、100~200年ほど前に滅びたようだ。
そして、ジェレミーより少し前、タグを持っていた遺体と同時期に落ちたとみられる小型船が発見された。ジェレミーたちが来たのとは別の方角で、あの遺体の乗っていた船ではなさそうだ。
その船を調べたい、とジェレミーは申し出た。施術が終わってからでいいから、自分の目で、手足で、手掛かりを探したいのだ、と。
周りは反対者だらけだった。その船から近いところにむぃの生活圏が見つかったことで、ブールとネールは調査に同行することになった。ヒトよりも強い嗅覚や聴覚を買われてジョシュも加えられた。
ブールやジョシュが、自分たちだけでは分からないことがあるからとかなり強情に言い張った上にネールが暴れたため、病院の医師たちもリコたちも折れた。
出発前の最後の施術で、強制的な記憶消去の効果が弱まるように薬剤を投与して、一日かけて検査と休息をとって、ジェレミーは調査団に加えられた。彼らのほかは、リコたちアシダカ隊が一〇名。周りが全滅しているので治安維持は『犬』が倒せる部隊があればいいとわかったので、数名でも巡回に事足りる。なので、退屈ないつもの仕事よりおもしろそうだ、とほぼ全員が志願してきたので、ジョシュとブールとリコが独断で一〇名に絞った。
「外はよくても、町の中があるだろうが! 例えば、過激派の監視と制圧に回ってもらうからな!」
隊長らしい色違いのジャケットを羽織った大柄な女性が枯れかけた声で、文句を言う隊員たちに向かって叫んだ。へーい、と気の抜けた返事をした者がいて、隊長に張り飛ばされた。
* * *
その船までのルートは、まずジェレミーたちの通ったルートをさかのぼり、ヒャクリサワまで行く。そして、別の通路を抜けて、反対方向へできるだけ進む。その先は、残されているなかで最も新しい地図を頼りに、出来る限り町やシェルターを辿りながらむぃの生息地まで向かい、そこに調査基地(ねどこ)を置く。基地を置き、むぃたちから情報を集めたのち、ゴールである船のある地点へ到着するというものだ。
出発の日、過激派が罵声と石を投げてきたのと、それを取り締まるアシダカたち治安部隊以外に見送りの類は一切なかった。ジェレミーたちは分乗したアシダカの中から、不安そうに背後の争いを見つめていて、リコに止められた。
「やめたほうがいいですよ。あいつら、外のことを知る事は悪だと信じているから、彼らにとって貴方は、邪教の宣教師か、最悪降り立った堕天使みたいなものです。」
ジェレミーは何も言わなかった。
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