惑星連合との『距離』
ツクバに到着してからひと月近く、ジェレミーたちはひたすら『古文書』解読に専念した。休憩のあいだ、ジェレミーは、ベルトのカラビナにつけたあのドッグタグに触れては、思い出せる限り鮮明に宇宙船内を空想するのだった。ただの空想ではなく、新しく思い出すための必要な作業であり、せめて空想の中では返したいという慰めであったりする。
ある日彼らが読み込む資料には、惑星連合に触れた項目があった。
惑星連合は、地球人がいくつかの惑星に入植したのち、現地や他の知的生命体と条約を結び、つくりあげた組織だ。
互いの関係に必要以上に踏み込まないようにするとか、未発達の文明に干渉しないためというのもあるし、手を取りたいと願った者たちが互いに協力し高めあうためでもある。付き合い方の約束事というのが大きな役割の一つだ。
入植当初はジロウも連合に参加していた。入植が進み、体制が出来上がり、原住していたむぃを取り込み、爬虫人類との戦いを終え、長い平和の間のどこかで、ジロウは連合を拒否したのだ。
資料は、爬虫人類との戦いの直後のもののようだ。
『連合は入植人類のみに干渉し、爬虫人類への干渉を禁ずる。』
『扁平球型柔状変異性タンパク利用生物への干渉は間接的なものにとどめ、直接的、積極的干渉は最小限にとどめること。また、彼らの惑星外への航行許可に関してはサンプル数体の検査をもって委員会を設置し検討するものである。』
昼食の際に、ジェレミーがアマギたちに尋ねた。
「ときどき出てきた、『扁平球型柔状変異性タンパク利用生物』って何なんだ?」
アマギたちがむぃのことですよと答えると、ブールが
『むぃ!』
返事をするように大きく鳴いた。おまえらそんなめんどくさい名前の生物だったのか、とジェレミーが驚きを含んだ大声を出すと、ネールが人が首を振るように横方向にぷるぷると震え、ブールは人が首をかしげるようにゆらゆら揺れた。
「しらないよ」
アマギが苦笑しながら言う。
「彼らにはその呼び方しないですし、それどころか、人の間でもそんな面倒な名前を憶えていてなおかつ使いませんよ。」
ジェレミーは納得した。
* * *
惑星連合に加入すると、連合で定められた規格にあう宇宙港を作らなくてはならない。開発に資金や人材の援助があり、惑星につき最低一つ、宇宙港をつくる。
港ができたら、人間や物資を輸送しあうための宇宙船を買い、定期便を就航する。他の加入惑星からの観光客や物資の輸出入を行い、定期的に連合の査察を受ける。また、代表者を連合に派遣し、連絡をやり取りしなくてはならない。
査察によって、例えば観光客が不当に差別を受けたとなれば連合の恩恵を受けられなくなる。ほかの惑星の情報や物資が入り難くなるので、人間の産業によっては特定の物質だけ足りなくなって崩壊するということもある。
敵性生物や災害などの被害を受けたりなどが見つかると、災害援助のための人員や物資が送られる。爬虫人類との大規模戦争の初期には防御壁を組み立てるためのユニットが送られたりした。次郎人は元が日本人なので基本的に攻撃は侵入された場合にのみ行われ、輸送された自動砲台頼りだった。
* * *
惑星連合の本部は、数百年の間に変わっていなければ、地球から数十光年離れた惑星の近くにある専用の宇宙ステーションだ。その惑星は、地球人が最初に地球人以上の知的水準を持つ生命体と出会った星である。
その星の知的生命体は外宇宙に出られる知識と技術と実際にそれを形にした宇宙船を手にしていながら、惑星系の外へ出ないことを決めていたという。
ジェレミーが思い出した船内教育の一部ではそんなことを教えていたのだが、ジロウではかなり簡素化されていた。
惑星連合というものがあって、地球人類のほか数種類の知的生命体の中から選ばれた賢者が権力を持って適度に惑星を統治または環境の制御をしている、という内容であった。
アマギのような本読みなら、小説や歴史の本で触れているが、大多数の人々はジロウの外なんか知らない。宇宙があってそこに太陽のような燃える星がたくさんあって……というくらいは知られていた、進出前の地球のほうがはるかに外を見ているというレベルだ。
アマギの同僚が言うには、夜空があってなんかわからないけどいろんな星がある、という程度らしい。
本から読み取った内容から話をしていると、とん、とジョシュが本を置き、猫らしくにゃあと一声鳴いた。文書館の閉館時間だ。他の職員が片づけをしている間くらいしか時間がない。その後はあてがわれた部屋に戻るだけだ。
* * *
繰り返しているうち、ジェレミーは宇宙船内の夢を見るようになった。自分の記憶なのか本の内容の反映なのか、どこかで触れた虚構なのか、単純な想像なのか分からないが、夢はストーリーのように何回も続いた。別の日に同じ場面を繰り返したこともあったし、話が飛んでいて、あとから飛んでいる部分が分かったりもした。
初めは、いつか思い出した女船長に見下ろされているところだった。
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