失われた宇宙

文書館にて

 駐車場でレンタカーの清算をして、ジェレミーたちは文書館の周りの複合施設に入った。ジェレミーは文書館の中で待つか運ぶくらい手伝いたかったが、技術書の類は許可のある者しか触れないと言われてしまった。彼らに出された許可はあくまで一時的に閲覧ができるというだけで、取扱自体は文書館員の領域だ。ぐるりと回って、別の入り口から文書館に入るのだ。


 複合施設には市民向けの図書館、図書館の閉架倉庫、主に館員のための休養施設、各種学校や託児所があった。ほとんどが、かつて使われていた規模からしたらごくわずかの機械や設備しか稼働していない。そして、広いスペースを生かして、細々と生きる人々を収容している。リコのように自分の家を持っている者などおそらく数パーセントに満たないのだ。家庭ごとに決まった広さに仕切られた壁の上部や間からちらちらと見やる者もいるが、多くは気にも留めず、小さな町のように往来している。


「昔の戦争や災害より前からある施設ですから、やっぱり、とっても広いですよね。温泉は生きている部分を大浴場として使っています。水は、供給施設が生きている限りはなんとかなりますしね。」


 ジェレミーはシェルターの水道のことを思い出し、水道について質問した。リコは、どのあたりまでかはわからないが、それぞれ数県にまたがる範囲で水道を賄う施設が存在し、専用のロボットが施設の機材を動かしていると話した。


「止まってしまうようなことがあれば、警告が発令されます。あと、電気も同じように発電と送電の施設があるんですけど、そっちは、一定量送電できなくなったら、担当の地域はすべて停電します。このあたりはそうしたロボットのメンテナンス要員がいますし、緊急用の発電機が何系統かあるので大丈夫ですけど、ちょっと離れると警備設備すら稼働していないので、あまり産業や資産のない県や市はとっくに動いていないかもしれませんね。」


 あれこれ教えてくれるリコのあとを付いていくジェレミーたち。ジョシュは毛が落ちたりするといけないからと、防護服のような身体を覆うものを着せられている。時折立ち止まってもぞもぞする。


「ごめんね。文書館ではもうちょっと軽いのにするから、今着てるのほどがさがさしないから、我慢してね」


 ジョシュをなだめながら、リコは目的の扉を開ける。文書館に通ずる扉は厚く、のぞき窓すらもない。リコに続いてジェレミーが真新しいIDカードを読み込み機に通し、通信ボタンを押して、係員を呼んだ。


『準備はできています。部屋まで案内しますのでそのままお待ちください。』


 妙齢の女性の声がして、閉まりかけた扉の動きが止まり、そのまま固定された。声の主らしき女性はまず扉のそばにある事務員室にジェレミーたちを通し、そこでジョシュの着替えと自己紹介をした。


「わたくしが今回閲覧時の資料の取り扱いを担当させていただくアマギと申します。本日からよろしくお願いいたします」


 アマギが丁寧に頭を下げると、これまでのようにブールがぽよぽよと跳ねまわり、アマギは笑顔のまま困ったように眉を動かした。


 角をあちこち曲がり、階段を何階も降りて、何度も小さな区画で消毒スプレーを浴び、案内された部屋は、あんがい小さかった。資料は両手で抱えれば十分に持てるくらいしか積まれていない。


「これだけなら、さっさと読んじまおうか」


 ジェレミーはさっと席に座り、隣に座るようリコに声をかける。リコをはさむように、さらにジョシュが体を椅子に乗り上げる。

 最初の資料は、表紙を見る限り、宇宙港の客に配る小冊子のようだった。厚さが五ミリもない、手帳のような薄くて小さな本だ。担当者によれば、比較的簡単な内容だという。

 腕試しなんてしやがって。ジェレミーは鼻を鳴らして笑った。しかし、アマギがそれを開くと、ジェレミーは一転して頭を抱え、目をまあるく見開く羽目になった。



 二一世紀が始まったころの日本人に平安時代の巻物を手渡し、欧米人にはグーテンベルク聖書を読ませるような。

 あまりに大きな隔たりが、ジェレミーとリコとアマギを突き放す。

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