宇宙船の夢 その二 kaziadopr kann'nre - t'ua

 夢の中で眠って目を覚ますと、目を覚ました「ここ」は夢か現(うつつ)か分からなくなりそうだ。ジェレミーは目を開けながら思い、今はまだ夢の中だとすぐに分かった。放り込まれた休眠カプセルの中だったからだ。カプセルの中では足は固定され、腕しか自由が利かない。目が覚めている間は時々勝手に足を動かしてくれるが、一度やられてみて、その感覚があまり好きではないとジェレミーは感じた。


 視線のあたりにある表示を見て、先ほどから数時間もたっていないと気づいた。おかしい。カプセルに入るときに聞いた説明やら確認事項からして、最低数日は休眠処置がなされるはずだ。なのに、短時間で目が覚めた。そして、先ほど足を動かされたということは、さらに数時間連続で起きていたことになる。


 自分は睡眠薬に耐性でもあったのだろうか。いや、そんなのは調べてから入れるだろう。何か予定が変わって、覚醒のための別の薬を打たれたのか? それなら目覚めたときに言伝くらいはするだろう。カプセルの表示にそうした文言は見当たらないし、確認するとカプセルのそばに人がいない。勝手に起きて来いということならカプセルのロックがそのままきっちり解除不能なのはおかしいだろう。


 表示のあちこちに触れて操作をするが、自分のバイタルチェックとカプセル自体の操作説明くらいしか見ることはできなかった。起き上がれるぎりぎり、天井に頭をこするまで手を伸ばしても、固定部分がある足首まで手が届かない。

 大きくため息とあくびをこぼして、ジェレミーは抗うのをやめた。動画機能を呼び出して、ライブラリから適当な映画を閲覧して時間を潰すことにした。



 そのうち今度こそ、『目が覚める』といいな、と思いつつ、映画の終盤の盛り上がりの前、緊迫したシーンにさしかかったところだった。主人公の乗用車のフロントガラスが割れると同時に、ほんとうにガラスが割れた。初めは気づかず音響でリアルに聞こえるのかと思ったが、降りかかったガラスの破片と腕の切り傷はどう見ても映画の主人公ではなく自らが置かれた状況の変化に間違いなかった。非常用表示がスクリーン以外いっぱいに赤く点滅し、足首の固定が音を立てて外れた。


 ジェレミーは体をくねらせ、カプセルの上面のガラスが割れたところから外に這い出た。体がなえていて、うまく言うことを聞かないが、必死に這って、カプセルの陰に隠れ、あたりの様子をうかがった。


 ほかのカプセルも全て出入口のガラスが割られ、カプセルを固定する部品に付いている操作盤もめちゃくちゃに叩かれ、画面が割れて煙を吹いたりしている。


 ジェレミーは人がいないことを確認して、部屋の扉まで移動し、廊下の様子をうかがった。人は、壁にもたれかかって座り込んでいる奴がひとりだけ。生きているのか死んでいるのかわからないそいつのところまで這って行き、上着と手袋を拝借すると、ジェレミーはとっさに目に入った別の扉の先へ逃げ込んだ。


 そこには、ジェレミーと同じような灰色の検査着のようなものを身に着けた男女がいた。男のほうは、ジロウの高層マンションで死んでいたあの軍人ではないかと彼は思った。


「おい、お前、何してる? 何が起こったんだ?」


 ジェレミーが声をかけるが、男女は首を横に振るだけで何も答えない。部屋は二、三メートル四方しかなく、雑多な見た目の箱やコンテナがいくつずつか積んであり、入ってきた扉のある面含め六面全ての真ん中に、五、六〇センチ四方の扉があり、そのうち、ちょうどジェレミーの正面に見える扉だけ、警告表示が光っていた。


 どうしたんだ、とジェレミーがもう一度だけ男女に尋ね、やはり答えが返らず足を止めた。ばたばたと足跡が近づいて、入ってきた扉の向こうに、ずらりと銃器を構えた保安員が並ぶより少し早く、男女は表示が光る扉に駆け寄って、それを開け、飛び込もうとしていた。


「抵抗はやめ、おとなしく投降しろ!」


 保安員が何人か入ってきたが、男女は銃で撃たれながらもそのまま扉の先へ飛び込んでいった。ジェレミーも、流れ弾が腕や頬をかすめたが、後に続いて飛び込んだ。


 ああ、そうだ、この通りではないだろうが、俺は、この船から逃げる途中で、落ちたんだ。細くぐにゃりとした管状のシュートを通りながら、ジェレミーは何かに納得し、喜びさえ覚えた。

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