宇宙船の夢 kaziadopr kann'nre
ある夢の中で、ジェレミーは宇宙船の司令室の床に座らされていた。両腕は背中に回されて手錠をはめられ、両足はそれぞれ枷(かせ)がはまっていて、重しがついていた。周りを船員や保安員たちが幾重も囲んで立っていて、たとえ縛りがなくても逃げられそうになかった。
顔を上げると、いつか思い出した女船長と目が合う。椅子に座り見下ろしたその目はまるで蔑みだけを映した水面のようだった。長い黒髪をまとめて高く結い上げうまく帽子にしまい込んであるが、側面の、こめかみや耳のあたりの髪だけいくらか垂らしてあり、それがとてもきれいに切りそろえられておりジェレミーの目を引いた。
「収容番号8181-D-1701、ジェレミー・カークランド」
船長に名前を呼ばれ、はいと返事してジェレミーは黙った。
「貴様はどうやって第8181号収容棟から脱出し、この船に乗っているのだ。」
ジェレミーは黙っていた。思い出していない事項だ。時系列の分からない、あるいは明らかに遠い過去と思われる家族の夢を除けば、思い出せる最初の記憶では、もう船に乗り込んでいる状態だった。船員の見習いのように掃除や荷物運び、作業ロボットの監視などの雑事を押し付けられていた記憶ばかり出てくる。
「分かりません。覚えていません」
からからの喉から出た声を跳ね返すように、女船長が椅子から立ち上がり、ジェレミーに近づいた。彼の後ろにいた男がおろおろ進み出て、船長に戻るよう懇願した。
進み出た男は医者か医療スタッフらしき白い制服を着ている。中年で、ややぽっちゃりとしていた。
「この男は報告にも上げました通り、何らかの薬物投与の影響を受けており、未だ影響かと思われる兆候がいくつか見られます。今回の視察団には心理学や薬物の専門家も多く、実験の関係者かもしれません。その場合は、むしろ記憶処理や精神誘導を受けていても当然です。ましてD種収容者なら、その、被検体であっても、おかしくは、ないかと……」
まだ何か言いたそうに見えた白制服だったが、船長が目前にまで近づいたからか。口を閉じた。ジェレミーはそれを斜め下から見ながら、脂汗を流していた。
D種収容者、脱走、被検体、薬物、記憶処理、精神誘導……いったい何のことなのか、早く思い出したい、いや、思い出してはいけないのかもしれない。どこかの誰かにとって思い出してほしくないことを、俺の記憶から封じた誰かがいるのは、これで間違いない。ジェレミーは思考を巡らせた。
その途中で、彼にはこれは夢なのだという自覚がわいた。夢だとわかったところで何か状況に変化はない。船長は白制服を無言で睨みつけ、睨まれている白制服は唇をかみしめて、足を震わせている。ざわめきはずっと聞こえているから、立っている船員たちの様子も大きく変化していないだろう。ジェレミーは船員たちのほうを見ようと大きく体を動かして、真後ろの保安員に強く背中を蹴られ、床にくの字になって倒れた。
その音で船長がジェレミーを睨んだ。白制服へとはまた違う、憎悪を含んでいるように、ジェレミーは感じた。
「この者を救急休眠用カプセルに。すぐに連れていけ」
睨んだまま、女船長は腕を振り、保安員に命令した。背中を蹴った保安員がジェレミーの右肩を組むように立ち上がらせ、歩かせた。重しのせいで、うまく足が上がらない。もう一人の保安員がちっと舌打ちをして、歩き方を教えた。重しがゴロゴロと音を立て続ける。
カプセルが五つ並んでいるだけでいっぱいの部屋に通されて、保安員が慣れない手つきで操作盤を使ってカプセルを開いた。もう一人が足かせを外し、入れ、と短く言った。ジェレミーは抵抗しようかとも思ったが、銃器を構えた保安員が三人もついてきているのを見て素直にカプセルに横たわった。
銃器を構えていない二人の保安員は操作を終えると休めの姿勢でカプセルのそばに立った。
「ん、まあ、義務だから確認はするけど、いいよな。」
一人がだるそうにタブレット端末を取り出した。チェック項目や確認を読み上げていく。
「ええーとー、収容対象、地球人、ジェレミー・P・カークランド。収容日数はー、指定されていないから七日間。収容処置期間内の事象について、一切の責任の所在は、当該船舶の船長である斉藤ミリア=タイベリア・マッカーサーにあるものとする。
えっとー、それからー……あっ、そうそう、そうだった。カプセルは貨物輸送品としては、取り扱い番号、第、千八百五十さんまん、ろくせん、にひゃくはちじゅうきゅう号として扱われますー、あとなんだっけ。」
あーとかえーとか、なんだっけ? を何回も挟みながら、保安員が条文や確認事項、何かの規約を読み上げていくのを聞き流しながら、ジェレミーは、彼らから見えない位置にある手錠を外そうともがいていたが、そのうちカプセルの開口部が閉まり、睡眠薬が噴霧されて、眠りに落ちた。
夢の中でも、眠りに落ちるさまは起きている時のそれと、変わらずに落ちていくなぁ、とジェレミーの頭の中は妙に冷めていた。
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