宇宙船の夢 その三 kaziadopr kann'nre - si'e

 落ちていく途中の場面で本当に目が覚めたジェレミーは、資料に当たっている以外の時間はできる限り、宇宙船内を思い出そうと必死になった。何度も宇宙船内の夢を繰り返した。


 あるときはカプセルに横たわった状態で医療スタッフに体を調べ尽くされ、別の日の夢では保安員に追い立てられて何かの射出口から突き落とされるように落下した。

 どの夢も、とらえられた状態から休眠カプセルに入れられ、何かのトラブルか自発的に脱出して、射出口から落ちるという大筋は変わらなかった。多少、船内で船員のように雑用をしている夢もあったが、その途中に船長に呼び立てられるとか、保安員に呼び止められ、身分詐称だとかで捕まって結局船長の前で這いつくばり船長と白制服の医者との問答ののちにカプセルへという流れになる。


 問答の内容もだいたい同じだ。実験体だの、薬物だの、収容なんとかだのと自分が呼ばれるのを毎度聴くのは、気持ちのいいものではない。ジェレミーは、もし目が覚めずにずっと夢の中だったら、気がくるって本当に薬漬けにでもならないと静かにできずに体中をかきむしって死にそうだ、と思うのだった。


 ジェレミーは時には反抗も試みた。船員として動いている間に夢だと気づくことができたら、格納されている小型船を奪ってみようとしたが操縦どころか、AIの起動すらできなくて詰んだ。気が付いたらすぐに射出口を探して飛び込んでみたら高度が高すぎたり大気圏内でそもそも口が開かなかったりした。


 夢の中で痛覚は感じないとはいえ、叩かれたり蹴られたり撃たれたりすると、そこに何か触れている感覚はあって、何をされたのかじっくり味わうことになる。

 痛みはないが、撃たれるとどんどん手足の先からしびれたように感覚が消えていくところで目が覚めるし、カプセルの故障で空気が抜けたり間違った薬が噴射されると誰かに喉をつかまれているような嫌な感じが強くなる中で意識が消える。

 そんな風にして目が覚めるとたいていアマギやブールかジョシュが側にいて、うなされていたが大丈夫か、と心配するのだ。そのたびにジェレミーはただ嫌な夢を見たからとだけ答えるのだった。決して、夢の中で繰り返し試みていることは口にしなかった。




 ある日ジェレミーは資料を見ているとき、夢の中で見たことがあるような光景の写真が載っていることに気付いた。その資料が作られた当時の最新型の連絡船で、同型の船体を使った輸送船や軍艦もあるという説明が乗っていた。


 そこには、計画として船の名前が一覧として乗っていた。名前は、運用会社の好みや命名規則にのっとって、古今東西の歴史や作品中の有名な艦船からとられているらしい。アマギや同僚たちがこれはこういう歴史上の船と同じだとか、地球時代の宇宙開発初期の名前だとか、盛り上がっていた。


 ジェレミーはその中の一隻が妙に気になった。


「なあ、あんたたち、この船はどんな由来なのか、知らないか?」


 アマギの同僚の一人が体を乗り出して、ジェレミーの指さす名前を見た。うーん、と言いながらその名前『ノーチラス』のそばを指でとんとん叩いていると、別の同僚が地球時代の潜水艦の名前だと言った。とんとんしていた同僚は古典SF作品の潜水艦や宇宙船によく使われた名前だと言った。二人の同僚はそれぞれいくつか船を説明しているうちに夢中になり、アマギにたしなめられた。


 厚みが三〇センチ近い、表紙がしっかりした本を抱えてきたアマギは、その本をしばらくめくって、二人とまた違うことを言い出した。


「これは地球の生き物の学名表なのですがね……ほら、見てください。『オウムガイ』という貝類のことですよ。」


 あれこれと未だうるさく議論する同僚を黙らせるためもあり、アマギとジェレミーは地球の生き物の図鑑を文書館内から探して、オウムガイの記述を見た。


「ここに書いてありますでしょう? 潜るしくみが似ているから、潜水艦の名前にはぴったりなんですねえ」


 ジェレミーは写真のオウムガイがしゅっと鋭く宇宙を飛んだり、海の中を進む様子を思い浮かべてしまい、ひきつった笑いをみせた。


 その日はそのまま多様な次郎にいない地球の生き物の話で終わってしまった。ジェレミーは気を紛らわせていたが、寝床に着くと、顔が隠れるまで毛布をひっかぶり、深刻に眉を寄せた顔を隠すのであった。


(そんな名前じゃなかった。いつぞやの夢で船長がどこかへ通信していたのを隠れてみていた時、船長はまったく違う名前を言っていた。)



 その夜の夢で、ジェレミーは隠れて船長の様子をうかがっていて、はっきりと聞くことができた。


「……エクセリオンからコンスティテューションへ、受領を確認しました。これより計画通り、順次各員を配備させます。」


 その夢はその場面でぶつりと途切れ、次に気づいたジェレミーが見たのは、お馴染みになってしまった白制服と船長の言い合いのシーンであった。

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